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2008年10月30日 (木)

和製パテントトロールが米国で特許訴訟

あるサイトの記事「ソニー、任天堂、MSがゲーム機の特許侵害で日本企業に提訴される」からの引用です。

「ゲーム機世界大手のソニー、任天堂、マイクロソフトの3社が、ビデオゲームの通信システムに関する特許侵害で提訴された。訴えを起こしたのは、愛知県名古屋市に本社を置く特許ライセンス企業のエイディシーテクノロジー(ADC Technology)。
 ADCは同社が保有する5つの米国特許(5,775,995、6,193,520、6,488,508、6,702,585、6,875,021)をゲーム機大手3社に侵害されたと主張している。2008年10月27日付けで、米国ワシントン州の西部連邦地方裁判所に提訴した。」

ADCテクノロジーは名古屋の会社(CEOは弁理士)だが、パテントトロールとしても有名で、去年だったか日経新聞にも紹介されていた。個人発明家などから特許を買い取ることもしているらしい。数年前は、「2画面ケータイ」特許を取得したとして、NTTドコモやNECと東京地裁で訴訟をしていたが敗訴していた。

でも、海外、特に特許権者に有利な判決が出やすい米国で「2画面ケータイ」などをも含めてかなりの数の特許を持っているらしい。そして、今回は、米国ワシントン州の西部連邦地方裁判所にソニー、任天堂、マイクロソフトの3社を提訴。

さすが、僕なんかが考えてること比べてスケールがでかいですね^^;)

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発明は必要の母・必要は発明の母

栗原潔さんのブログ、よく見ているのですが、「発明は必要の母」というタイトルの記事が出てました。

その中から引用(元ソニーコンピュータサイエンス研究所の暦本純一さんの言葉らしい)。

「(発明は必要の母だというのは)イノベーションは最初の発明者が想定したのとは違う方向に進むことが多いからだ。蒸気機関は最初は炭鉱用のポンプとして生まれ、長い間交通機関には使われておらず、エジソンは録音技術をボイスメモとしか捉えておらず、音楽産業を想像できなかった。つまり発明は予測の範疇を超える。」

普通は「必要は発明の母」だけど、発明は「必要の母」つまり「発明の母の母」になる、ということだ。

これは、基礎科学の分野、大発明・大発見を見ると、当然だね。アインシュタインの相対性理論など革新的な理論が発表されると世界中の人々が触発されてあちこちで議論が沸き起こって新しい理論が次々に生まれたみたいな。

コンピュータの発明も、最初は数学者のチューリングが設計した計算モデル(チューリング機械)から始まったけど、トランジスタの発明と半導体の発明が結婚してコンピュータに適用されて小型で高速のコンピュータになって、徐々に通信の世界(インターネット)やロボットの世界まで進出してきた。

本当の科学者は「何のため」なんか考えないで「ただ面白いから」という好奇心だけで突き進む。本当の大発明はニーズなんかすっとばして、そのニーズは数百年掛けて徐々に多様に生まれていく、そして、その次々と生まれるニーズのためにその大発明が数百年掛けて使われていく。

これに対して、僕のような普通のレベルの発明家や通常の企業の研究者や開発者がやる発明は、まずニーズをつかまえてそれを解決するために何とかひねり出すというだけで、大発明のような雄大なロマンや発展性はない。一つのニーズを解決したらそれで終わりという単発の発明だ。

もう一度生まれてきたら、今のようなチマチマした発明ではなく、一生に一つだけでもいいから、大発明をやれるような人間になってみたい。

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2008年10月19日 (日)

アイデア社長 2

以前、発明仲間のアイデア社長について書いたけど、もう一人、親しくしていたアイデア社長がいた。

そのアイデア社長、Mさんとはここ1年くらい、連絡してなかったのだけど、思い出した。ある人から、最近、破産したらしいと聞いたので。

Mさんは、建築関係資材の製造販売の仕事をしていた。自分で発明をして特許も取っていた。しかも、その発明を基に実際に建築資材を作って、自社の独自製品(特許製品)として販売していた。従業員は営業マンが何人か居ただけで、自分で製造する設備はなかったので、多分、受注を受けてから製造委託してたのだろう。

Mさんは、僕より5歳くらい年上で、建築関係の仕事は長いらしく、すごく成功したという訳ではないが、そこそこ儲かっているらしかった。

Mさんとは、6年くらい前にちょっとしたことで知り合って、最初に会ったときは、昼の2時頃から夜の11時頃まで、途中でお茶や食事のために場所を移動しながらトータルで9時間くらい話し続けた。若い頃はそういうことは珍しくないが年を取ってからはオジサン2人だけで酒なしで9時間も一緒に話し続けるというのは数年に一度あるかないかだ。まあ、そういう風に意気投合した。バイタリティがあって、ユーモアがあり、話がうまくて人を飽きさせない、頭も切れる、という印象だった(ただ、僕を含めて多くの発明家に共通の特徴だが、自分のことを過大評価するという面もあったかもしれない。)。

Mさんも、僕のことを気に入ったようだった。というのは、最初に会ってからまだ半年も経っていないときに、「中国に商談に行くので、一緒に付いて来ないか」と誘われたから。

聞いてみると、「Mさんの会社の独自製品(建築資材)は素晴らしいので、現地の企業と一緒に提携してやるなら何社か紹介しますよ」という話が、たまたま知り合ったブローカーのような日本人から、持ちかけられたらしい。そのブローカーの知り合いの日本人が上海でコンサルタント会社の雇われ社長をしていて、日本企業と現地企業の橋渡しをしているとのこと。

Mさんは、僕に「一部始終をアンタの目で見て、総合的な感想を言ってくれんか」と言った。まあ、その頃はちょうど忙しくなかったし、旅費や食費などの一切の費用は見ると言われたので、冬だったけど(死亡者が出たサーズ騒動はその翌年だった)、付いていくことにした。

商談で会う相手は全部コンサルタント会社の社長がお膳立てしていた。日程は、1週間くらいで、その間に青島→上海→湖南省→上海→青島というような日程で、とにかく飛行機とタクシーで動き回った。メンバーは、Mさんと僕と、日本人のブローカーのような人と、上海のコンサルタント会社の雇われ社長(日本人)と、補助者の中国人と、通訳アルバイトの日本学生(30歳代)という「ちょっと大袈裟な人数」で移動した。しかも、商談した後は必ず会食やカラオケなどで深夜まで飲んでたので、それらは全て(おそらく商談の相手の数人の飲食代も)Mさんの出費だったろうから、これだけでも相当の散財だったと思う。

そんな感じで1週間が経ったが、商談する企業は1日当たり1~2社で、従業員数十人から数百人程度の中小企業という感じで、こんなチンケな企業に会うためにわざわざ湖南省まで飛行機で飛んでいって意味あるのか、と疑問を持った。というか、企業はいっぱいあるだろうが、そのコンサルタントが知っている企業だけが相手なので、限られている。コンサルタントの費用もバカにならない(商談の打ち合わせのためにMさん抜きで勝手に顧客と飲みに行って、その飲み代だけをMさんに請求したりということも、しょっちゅうあったらしい)。こんなんなら、商工会議所やジェトロなどの公的機関がコンサル料はほぼ無料で中国企業との商談会とかやっているから、その方がよっぽど費用は掛からないのに、と思った。

どうも、Mさんは、コンサルタントとブローカーに利用されてるのような気がした。また、Mさんの製品が日本で成功したので中国に進出しようというのなら分かるが、日本で長年やってて特に成功してないのに中国で成功しようというのは順序がおかしいような気もした。

帰国してから、「あのコンサルタントとブローカーは胡散臭いというか怪し過ぎるので、もう止めたら?」と言いたかったけど、Mさんは、コンサルタントとブローカーのことを物凄く気に入ってたようで、ちょっと言い難い雰囲気があったので、言わなかった。Mさんが相当の余裕資金を持っているように僕からは見えたのも、言わなかった原因だ。今から思えば、きちんと言っておいた方が良かったと思う(そのためにこそ僕に一緒に付いて来てくれと言ったのだろうから)。「商工会議所とかでも同じことはやってくれるのでは」ということは言ったが、「ああいうのはダメだ」という答えだった。

まあ、僕はよく分からないし、一緒に行ってもほとんど役に立てることはないと思ったので、それ以後、同行することは無かった。その後も、Mさんとは、中国の話しは抜きで親しく付き合っていたが、2~3年過ぎる頃から徐々に付き合いは薄くなって行った。

Mさんは、その後も、例のコンサルタントやブローカーとは親密に付き合ってて、1~2ヶ月に一度くらいは、中国に行って同じような感じで商談していたらしい。幾つかは話が進んだりしたらしいが、そのためにかえって出費がかさんだりして(例えば合弁会社を作ろうということになればそのことでまたMさんの出費がかさんでしまう)、とにかく動けば動くほど金が出て行ってしまうのだが、金が入ってくることはほとんど無かったようだ。

しかし、当時は、中国五輪まで数年という建設ラッシュで、建設業界ではユーフォリオ(バブル的な陶酔)があって、Mさんもそれに乗せられていたのかもしれない。そんな感じで、数年が経ったが、中国五輪も終わってみたら、ほとんどプラスは無くマイナスだけが残ったということかも知れない。

まあ、そんな感じでMさんとの付き合いは5年くらい続いたが、今は連絡が付かない。先日、携帯電話に電話してみたが、繋がらなくなっていた。

確かに、Mさんは破産したらしいけど、それは、僕を含めて自営とか会社を経営している人の宿命というか良くあることなのだろうと思う。Mさんは、失敗に終わったとは言え、果敢に挑戦した結果なのだから立派だと思う。

あれだけバイタリティのある人だから、今もどこかで元気に仕事をしたり発明を考えたりしているのだろうと思う。

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2008年10月18日 (土)

年と独創性とやる気

「日経エレクトロニクス」を購読してるのだけど、その2008/10/20号に、慶応大学理工学部大学院の中村維男教授が出てました。

この人は64歳なのだけど、「これからが研究者人生の華」で、(今のプログラム型の)ノイマン型コンピュータをひっくり返したいと言っていた。

この教授によると、独創性は知識と経験の組み合わせにより生まれる(発明と同じだ)が、年を取るほど知識と経験は豊富になるので独創性に有利なはずだ、とのこと。

脳科学者の茂木健一郎さんも、「やる気がある人なら、年を取るほど頭は冴える」と言われているそうです。

要は、「やる気」だということです。
この中村教授は、自分は普通の人とはやる気が10倍くらい違う、と自分で言っていた。

確かに、自分や周りを見てて、年をとると、働くのに疲れてきたとか、自分の限界とか諦めることが多くなったとかで、性格が丸くなって、「やる気」がなくなる、というのはある。それが独創性が無くなったり発明が出なくなったりする原因なのかも。

まあ、やる気を無くして丸い人生を送るのも幸せな老後なのだろうし、その方が良いのかなとも思うけど、何とか「やる気」を出して、(上の中村教授は人生で何回目かの花をこれから咲かそうというのだろうけど、僕も場合)人生で一回くらい、花を咲かせたいと思います。

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2008年10月 7日 (火)

一部請求

前回と同じく特許侵害訴訟を勉強してて思ったこと。

訴状に貼付する印紙代は訴額によるがかなりの額になるようです。例えばこのページに出てますが、300万円だと2万円とちょっと、1千万円だと5万円だけど、5千万円だと17万円、1億円だと32万円となって、額が大きくなると相当の金額になってしまいます。

特に特許侵害訴訟では、原告が勝訴する確率は1~2割と言われているので、いきなり1億円の損害賠償をして32万円の印紙代を払うのはもったいないということになります。

それで、こういう場合は、例えば3億円の損害賠償を請求するが、とりあえず印紙代を考えてその3億円の一部の1千万円だけ請求する、という「(明示的)一部請求」の形をとることが多いようです。こうすれば、印紙代は1千万円についての5万円だけなので、もし判決で負けても、印紙代の損は5万円だけで済みます。

「(明示的)一部請求」のやり方は、訴状の請求の趣旨の中で「1千万円(及び利息)を支払え」とした上で、請求の原因の中で「原告は、損害額(3億円を下らない)のうち、一部請求として、1千万円(のみ)を請求する。」と記載すればよいようです。

有名な青色発光ダイオード訴訟(中村修二VS.日亜化学工業)でも、1審では200億円という判決が出たが、1審の訴状は一部請求の形だったのだろうと思う(確認していない)。それが、2審になってから、原告側は強気になって印紙代を補充した(数千万円の印紙代だったらしい)が、結局、和解(8億円)で終わったので、多額の印紙代が無駄になってしまった。印紙代の問題はばかにできない。

最高裁判例によると、明示的一部請求の場合としては、「一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合」(昭和37年8月10日最高裁判決)と、「基準時までに発生した部分に限って訴えを提起していることが明らかである場合」(昭和42年7月18日最高裁判決)と、の2つがこれまで認められている。そして、最高裁判例によると、明示的一部請求の場合、その既判力は残部には及ばない、とされている(参考)。

したがって、明示的一部請求を認める判例の立場からは、(明示的)一部請求で勝訴判決が確定した場合でも、一部請求の判決の既判力は残部には及ばないから、勝訴した原告が残りの額(残部)について改めて訴訟を提起することは可能、とされている。ただ、第1審で勝ったら、判決が確定する前に、青色発光ダイオード訴訟の場合のように、第2審で「請求の拡張」をすることが多いのだろう。

他方、明示的一部請求を認める判例の立場からは、(明示的)一部請求で敗訴判決が確定した場合は、敗訴原告が残りの額について改めて後訴を提起すること(残部請求)は、既判力は及ばないが信義則に反し許されないという理由から、(前訴基準時以後の新たな事由がない限り)請求棄却される。

なお、判例の立場で、「一部請求の明示」がなかったために前訴が一部請求として認められない場合は、前訴が勝訴で確定しても敗訴で確定しても、いずれの場合でも、後訴の残部請求は、「前訴は全部請求であり、その全部が認められた(又は認められなかった)→そもそも残部は存在しない」という前訴の既判力が及ぶという理由から、(前訴の基準時以後の新たな事由がない限り)請求棄却される。ただ、前訴が原告勝訴の場合の残部請求の後訴は、既判力を問題とする前に、原則として訴の利益がないという理由から訴却下される。

また、判例の立場では、一部請求をした場合、その一部については訴訟中は消滅時効の進行が停止されるが、残りの額(残部)については消滅時効が進行して消滅することがあり得る。もっとも、特許侵害訴訟の場合で特に個人発明家の場合は、その損害は実施料相当額として算出することになる。とすると、実施料相当額の場合は、不法行為の消滅時効(3年)にひっかかっても、不当利得の返還請求権(消滅時効10年)でも行ける(おそらく)ので、消滅時効の問題はそれほど気にしなくても良いのではと思う。

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