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2008年8月31日 (日)

最近の発明(発明の方法論)

最近は発明を思い付くことが少なくなったが、それでも、1か月に1個くらいは思い付く。しかし、最近は、出願することが極めて少ない。というか、出願に値する発明が極めて少ないのだ。それだけ発明のカンが鈍っているのだろう。そういう、自分のダメな発明の一つを、今回は書いてみたい。

今年の初め頃、親戚の通夜があって行ったのだが、そこは本当の山奥だった。僕も田舎育ちだが、通夜から帰る時の夜9時頃の、そのあたりの「漆黒の闇」は経験したことが無かった(子供の頃はあったかもしれないが、全く忘れていた)。通夜のあった家から車を置いてある場所まで約100mくらいを移動するとき、月も星も出てなくて、周囲に全く照明がないので、道が全く見えない。自分の手も見えない。通夜に来たときはまだ少し明るかったので、道の側に溝があったと記憶していたが、その溝がどこにあるのか、道がどこにあるのか、全く見えなくて、慣れている近所の人に先導してもらったが、すごく怖かった。

このときの経験が元で、緊急の場合など何時でもでも使える懐中電灯が欲しい、携帯電話に内蔵させれば良い、と思い付いた。「携帯電話+懐中電灯」、これで発明は完成だ。付加的要素として、LCD(液晶表示装置)のバックライトの光の一部をある部分に集中させて照射させるようにしてもよい。このくらいは、20~30秒で思い付いた。

それで、IPDLで先行公報を検索してみた(キーワードは「携帯電話」と「懐中電灯」のみ)。そしたら、既に日本電気グループが出願していた。

ただ、この調査をやる前に、自分では、「出願しても市場性・ニーズはないのでは?」と思っていた。なぜなら、僕は上記の山奥での経験で懐中電灯が欲しいと思ったのだが、そんな山奥に住んでいる人はどのくらい居る? 今の日本では人口の半分以上は首都圏・近畿圏・東海圏の3大都市圏が占めているというし、地方都市でも24時間化は進んでいる。とすると、あえて懐中電灯を必要とする場面は極めて限られているように思われた(まあ、外国、特に発展途上国などでは需要はあるだろうが、外国出願は費用の点で難しい)。それで、あまり調査には気が乗らなかったのだが、類似の先行公報は直ぐに見つかった。

検索して得られた先行公報は20~30件あった。普通はここで、ああダメかで終わることが多いのだが、今回は、これらの先行公報を少し検討してみた。そして、先行公報の中の一番古い埼玉日本電気の出願(特開平10-215302号)と、同じ日本電気のグループ会社(NECアクセステクニカ)の出願(特開2004-153571号)の2つに注目した。前者は審査請求をして拒絶査定となっていた。後者は、拒絶査定になった後に拒絶査定不服審判請求(不服2006-15655)をしてなお特許化しようとしつこく頑張っている(現在進行形)。

このように、審査請求や拒絶査定不服審判請求などのコストを掛けても権利化を目指していることから考えると、日本電気側の知財部や事業部は、この「携帯電話+懐中電灯」の発明は市場性・ニーズがあると考えているようだ。それは何故か。

後者のNECアクセステクニカの出願(特開2004-153571号)の公報を見ると、暗所中での動画撮影を可能にすることを中心としているが、携帯電話のストロボを連続点灯させることにより懐中電灯代わりにすることもポイントにしており、「暗部での鍵穴の確認や探し物などに便利だ」とある。また、地震のときも懐中電灯は必要。そういうニーズは、田舎だけではないというか、都会の方にこそあるのかもしれない。

僕の場合、自分が発明したとき、気になった先行公報は、このように、IPDLで、その出願経過などまで見ることが多い。特にそれが大企業の場合は。そして、出願経過を見ながら、その大企業の知財部や事業部(勝手に自分のライバルと見立てている)がどのようなことを考えてそういう手続をしたのか、推測してみる。

僕は前に書いたように個人発明家のビジネスモデルの2番目を目指しているのだが、そのためには、つまり大企業と同じ技術分野で発明して競り勝っていくためには、「方向性」と「スピード」が最も大切だと思っている。「方向性」については、今回のように、自分の発明と類似のものをIPDLで検索して、大企業も自分と同じ発明をしているかどうか、審査請求もしているかどうか、で検証できる。

つまり、自分の発明と同じ発明を自分の前にも後にも大企業が出願していない場合、又は出願していても審査請求はしないで見做し取下で終わらせている場合は、大企業はその発明は市場性・ニーズが無いと見ている(市場性はあるがコストなどで実現できないとか進歩性がないと見ている可能性もある)と予測できる訳で、もし自分がそういう発明(市場性・ニーズが無い発明)をしていたなら、自分の「方向性」が間違っている可能性が高いのだから、自分の発明センス(方向性)を修正して行く必要がある。

他方、自分の発明と同じ発明を自分の前か後に大企業も出願しており且つ審査請求などのコストも掛けている場合は、大企業もその発明の市場性・ニーズはあると見ていると予測できるから、少なくとも方向性は正しい。しかも、もし、その発明について大企業よりも自分の方が早く出願している場合は、その発明は大金星となる可能性が高いので、何としても特許化すべきだろう。

また、自分の発明と同じ発明を大企業が自分よりも早く出願していた場合は、自分の発明は少なくとも「方向性」は正しかったが「スピード」で負けたということだから、スピードを上げるように頑張れば良い訳で、頑張ればスピード勝負でも勝てる可能性はあるということだ(とはいっても、今回の発明では、埼玉日本電気は12年前の出願で、僕の方が遅れたといっても12年はダメすぎだが)。

このように、僕は、自分の発明をするとき、自分の仕事の専門などは考えないで、日常生活の中でのニーズの発見を重視している。そして、そのニーズによる発明の「方向性」が正しいかどうか、「スピード」はどうか、を常に検証するようにしている。それが、僕の発明の方法論なのである。

なお、前述のような「大企業へのライセンスを目指す」とは、大企業と発明分野が競合している発明を目指すという意味だ。「大企業へのライセンスを目指す発明家」にとっては、自分の発明を世の中で商品化する道として、主として大企業へのライセンスを通じて大企業に商品化してもらうことが効率的だといえるが、資金が貯まれば自分で事業化することも当然に在りえる。その意味でも、大企業へのライセンスを目指す発明家は、通常のパテントトロールとは違うと思う。

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2008年8月24日 (日)

ズボンをはいた雲

大学に行っていた頃は、ド田舎から東京に出てきて、将来は何か大きなことをやる人間になりたいと思っていた。それで、その頃から30歳ごろまでは「成功するための・・・の方法」というようなハウツウ本や雑誌の記事をたくさん読んでいた。

大江健三郎の「日常生活の冒険」という小説を読んだのは大学生のころで、その中に、哲学と冒険が好きなのだが自堕落で今でいうフリーターのような生活をしている青年に、主人公が「こんな生活してて将来どうするつもりなんだ」と聞いたとき、その青年が、マヤコーフスキイの「ズボンをはいた雲」という詩をそらんじて「オレは自分は将来何か新しいことをいかにもオレらしくやるだろうという予感があるんだ。だから、今はその時を待ってるのさ」と言う場面がある。この「ズボンをはいた雲」という詩はずっと僕のお気に入りだった。

「ズボンをはいた雲」

ぼくの精神には一筋の白髪もないし、年寄り臭い優しさもない!

世界を声の力で撃ち砕き、僕は進む、美男子で、二十二歳。

自分が何者か分からないとき、自分が何者かになりたいと思うときは、友人と議論したりいろんな本を読んだりして人生観を確立したいと思うし、いろんなハウツウを見に付けて他人より抜きん出たいと思う。まさに、「ズボンをはいた雲」だ。

僕はここ10数年、「成功するための・・・の方法」というようなハウツウ本は全く読んだことがない。本屋で平積みされてても手にしたことも無い。今でも、「成功するための・・・の方法」というようなハウツウ本(勝間さんなど)は良くベストセラーになっているので、読者は多いのだろう。あんなのは、カーネギーの頃など昔からのものを定期的に焼き直して出しているだけのものが多いのだと思うが。

今の僕は、よく言えば、人生観はそれなりに持っているのだろうし、ノウハウやハウツウも自分なりにこれでいいと思っている。パソコンでの資料の整理法など自分の不得意な分野は今でもハウツウの記事を読んだりはするが、それ以外はまず読まない。速読が良いと言われて若い頃はトライしたこともあるが、ダメで、ずっと遅読のタイプで、本を読む冊数は少ないと思うが、このままで良いと思っている。メモ帳とかは30歳ごろからずっと手作りの手帳(といっても市販の手帳を少し改良するだけ。まあ、これも一つの発明だろう)を使ってて、今もずっとこれだ。僕のメモ帳は独自のもので、メモ帳についてはいろんな本などが出ているが、僕の手作りのメモ帳のようなものは全く紹介されていない(いつか記事にしたいと思う)。

悪く言えば変化や成長が止まってしまったのかもしれない。しかし、そうでもないだろう。自分なりの方法論とやりたいことが既にあって、今はそれを実行している段階なのだと思う。

方法論といっても、まず情報を収集して、それを元に戦略を立てて(最悪のシナリオを含む複数のシナリオを考えて)、リスクをとって行動する、という当たり前の方法論だ。

今は、この方法論で、自分の人生の中でやりたいこと、当面は、個人発明家という自分の関心のあることをビジネスに繋げることができるかどうか、実験しているところなのだと思う。

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2008年8月23日 (土)

パブコメで特許庁とやり取り

少し前、特許庁がホームページで「イノベーションと知財政策のための研究会」の参考にするので意見募集というパブリックコメントを出してましたので、それに応じて、メールで意見を出していました。

それで、最近、特許庁がそのパブコメの結果を公表していました。この報告書(・・・の考え方)です。

しかし、それを見たら、僕の意見が全く出ていません。無視されてました。それで、どうなっているのか、特許庁の担当の企画調査課に電話しました。

担当の男性は、最初は「関連性のない意見は・・・」と言ってました。それで、「関連性はありますよ。ちゃんと見てください」といって、メールの月日を言って、後で電話してくれと頼みました。

すると、後で電話があって、「確かに、メールをもらっていて、関連性はあります。ただ、今の研究会での議論とは方向性が違うので、載せませんでした。」といわれました。「えっ、そちらが意見を出してくれとホームページでいってたから、こっちは20分から30分くらいの時間と労力を使って意見を出したんですよ。それを役人が密室で握りつぶしていいんですか?」と本当は、こんなに丁寧な言い方ではなく、かなり怒って怒鳴りました。

しかし、こんなことを電話で言っても犬の遠吠えで、むこうは載せるつもりはないように感じたので、仕方ないなと思いながら、最後に、じゃあ、これだけでも聞いとくかと思って、「じゃあ、今回のパブリックコメントで、全体の意見が何件あって、僕のと同じように抹殺されたのがその中の何件なのかを教えてください」と言って、その数字を次の日に電話で教えてくれる、ということになりました。

すると、この質問はナイスだったようで、次の日、担当者が電話してきて、「ご指摘はごもっともですので、全ての意見の概略を載せるように、報告書を訂正します。」と言われました。

確かに、例えば100件中10件を役人が握りつぶしたとか、100件中50件を握りつぶしたとか、100件中90件を握りつぶしたとかの数字がでると、どういう数字だろうが問題になると思う。少なくとも関連性のある国民からの意見を役人が公開の裁判でもない密室で勝手に握りつぶすのは良くない。この担当者も、それが分かったので、態度を変えたのだろう。また、「関連性がない」という理由で握りつぶすのは良いと思うが、「方向性が違う」という理由で握りつぶすのは全くおかしい。それまで役所で気づいていない「新たな方向性」を知るためにこそ、パプコメはあるべきで、そういう、今までの議論の方向性と違う新たな方向性を示す意見をこそ、研究会の委員(識者など)に知らせたりホームページで公開すべきだろう。こういうことも、担当者に電話で話した。

でも、僕のようなタダの個人が電話しただけで、ここまで変わるのは驚いた(特許庁ホームページ上ではまだ報告書の内容は変わっていないようだが)。担当者からは、最後に、「今後ともご指導をよろしくお願いします。」と言われてしまった^^;

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2008年8月 3日 (日)

NHK「たったひとりの反乱」を見て

7月30日のNHK「たったひとりの反乱」を録画して見た。
昔から「たったひとりの・・・」というフレーズに弱いので。。。

面白かった。2001年の「雪印乳業による牛肉偽装事件」(BSE問題で国産肉を補償金(税金)で買い取るとした政府の方針を悪用して、安い輸入肉を西宮冷蔵の倉庫の中で国産肉と表示された箱に移し替えて、政府に高額で購入させようとした)で水谷洋一さん(兵庫県の西宮冷蔵の社長)が実名告発したときの前後をドラマ仕立てで、水谷さん本人がドラマの途中で何回かインタビューに応じるという形で進められた。
この告発が切っ掛けで、雪印乳業は解散してしまうのだが、その直後から、西宮冷蔵も監督官庁から2週間の業務停止命令(西宮冷蔵の従業員が雪印乳業から要求されて書類の虚偽記載をしていたため)を受けたり、多くの顧客企業から取引を停止されたりして、いったんは廃業してしまった。しかし、その後、発奮して、長男と2人で、本を出して街頭で本を売りながらカンパを集めたりして(テレビで紹介されて全国から資金が集まった)、会社を再建させた。昔の従業員も帰ってきた。

番組を見て、改めて社長の水谷洋一さんは、たった一人で決断のできる、すごく勇気のある方だと思った。こういう、個人や零細企業が大企業・大組織と対決するという話は個人的に大好きなのだ。
僕自身、今、個人発明家として、大企業と対決するという「たった一人の戦い」の準備をしているところなので。

ところで、ここからは追記ですが。。。
番組では、取引を停止した多くの顧客企業を、守旧派のような立場で捉えていた。

多くの人も同じでしょう。例えば、「取引先は次々に契約を打ち切って、西宮冷蔵を苦境に陥れました。告発するような危険な業者は排除したいという業界団体の圧力と、そこに天下りを送り込んでいる官庁の意向が反映している疑いを、濃厚に感じさせる成り行きです。」(志村建世プログより)というような意見が常識的なところだろう。

確かに、そういう面はあったのだろう。顧客企業の中には、「零細企業の分際で雪印乳業などのエスタブリッシュメントに弓を引くなんて、身の程を知れ!」なんていう意識で取引停止をした会社も多かったのかもしれない。

ただ、顧客企業が取引を中止したということに関しては、僕は番組を見てて別の感想を持った。僕も自営業で商売人なのだが、純粋な商道徳や契約の問題として考えて、「たとえ法を(ある程度)犯しているような顧客でも、顧客の秘密は守るという方針の会社に頼みたい(だから、顧客を告発するような会社とは取引を停止したい)」という論理からなら、取引停止という行動も理解できるのだ。

例えば、もし自分が殺人犯で、裁判になって、弁護士に「実は殺っちゃったのだが、やってないという線でお願いします」と頼んで、その後、その弁護士が「正義感」から「実は殺したと本人から聞きました」とマスコミに発表したらどうだろうか? もちろん、こういうことは守秘義務があるから在ってはならない話なのだが(弁護士としては、嫌だと思ったら、受任を辞退すればよい、もちろん秘密は墓場まで持っていくべきだ)。

これは2chなどの掲示板の書き込みも同様で、個人の秘密が保持されて匿名性が確保されていると信頼するからこそ本音の発言ができるのであって、それがどんどん氏名などがばらされるとなると、誰も発言できなくなる(プロバイダー責任法により、プロバイダーは裁判所の令状が出た場合のみ警察に発言者の氏名などを提出する必要はある)。

スイス銀行だって、顧客から預かった金はそれが脱税など違法な行為で得たものかどうかに拘わらず徹底的に秘密管理して守ってくれる(国際条約などにより資産凍結などされたら別)。だからこそ世界中から金持ちがスイス銀行に金を預けるのだろう。

このように、弁護士の場合は依頼人の秘密、プロバイダーの場合は発言者の個人情報、銀行の場合は預かった金の出所などの秘密、倉庫会社の場合は預かった荷物の秘密を、顧客のために徹底的に守るのが「プロ」というものだ。

だとすれば、「自分の顧客の秘密(たとえ違法なものであっても)をばらすような会社とは安心して付き合えない」という論理はある程度もっともだという気がする。

もちろん、倉庫に預かった荷物が麻薬とか拳銃だったら直ちに告発すべきだろう(弁護士の例でもテロの計画を聞いたら直ちに公表すべきだろう)。しかし、この事件のように詐欺罪のような重要度も緊急度もやや低い犯罪の場合は顧客から預かった荷物の秘密をばらしてまで告発すべきかどうか、かなり微妙と思う。

ただ、この事件では、ややこしいことに、西宮冷蔵の従業員が雪印乳業から依頼されて書類の虚偽記載を(社長も知らないまま)既にやってしまっていて、そのままだと西宮冷蔵も詐欺罪の共犯になってしまう恐れがあったようなので、これもからんで難しい問題になったのかなあ、と思う。

いずれにせよ、こういう場面での守秘義務に関しては、従業員よりも取引先の方が重いと思う。従業員は、いわば身内だから、「法令違反の命令に対しては従う必要がないだけでなく、むしろ、内部の人間として積極的に告発して会社を正しい方向に矯正させる権利と義務がある」と思うからだ。これに対して、取引先にはそのような「矯正させる権利と義務」はない(そもそも、そういう役割がない)ので、「守秘義務」の方が相対的にずっと大きくなると思うのだ。

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大分教員汚職と退職金について

これは発明とは全く関係ないんですが、まあ興味があったので一言・・・。

毎日jpなどで、大分県教職員に長女を不正合格させたとして逮捕された矢野哲郎容疑者の長女が、自ら辞職届を出して自主退職したので退職金が出る、という記事があった。他方、大分県教育委員会は不正合格者は採用取消をする方針という。採用取消の根拠は、地方公務員法の「職員の採用は・・・能力の実証に基づいて行わなければならない」という規定。この規定により採用を取り消せば、もともと採用されてなかったことになるので、退職金を支払う根拠もなくなる。

では、矢野容疑者の長女のように既に自主退職して退職金をもらってしまった人はどうなるのか?

この場合は、自主退職よりも採用取消の方が優先するはずだ。なぜなら、そもそも自主退職は「採用されたこと」が論理的前提になっているので、その「採用」が取り消されたら「自主退職→退職金支給」も在り得ないことになるからだ。

よって、この場合の解決策は、これから、退職金を支払ってしまった後でもいいから、大分県教育委員会が矢野容疑者の長女の採用を取り消せばよいということであり、すごく単純な話だ。

矢野容疑者の長女の採用を取り消せば、そもそも「採用」が無かったのだから「退職」も在り得ないことになり、既になされた「退職届の受理→退職金の支給」も法的根拠を失うことになる。よって、既に支払われた退職金は「誤って支給されたもの」ということになるので、返還してもらうう、ということになるのが論理的帰結。また、この長女は退職届を出してからは働いていないのだから、退職届を出した後は労働の対価(給与?)を支払う必要もない。

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2008年8月 2日 (土)

福島智さんのお母さんの「指点字」の発明

今年6月下旬に放送されたNHK「課外授業・ようこそ先輩」だけど、録画してたのを最近になって見た。

東大先端科学技術研究センター准教授・福島智さん(45歳)が母校の小学校で行った授業だった。福島さんは3歳で片眼が失明し9歳で両眼とも失明。さらに18歳で両耳が聞こえなくなった。

両眼と両耳が使えなくなってからは、点字機を使って、お母さんが点字を打って、それを紙に凹凸を付けて印刷して息子の智さんに指で読ませていたのだけど、あるとき、智さんが自宅の台所で、お母さんに何かを聞いてきて、台所では点字機が無かったので、お母さんがとっさに、息子の手の指に、自分の指で字を打ってみた。そしたら、理解できた。それで、指点字が生まれた。

今では、その課外授業のときも、ボランティアの女性が、福島さんの隣に座って、ずっと、同時通訳のように、福島さんの指に自分の指で点字を打ち続けていた。福島さんのお母さん(福島令子さん)も授業に出ていて、指点字を思い付いたときのことを子供たちに話していた。

福島さんは、教室の子供たちに、指点字を教えて、隣の子同士でやらせた。子供たちの一人は「指点字は、指と指が触れ合うので、温かい感じがして良いと思う」と言っていた。

僕は、この福島さんのお母さんの指点字は、すごい発明だと思った。指さえあれば、紙やペンなども要らない。指と指が触れ合うことで人間的な温かみも感じられるので、コミュニケーション手段としては紙などよりずっと優れている。

この指点字の発明は、もし発明して直ぐに特許出願していたら、特許が取れただろうか?

答えはNOとされている。ジェスチャーとか手話とか方言とか挨拶とか言語などもそうだが、人間がやるコミュニケーションの方法は、単なる「人為的な取り決め」に過ぎず、「自然法則を利用したもの」ではない、だから、広い意味での発明には当たるとしても「特許法が定める発明」(狭い意味での発明)には当たらない、というのが特許庁や裁判所の解釈だ。

まあ、それはそうでしょうね。でも、そんなことはどうでもいい。福島さんのお母さんは、肩肘はらない、気さくで、堂々としてて、明るい感じの人だった。自由な雰囲気を感じた。こういう人は発明をよくするタイプではないかと思った。別に、特許が取れる発明だけが立派な発明だという訳ではないのだ。

追記ですが、福島さんは、子供たちに、「もし、皆が眼と耳が使えなくなったら自殺したいと思う?」と聞いていた。福島さんは自殺は考えなかったそうだ。「こういう苦悩は、人生で何らかの意味があるのだろうと思い込もうとした」と言われていた。「人生は生きているというだけで90%は成功しているようなものなのだ」とも言われていた。

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