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2009年1月31日 (土)

テレビ放送番組の録画・海外送信サービスは著作権法上適法だとした知財高裁判決を見て

静岡県浜松市の「日本デジタル家電」による「ロクラク」サービス(日本国内のテレビ放送番組を受信・録画・送信する機器(親機ロクラク)をサービス提供者の会社内で設置・管理し、それを利用者に貸与し、利用者は、海外の子機ロクラクから日本国内の親機ロクラクを遠隔操作して好きな番組を録画して、それをインターネット経由で海外に送信させることにより、海外に居ながら日本のテレビ番組が視聴できるというサービス)について、利用者個人による適法な(著作物の)私的利用行為にすぎないから適法だとする知財高裁判決が出ました(平成20年(ネ)第10055号 平成21年1月27日知財高裁判決)。  

著作権については判決を読んだことはなく、カラオケ法理の判決の内容なども詳しくは知らないのですが、今回の判決は、ざっとですが、読んでみました。何故そういう気になったのかというと、この事件は、知財の専門家のほとんどが「日本デジタル家電が負ける」と、予想というか決め付けていました。そして「日本デジタル家電」という小企業を訴えた原告は、日本を代表するNHKと民放10社という、そうそうたる顔ぶれです。そういう知財業界や放送業界という既存のある種のエスタブリッシュメント層の予想・決め付けを見事に打ち砕いた判決だったからです。

こういう、「強い者が常に勝つとは限らない、小が大に勝つこともある」、というのが、裁判だけに限りませんが、勝負事の面白いところです。

中村修二氏の青色ダイオード訴訟で升永英俊弁護士と一緒に戦った荒井裕樹弁護士も「大きな人の味方して勝つのは、簡単なんですよね。弱い人を助けて・・・強い人に勝つということが弁護士の醍醐味だと思うんです。」と言っていました(以前にテレビの情熱大陸に出たとき)。

それで、この判決に、少し興味を持ちました。

この判決が扱った争点は唯一つ、「本件サービスにおいて、日本デジタル家電は、本件番組及び本件放送に係る音又は影像の複製行為を行っているか否か」ということです。つまり、親機ロクラクにより番組を録画・送信している主体は、実質的に見て、日本デジタル家電と利用者のどちらなのか、という問題です。主体が日本デジタル家電なら、複製権侵害と公衆送信権侵害になります。主体が利用者なら、その利用者の行為は著作物の私的利用に過ぎないので適法、日本デジタル家電の行為もその利用者の適法な私的利用の行為を支援するサービスをしているだけなのでこれまた適法、という論理になります。

これに関する判決の論理としては、僕の見たところ、4つくらいがポイントと思いましたので、この4つを、自分の備忘録としてですが、以下にコピーしておきます。これらを読んで感じたことは、この「番組録画送信(の支援)サービス」を適法とする結論は妥当だと思いました。ただ、この論理をそのまま貫くとカラオケボックスも適法となる可能性がある(そういう結論は妥当でない)ので、これこれの点で違うからカラオケボックスとは結論が異なってよいのだという論理を別個に用意しておくことが必要になるのではと感じました(おそらく、料金が定額か時間などによる従量制か、利用者の行為に対する店舗側の支配・管理の度合いの違いなどから結論が異なってよいということになるのでしょう)。

「イ 機器の設置・管理について
被控訴人らは,本件サービスにおいては,控訴人が,親機ロクラクとテレビアンテナ等の付属機器類とから成るシステムを一体として設置・管理している旨主張する。
しかしながら,被控訴人らが主張する上記事実は,控訴人が本件複製を行っているものと認めるべき事情たり得ない。その理由は,次のとおりである。
すなわち,本件サービスの利用者は,親機ロクラクの貸与を受けるなどすることにより,海外を含む遠隔地において,日本国内で放送されるテレビ番組の複製情報を視聴することができるところ,そのためには,親機ロクラクが,地上波アナログ放送を正しく受信し,デジタル録画機能やインターネット機能を正しく発揮することが必要不可欠の技術的前提条件となるが,この技術的前提条件の具備を必要とする点は,親機ロクラクを利用者自身が自己管理する場合も全く同様である。そして,この技術的前提条件の具備の問題は,受信・録画・送信を可能ならしめるための当然の技術的前提に止まるものであり,この技術的前提を基に,受信・録画・送信を実現する行為それ自体とは異なる次元の問題であり,かかる技術的前提を整備し提供したからといって直ちにその者において受信・録画・送信を行ったものということはできない。ところで,親機ロクラクが正しく機能する環境,条件等を整備し,維持するためには,その開発・製造者である控訴人において親機ロクラクを設置・管理することが技術上,経済上,最も確実かつ効率的な方法であることはいうまでもないところ,本件サービスを受ける上で,利用者自身が,その管理・支配する場所において親機ロクラクを自ら設置・管理することに特段の必要性や利点があるものとは認め難いから,親機ロクラクを控訴人において設置・管理することは,本件サービスが円滑に提供されることを欲する契約当事者双方の合理的意思にかなうものということができる。そして,そうであるからといって,前述したとおり,このことが利用者の指示に基づいて行われる個々の録画行為自体の管理・支配を目的とする根拠となり得るものとみることは困難であるし,相当でもない。
さらに,控訴人において親機ロクラクを管理する場合,控訴人においてその作動環境,条件等(テレビアンテナとの正しい接続等)を整備しない限り,親機ロクラクが正しく作動することはないのであるから,テレビアンテナ等の付属機器類を控訴人が設置・管理することも,本件サービスが円滑に提供されることを欲する契約当事者双方の意思にかなうものであることは前同様であるが,前同様の理由によりこれをもって利用者の指示に基づいて行われる個々の録画行為自体の管理・支配を目的とする根拠となり得るものとみることは困難であるし,相当でもない。
他方,本件サービスにおけるテレビ番組の録画及び当該録画に係るデータの子機ロクラクへの移動(送受信)は,専ら,利用者が子機ロクラクを操作することによってのみ実行されるのであるから,控訴人が親機ロクラクとその付属機器類を設置・管理すること自体は,当該録画の過程そのものに対し直接の影響を与えるものではない。
そうすると,控訴人が親機ロクラクとその付属機器類を一体として設置・管理することは,結局,控訴人が,本件サービスにより利用者に提供すべき親機ロクラクの機能を滞りなく発揮させるための技術的前提となる環境,条件等を,主として技術的・経済的理由により,利用者自身に代わって整備するものにすぎず,そのことをもって,控訴人が本件複製を実質的に管理・支配しているものとみることはできない。」

「オ 複製のための環境整備について
被控訴人らは,①本件サービスにおいては,子機ロクラクを用い,これが示す手順に従わなければ,親機ロクラクにアクセスしてテレビ番組の録画や録画されたデータのダウンロードを行うことができず,また,②控訴人は,親子機能を実現するための特別のファームウェアを開発して,これを親子ロクラクに組み込み,かつ,控訴人のサーバ等を経由することのみによって録画予約等が可能となるように設定しており,さらに,③親子ロクラクは,本件サービス又はこれと同種のサービスのための専用品とみることができる旨主張する。
しかしながら,これらの事情は,いずれも,利用者が親機ロクラクを自己管理する場合(控訴人が本件複製を行っているものとみることができない場合)であっても同様に生じる事態を指摘するものにすぎないから,これらの事情をもって,控訴人が本件複製を実質的に管理・支配しているものとみることはできない。」

「カ 控訴人が得ている経済的利益について
被控訴人らは,控訴人が,①初期登録料(3000円),②毎月のロクラクⅡのレンタル料(本件Aサービスにつき8500円,本件Bサービスにつき6500円),③毎月の「ロクラクアパート」の賃料(2000円)の名目で,利用者から本件サービスの対価を受領している旨主張する。
しかしながら,本件サービスは,機器(親子ロクラク又は親機ロクラク)自体の賃貸借及び親機ロクラクの保守・管理等を伴うものであるから当然これに見合う相当額の対価の支払が必要となるところ,上記(1)エ(ウ)によれば,上記①及び②の各金員は,録画の有無や回数及び時間等によって何ら影響を受けない一定額と定められているものと認められるから,当該各金員が,当該機器自体の賃料等の対価の趣旨を超え,本件複製ないしそれにより作成された複製情報の対価の趣旨をも有するものとまで認めることはできず(なお,被控訴人NHKの番組を視聴する場合には,上記の料金とは別に受信契約の締結が必要となる旨控訴人サイトに記載されている。),その他,当該各金員が本件複製ないしそれにより作成された複製情報の対価の趣旨をも有するとまで認めるに足りる証拠はない。
また,仮に,控訴人が上記③の金員を受領しているとしても,それが,「ロクラクアパート」の賃料の趣旨を超え,本件複製ないしそれにより作成された複製情報の対価の趣旨をも有するとまで認めるに足りる証拠はない。
以上からすると,控訴人が上記①ないし③の各金員を受領しているとの事実をもって,控訴人が本件複製ないしそれにより作成された複製情報の対価を得ているものということはできない。」

「キ 小括
以上のとおり,被控訴人らが主張する各事情は,いずれも,控訴人が本件複製を行っているものと認めるべき事情ということはできない。加えて,上記(1)のとおりの親子ロクラクの機能,その機能を利用するために必要な環境ないし条件,本件サービスの内容等に照らせば,子機ロクラクを操作することにより,親機ロクラクをして,その受信に係るテレビ放送(テレビ番組)を録画させ,当該録画に係るデータの送信を受けてこれを視聴するという利用者の行為(直接利用行為)が,著作権法30条1項(同法102条1項において準用する場合を含む。)に規定する私的使用のための複製として適法なものであることはいうまでもないところである。そして,利用者が親子ロクラクを設置・管理し,これを利用して我が国内のテレビ放送を受信・録画し,これを海外に送信してその放送を個人として視聴する行為が適法な私的利用行為であることは異論の余地のないところであり,かかる適法行為を基本的な視点としながら,被控訴人らの前記主張を検討してきた結果,前記認定判断のとおり,本件サービスにおける録画行為の実施主体は,利用者自身が親機ロクラクを自己管理する場合と何ら異ならず,控訴人が提供する本件サービスは,利用者の自由な意思に基づいて行われる適法な複製行為の実施を容易ならしめるための環境,条件等を提供しているにすぎないものというべきである。」

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2009年1月23日 (金)

審査基準の法制化と特許審査の民営化

この前の記事に引き続いて、しつこいようですが・・・。

最近知ったのですが、審査基準の法制化の検討は、特許審査の民営化(独立行政法人化)のためではないかという見方も一部にあるようですね。

僕は「独立行政法人」についてはほとんど知識がないので、以下はあくまで僕の想像であり、「とんでもない勘違い」の可能性もあります。

今の審査基準は、特許庁の職員(公務員)に対しては、もし審査基準を守らなければ契約責任だけでなく国家公務員法上の懲戒処分などもあるので、ある程度の実効性があります。

しかし、民間人(将来に民営化したときの職員や民間委託先の職員)に対しては、今の審査基準は法令ではないから、民間人を拘束しようとすると契約しかなく、審査基準を守らなかった場合は契約違反の責任(損害賠償責任など)しか問えないので、実効性が弱い、だから民営化は難しいという主張がある(※独立行政法人の中には、職員に国家公務員の身分を与える場合もあるようですが、そうではない場合)。

そこで、審査基準を法令にすれば、公務員ではない民間人にも刑罰付きで拘束力を及ぼせるので、特許審査を民営化する道が開ける、ということです。

このように、審査基準の法制化は、特許審査の民営化を考えたとき、民間人(独立行政法人の職員)を刑罰をもって拘束させられるように法制化をしようというのが目的である可能性もあります。

民営化が目的だとすると、そのような目的で法令化される審査基準については、民営化先の職員には拘束力を持つが、裁判所は拘束しないという形にする、ということも可能かもしれません(この場合は、審査基準の内容そのものは法令にはしないで、特許審査を行う職員は審査基準を守らねばならないということを法律で(罰則付きで)定めればよいでしょう。そのような形ならば、憲法上の問題は生じないでしょう)。

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2009年1月21日 (水)

異端の役割

Chikirinさんが下のようなマトリクスを示して「日本に起業家が少ない理由」を分析してて、面白いなと感じた。

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僕は昔から下側の人間で、意味が無いと感じることを続けるのが我慢できない方だったし、組織も向いてなかったから、そうだよなあと思った。中学校から、学校でもクラブ活動しないで(いったんは何かに入るが1-3ヶ月後に退部というパターン)、ずっと帰宅部。まあ、バカ話する友達は同じ帰宅部に何人かいて楽しかった。

高校時代は何かいつもふてくされてて全く勉強しなかったので、2年の終わりには最下位から5番目まで成績が下がった。それで、これはいかんと思って3年から勉強を始めたけど間に合わなくて浪人、でも、予備校は合わないというか、これ以上、教室での集団生活は嫌だと思って自宅で宅浪。当時Z会と双璧だったオリオンの通信添削のお世話になった。

その後も、25歳のときは1年間、実家でニートを経験した。今から25年以上前のことで、当時はニートなどの言葉もない時代だし、田舎だったので、結構、世間体は気になったような。でも、結構、遊びに出てたけど。ちょうど、そのニートだったとき、高校の同窓会があって行こうかどうか少し迷ったが行った。皆、僕のことは知っていたが。その後、就職して、転職して、35歳から独立して自営、という流れで、ここまで来た。

自分の経験からも、組織を離れてやろうとすればリスクがあるので、僕のようなもともと組織では無理という人間(この場合は能力は普通以下でもよい)か、ある程度のパワーを持った経営能力のある人間かでないと難しいと思う。

僕のようにもともと組織は無理という人間は、それしか道がないから、自営とかになってうまく行かなくても、何とか、ほそぼそとでもいいから、そのままやろうとする。だけど、組織でもやっていけるという人は、自営とか経営がうまく発展して行かなければ(ほそぼそとはやっていけるとしても)、組織に戻った方がよいということになると思う。

確かに、世の中をオペレーションしているのは組織であり、NTTとか郵便局とか役所とか、大組織がないと、社会は回っていかない。だから、組織から離れた個人(自営業者だけでなく、ニート、フリーターもこの中に入る)や小集団は、社会のアダ花というか、社会の周縁、異端の位置にある。なお、ここで「自営=異端」というのはずっとそのままほそぼそとした自営というケースであり、大組織を目指すベンチャーは「異端」ではない(最初は異端でもそのうち主流になる存在という意味)。ベンチャーの経営者などは、もともと、大組織でも十分やっていける人でなくてはうまく行かないことが多いのではと思う。

上で、組織を離れた個人(自営、ニート、フリーター)や小集団は社会の周縁に位置する異端に過ぎないと書いたが、そういう「社会のアダ花」ともいうべき異端にも、社会の中で、それなりの役割はあると思う。料理でいえば、ステーキなどの主材(これは大組織)にはなれないが、香辛料のような役割だ。

そういう異端の役割の一つに、社会や時代を動かす「触媒」という役割があると思う。大組織は恐竜と同じでなかなか時代や環境の変化を感じ取りにくいので、異端である個人や小集団がいち早くその時代や環境の変化に気づいて、「触媒」となって、社会を「刺激」して行き、やがて大組織もその時代や環境の変化に気づいてそれに合わせて少しずつ変わって行き、社会全体のオペレーションも変わって行く、という流れだ。僕が目指す発明家も、そういう役割をもっていると思う。

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2009年1月20日 (火)

燃料電池の発明の歴史(早すぎた発明)

2009年1月20日付けの日経産業新聞に、燃料電池について面白い記事が出ていた。一部を要約すると、次の1-3のとおり。

1 燃料電池の原理を最初に発見したのは英国のデービーで、1801年。日本では江戸時代の後期。

2 燃料電池が初めて実用化されたのは、最初の原理発見の1801年から164年後の1965年で、米宇宙船「ジェミニ5号」に使われた。

3 特許庁が2007年5月に発行した「特許出願技術動向調査」によると、1998-2004年の日米欧で出願された燃料電池関連の特許3万2千件のうち67%を日本勢が占めている。

僕も、燃料電池そのものではないがその応用という形で2件くらい出していたから、この「日本勢」の中に一応入れてもらっているかな。

燃料電池の原理発見は、燃料電池の発明とほぼ同義だろう。燃料電池が発明された1801年から今までに200年以上が経過しているが、まだ事業で儲かる(特許のライセンス料で儲かる)という段階にはなっていない。だから、「燃料電池そのものの基本特許」を取得しても、儲かる段階のずっと前に「特許切れ」になってしまう。個人的に、こういうのを「早すぎた発明」と呼んでいる(あくまで特許の視点から「早すぎた」と思うだけで、科学や社会や医療などの視点からは同じ発明・発見でも「遅い」と感じることは多い)。

こういう「早すぎた発明」は、基本的な原理の発見に基づく発明の場合、液晶などを含めて極めて多いというか、ほとんどそれだ。唯一の例外(ライセンス料で儲けたもの)は、少しインチキくさい手を使った「自動車そのものの特許」だろうか(米国)。

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2009年1月13日 (火)

特許訴訟の提訴件数が減っている件(日経の記事より)

追記(2009/6/7): 2006年から2008年の3年間の東京地裁及び大阪地裁の特許侵害訴訟の判決125件の中で、原告(特許権者側)が勝訴した割合(勝訴率)は24%、同125件の中で、判決で特許権が無効とされた割合は49%。要するに、原告(特許権者側)の敗訴率は約75%、原告の特許が無効だと判断された率は約50%(ということは、原告が敗訴した理由としては、特許が無効とされたことによるものが、敗訴全体の約67%ということになる)、ということ。

特許訴訟の提訴件数が減っている件について、2009年1月12日付け日経新聞に特集記事が出ていた。要約すると、次のとおり。

1 2007年の地裁レベルの提訴件数は、156件で、3年前より3割減った。

2 その原因は、特許権者にとって特許訴訟が割に合わない、使いずらい制度になっていること。すなわち、裁判所が特許の有効性判断をできるとした2000年のキルビー最高裁判決、これを受けての2004年の特許法104条の3の「権利行使制限の抗弁」の創設により、特許権者は侵害訴訟を提起すると、裁判所の訴訟と特許庁の無効審判との双方で特許の有効性を認めてもらわないと勝てないという不利な制度、逆にいうと被告にとって非常に有利な制度になった。

3 しかも、特許権者は、侵害訴訟を提起したために、敗訴するだけでなく特許が無効とされてしまうリスクも大きくなった。以前から、原告の敗訴率は8割(勝訴率は2割)のままだが、原告が敗訴したときの「敗訴するだけでなく特許も無効とされてしまった率」は、ここ2-3年で従来の3割から6割に上昇した(※これは、つまり、もし侵害訴訟を提訴したら、原告は、8割は負けるし、約5割は負けるだけでなく特許も無効にされて踏んだり蹴ったりの状態になりますよ、ということだ)。

4 また、いったん勝訴判決が確定しても、その後、被告は何回でも無効審判請求を繰り返しできるので、それが成功して無効審決が確定すると、再審請求をして、確定勝訴判決を覆すことが可能になっている(※もし確定判決が覆ったら、原告はいったん獲得した損害賠償金を年利5%の金利を付けて返還しなくてはならない!)。

5 特許の有効性判断の争点の中心は進歩性判断だが、進歩性判断は従来より厳しくなっている(※ここが最大の問題だろう)。

6 知財高裁の飯村敏明判事は、「今の制度は被告にとって非常に有利な制度(原告にとって不利な制度)になっている」として、バランスを取り戻すため、「裁判所と特許庁とのダブルトラックによる紛争解決制度を見直すべき」、「紛争を1回の手続で解決し、いたずらに繰り返される無効審判で特許権者が疲弊しないようにすることが必要だ」として、次の2つを提案している。(1)無効審決の効力は既に確定した侵害訴訟の被告には及ばないようにすること、(2)一定期間後の無効審判請求を制限すること。

7 この記事では、2000年10月に確定した「生のりの異物分離除去装置」の特許侵害訴訟で原告勝訴判決が確定した後に敗訴被告が何回も無効審判請求を繰り返して、特許無効が確定し、再審請求が認められて確定勝訴判決が覆ってしまった事件が紹介されてて、これは、現在、原告側が最高裁に上告受理申立て中とのこと。

※私見として、上記6(1)の原告勝訴判決確定後の特許無効による再審請求を制限することは、特許法104条の3第2項の趣旨(訴訟遅延を防ぐ)から考えて解釈論として可能ではないか、と思う。最高裁でどういう判決が出るかは分からないが。

ただ、最高裁は、最近、原告敗訴判決の確定後に敗訴原告が何回も訂正審判請求を繰り返して訂正が確定した後、その訂正の確定を理由として再審請求をした事件で、特許法104条の3第2項の趣旨(訴訟遅延を防ぐ)から再審請求を制限する判決を出している(最判平成20年4月24日平18(受)1772「ナイフの加工装置事件」)。

この最高裁判決は被告側に有利な判決であるが、これとのバランスをとるためにも、原告勝訴判決確定後の特許無効の確定を理由とする再審請求を制限する最高裁判決がもし出れば、この日経の記事も大きな意味があったということになるだろう(ただ、上記の最高裁判決は、訂正が確定した場合は特許無効が確定した場合とは異なって・・・というような言い方をしているので、あまり期待できないかな)。

追記(2009/5/7):最近の統計:

2006-2008年の3年間の東京地裁及び大阪地裁の特許侵害訴訟の判決125件の中、特許権者の勝訴した割合(原告勝訴率)は、24%(約4分の1)。また、

2006-2008年の3年間の東京地裁及び大阪地裁の特許侵害訴訟の判決125件の中、特許権者が敗訴し且つ特許が無効とされた割合は、49%(約半分)

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2009年1月10日 (土)

特許法改正-審査基準の法制化について

2009年1月7日に特許法改正について書いたが、これに追記したいことを幾つか思いついたので、ここで纏めておくことにした。

1 前回の議論は「審査基準の法制化=審査基準の法令への格上げ」という理解を前提にしました。多分これでよいと思う。「審査基準の法制化=審査基準の特許庁内部での策定の過程・手続の法制化」などではないと思う。

2 「審査基準の法令への格上げ」をもしやるとしたら、「省令」の形だろうか? 省令とは、経済産業省(特許庁もこの一部)など各省の大臣が制定する命令だ(「特許法施行規則」も省令)。省令は、法律から委任を受けている限りは、「法律と同等の効果」を有する。つまり「法令」には法律だけでなく政令・省令も含まれる。国会の審議を受ける「法律」の形式では機動的な改正ができない等の理由で、規定の根幹に関わる部分のみを法律(例えば特許法)で規定し、詳細な手続方法などについては省令(例えば特許法施行規則)や政令で規定する、という役割分担が行われている。

3 「審査基準が法令に格上げされる」とどうなるか?

 今の拒絶審決取消訴訟の中で「特許法の規定がおかしい」と主張すると、違憲審査は別として「それは立法論だから国会に言ってください」となる(裁判所は、「特許法の規定が妥当かどうか」を判断できず「特許法の規定の解釈」をすることしかできない)。他方、審査基準は法規範性を有してない(「偏向フィルムの製造法事件」平成17年11月11日知財高裁判決)ので、裁判の中で「審査基準が特許法の規定や解釈に適合しておらずおかしい」と主張するのは当然に可能(というか、審査基準のことなどそもそもお呼びでないというか無視してよい)。

それが、審査基準が法令(省令)に格上げされると、訴訟の中で「審査基準がおかしい」と主張すると、「それは立法論だから国会に言ってくれ」ということになるだろう。つまり、裁判所は「審査基準の規定が妥当かどうか」を判断することはできなくなり、「審査基準の規定を解釈すること」しかできなくなってしまう。それだけ、裁判所が国民の権利を救済できる範囲が狭くなってしまう。裁判所で出願人が自分の特許を受ける権利について特許庁と争える範囲が狭くなってしまう。

4 国民の権利義務に関係する規範は国会による「法律」の形式で定めることが憲法上要請されている(通説? なお、特許法施行規則は手続に関するもので権利に関するものではないから省令でも問題ない)。特許審査基準は「出願人に特許という権利を付与するかどうかを決めるための基準」であり、「国民の権利義務に関係する規範」であるから、国会の審議を経る「法律」という形式によるべきで、「省令」という形式で定めることは憲法上の要請から許されない、と思う。他方、専門的で細かすぎる(数百ページはある)審査基準そのものを国会で議論することは無理であろう。したがって、結局、「審査基準の法制化」は妥当でない(省令による場合)し、難しい(法律による場合)と思う。

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2009年1月 7日 (水)

特許法改正 特許庁の真の狙いは?

2009年1月5付け日経新聞に特許法改正の話が載っていた。改正は2-3年先らしいが、特許法見直しの検討項目として次の7件が載っていた。

1 保護の対象となる「発明」の定義の見直し

2 「差止請求権」の放棄など技術革新の促進に向けた制度づくり

3 「職務発明規定」の見直し

4 審査基準の法制化に向けた検討

5 迅速で効率的な紛争解決方法の検討

6 審査の迅速化と出願者のニーズへの対応

7 分かりやすい条文づくり

記事では、上記の1,2,3を中心に大きな改正になりそうと書いてあった。上記の4以降については全く記事の本文には載っておらず、「検討項目」の一覧表の中に載っているだけだ。

しかし、僕はこれを見て直ぐ、特許庁の真の(裏の)狙いは「4 審査基準の法制化」にあるのではないか(それ以外は、いわば目くらましの意味しかない)、と直感した。もちろん、ただの直感で証拠は全くないし、僕の「全くの勘違い」ということもある。

ただ、なぜこのように直感したかというと、1-7の検討項目の中で、この4だけが異色なのだ(だから、違和感を持った)。

つまり、この「4 審査基準の法制化」を除く全ては、特許法のユーザー(出願人や発明者や特許権者)の利便性を高めたり一般の利害関係者(特許権者や発明者からの権利行使を受ける側の企業など)と権利者側との利害を調整するためのものだ。これに対して、この「4」だけは、ユーザーや一般の利害関係者とは関係ない、特許庁と知財高裁(及び最高裁)との関係に関するものだ。

今の裁判所の判例は、「審査基準は特許庁の内部で作成・運用されている審査の指針に過ぎず、法規範性はないから、裁判所は全くこれに拘泥されない」という立場だ。だから、審査基準は、判例に適応するように作られねばならないし、判例が変更されればそれに後追いするように審査基準も速やかに変更されている。

特許庁はそれが面白くないということなのだろうか?

しかし、そもそも、審査基準は特許庁の職員という行政職員が内容を決めるもので、国会で審議を受けたものではないから、裁判所が審査基準に拘束されないのは憲法の三権分立から当然のことなのだ。

つまり、審査基準は、特許庁による行政行為の一部と言ってよいものだから、裁判所の違法判断の「対象」となるものであって、裁判所が従うべき「基準」となるものではない。審査基準は、その内容が特許法などの解釈(これは裁判所の専権事項)から見て違法なものか適法なものか、常に、裁判所による判断にさらされている、というのが現状だし、それは極めて正常な姿だ。

それが、審査基準が法制化されると、立場が全く逆転して、審査基準は裁判所が「従わなくてはならない基準」(裁判の基準=法律)となってしまう。つまり、裁判所が特許庁(審査基準を作る側)よりも「下」になってしまう。

もちろん、法制化となれば、審査基準は国会の審議と可決を経るという手続に形式的にはなるのだろうが、特許審査の細かい内容を国会議員が理解できるはずがないから、国会では「細かい内容(細則)は特許庁(の職員)が作る省令に一任する」というような法律が出来るだけだろう。だから、そうなるとやはり、形式的にはともかく、実質的には、裁判所が特許庁(審査基準という省令を作る側)よりも「下」ということになってしまうだろう。

憲法の観点(司法による行政の統制、裁判所による国民の権利の救済)からみて、かなり大きな問題だと感じた。

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2009年1月 2日 (金)

ネットと特許は似ている

ネットと特許は似ている。

ネットは、地方の個人でも世界に発信したり繋がることができるという意味で個人の力を増強し最大化するためのものだろう。

特許の世界も、もともと、地方の中小企業や個人でも、一つの基本特許を武器に、世界を相手に、大企業とも対等に渡り合えることを可能にするものだ(法の下の平等)。

ネットも特許も、どちらも、個人の力を増強して、大企業と対等に戦うことを可能にしてくれるものだと思う。

まだネットが無かった頃でも、米国では、1980年代が特に輝いていたがその前後も含めて、レメルソンやカーンズなどの多くの個人発明家が大企業と対等に渡り合って莫大なライセンス料や損害賠償金を獲得していた。それは、1980年代の当時の彼らには、ネットという武器は無かったけど、「サブマリン特許」という武器があったからでもあるだろう(サブマリン特許は、当時の米国特許法の欠陥、例えば出願公開制度が無かったとか特許期間が特許成立から17年間だったなどの「欠陥」をついて生み出されたもので、出願から特許成立までを10数年以上わざと引き延ばして非公開状態のままにしておき、その発明の内容が大企業により実用化された後に突如として特許を成立させ公開させるというもので、実用化していた大企業はそのときにびっくりする訳だがもはや手の打ちようがないというものだった。だが、その後、米国特許法の改正により今は米国でも公開制度もあるし特許期間も出願日から20年となって、サブマリン特許が成立する余地は無くなった)。

だから、「サブマリン特許」という技が使えなくなった今の発明家は、米国でも当時の発明家よりも成功は難しいと言えるが、今はサブマリン特許の代わりにネットという武器がある。また、今は、パテント・トロールという、大企業と戦うだけの資金やノウハウを持っていない個人発明家たちから特許を買い取ってくれる企業も多く存在している(1980年代にも、当時はパテント・マフィアと呼ばれてたが、リファックス社などのパテント・トロールは存在していた)が、これも、1980年代の当時と比べたらプラス要因といえるだろう。まあ、パテント・トロールが個人発明家にとって本当にプラスになっているのかは、その特許の買取価格によるのだろうが。

日本では、このような個人発明家の成功例はほとんどない。少し前、松下昭さんという元大学教授がソニーとJR東日本を相手にスイカやエディが自らの電子マネー関連の特許を侵害しているとして数十億円の損害賠償等の訴訟をやっていたが、最近、敗訴している(平成19年(ワ)第21051号平成20年9月17日東京地裁判決)。

まあ、二股ソケットを発明した松下幸之助さんや木製人力織機を発明した豊田佐吉さんなどは、パナソニックやトヨタ・グループを創業したという意味で大成功しているが、これは発明家が事業をやって成功したという「エジソン型」で、純粋にライセンス料や損害賠償で大企業に勝ったという「レメルソン型」の成功例はほとんどないと思う。

理論的には、ネット社会になって、日本でも、そして地方の個人や中小企業でも、基本特許を手に入れられれば、それを武器に、大企業と対等に渡り合って契約交渉や訴訟を通じて多額のライセンス料や損害賠償金を獲得するという「レメルソン型」の成功は可能なはずだ。その理論を現実に適用して実現してみたい、というのが今の僕の目標だ。

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2009年1月 1日 (木)

1~2年後はバブル再来?

昨日(2008/12/31)の大晦日の日経新聞の経済教室に堺屋太一が寄稿していた。堺屋太一は僕の好きな評論家の一人だ。最近は露出が少なくなったけど。1980年代中ごろに出た「知価革命」、僕は20代後半だったけど、衝撃的だった。

その堺屋太一だが、今回の寄稿の内容を読んで、やっぱり歴史的視点からの考察がこの人の持ち味だなと思ったし、すごく納得できた。以下に、僕なりに纏めておきます。

1 2008年後半からの金融危機は、1971年に米ニクソン大統領が金ドル交換を停止して始まったドルのペーパーマネー体制(これをうまく使ったのがレーガン大統領で、ドルを金という物質の裏づけなしに自由に発行し垂れ流しながら、そのままだと「ドルの供給過剰」でドルが暴落するので、米国の景気を良くしてドルを世界中から買わせた。その後も、ジャンク債、新興国、ITバブル、サブプライムローンなどの仕掛けを使ってドルの借り手を増やして、ドルの需要を高めることで、ドルの需給を均衡させ、国際基軸通貨ドルの価値を保っていくという体制)、これが崩壊したということ。

2 これからの米国は、3年後には、自動車産業などの規格大量生産型の製造業は決定的に整理され、「全(まった)き知価社会」に変貌する。

3 これからの中国は、1年後には急回復する(今は、日本や韓国など多くの国でもあった工業化の初期の過程で必ず通る調整の谷間の期間とみるが、歴史的に見てこの期間は1年間くらいの短期間)。

4 これからの日本は、円高と高齢化を「利点」として、発展する可能性がある。一般には、円高と高齢化はマイナス要因とされるが、実は違う。

「円高」は、輸出産業には打撃だが、それ以外の多くの企業には輸入する原材料や部品の値下がり益の恩恵が大きく、これらの値下がり益は企業に多くの利潤を蓄積させる(ちょうど20年前、1986年頃から始まった「円高不況(製造業などの輸出産業に打撃)」が直ぐに「円高バブル(金融と不動産・建設などでバブル)」に変質したのと同じ)。

「高齢化」は、これから団塊の世代が60歳代となり年功序列型の高給取りでなくなるので、企業はこれらの団塊の世代の良質な労働力を安価に(嘱託などで)使うことができるので、企業は利益を得ることになる(団塊の世代は企業からの少ない給料と年金とのダブルで生計を立てることになる)。

そういえば、池田信夫blogでも、これからバブルがまた必ずやって来ると書いてあった。以下は池田信夫blog(2008/12/26)の一部引用を含むまとめ。今回、米国などで金融緩和などの異常な金融政策が始まったが、このような異常な金融政策はそのうちどこかでバブルなどの異常な結果をもたらす。必要以上に大量の通貨を供給し続けていると、必ずどこかにはけ口ができて、物価もしくは資産のインフレが起きてバブルとなる。バブル崩壊後の金融緩和が次のバブルを呼んだという事件は、最近の20年間で日米だけで4回もあった。(1)日本の1980年代のバブルは、1985年のプラザ合意以降の円高不況に対して異常な金融緩和で臨んだことが原因だった。(2)米国の2000年のITバブルは、1997年のアジア通貨危機とその翌年のLTCM破綻の後、FRBが大量の流動性の供給を1年以上継続したことが原因となった。(3)今回の米国の住宅バブルは、ITバブルが崩壊した後にFRBが2005年まで金融緩和を続けたことが原因になった。(4)2000年代に行われた日銀のゼロ金利・量的緩和と財務省の大規模なドル買い介入が円キャリー取引を呼んで米国にバブルを輸出した。

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経済危機時に発明ラッシュの訳

今日の元旦の日経の1面で、発明のことが出てたのでつい見てしまった。

世界恐慌や終戦などの危機のときは何故か発明が出やすいそうだ。日経によると、古い価値観が崩れるときに挑戦者のリスクや参入障壁が低くなるから、発明が出やすいということらしい。

僕の解釈は、経済危機になると金が無くなる→金が無くなると何も出来なくなり暇になる(企業でも開発のための時間ができる、予算は削られるが)→暇になると色んなことを考えたり実験したりする(小人閑居して不善をなすと同じ?)→発明は千に3つ(ほとんどはくだらない発明)だが、中には良質な発明が生まれることがある、という流れではないかと思う。僕の経験でも暇になるとアイデアが浮かぶことが多い。忙しいときは、アイデアが浮かんでも処理(特許出願など)できないので脳が自己規制するのかもしれない、僕の場合。

今回の金融危機では、どんな大発明・新商品・新サービスが出てくるのだろうか?

2009年1月1日付け日経1面によると、過去の経済危機や終戦のとき、次のような発明が世に生まれたらしい(以下はほとんど引用)。

20世紀最初の恐慌が起きた1907年の翌年の1908年、米国で自動車の大量規格生産(分業生産)品「T型フォード」の販売が開始。

1929年の世界恐慌から8年後の1937年、米国でコピー機、ポラロイドカメラの原型などが登場し、発明ラッシュの一年と呼ばれた。

第二次世界大戦が終了した1945年、米ペンシルバニア大学がコンピュータの元祖「ENIAC」の開発に成功。

第2次石油ショックの1979年、ソニーが「ウォークマン」を発売

アジア通貨危機と日本の金融危機の頃(1997年~1998年)、米グーグルが1998年9月からサービスを開始(Webページの重要度を判定するためのアルゴリズムであるページランク(PageRank)の考え方を示したLarry Page と Sergey Brin の基本論文も1998年)

ITバブル崩壊後の2001年に米アップルが「iPod」を発売

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