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2009年3月31日 (火)

発明の歴史(日経ビジネスの記事より)

日経ビジネス2009/3/30号に「ポール・ケネディ 米エール大学教授が語る イノベーションの本質と日本の強み」という記事があり、その中に主な産業界の革新(及び経済・経済学の革新)の年表が出ていたので、一部を要約してメモしておきたい。

1760年代 ・英国で産業革命が始まる。・ワット(英)の蒸気機関

1770年代 ・アークライト(英)の水力紡績機 ・アダム・スミス(英)「国富論」(労働が富の源泉)

1830年代 ・ピクシー(仏)が世界初の機械式発電機を製作

1850年代 ・ベッセマー(英)がそれまでよりも硬く強い鉄鋼を生産できるベッセマー製鋼法を発明

1860年代 ・ノーベル(スウェーデン)がダイナマイトを発明

1870年代 ・第2次産業革命(重化学工業の発展) ・ベル(米)が電話機を発明 ・エジソン(米)が白熱電球を発明 ・マルクス(独)「資本論」

1900年代 ・米フォード・モーがT型フォード発売

1910年代 ・第1次大戦

1920年代 ・1929年、ニューヨーク株式市場で大暴落、世界恐慌へ

1930年代 ・ケインズ(米)「雇用・利子及び貨幣の一般理論」 ・ハーン(独)が核分裂を発見 ・世界初の電子計算機「ABC」(米) ・第2次世界大戦勃発

1940年代 ・シュンペーター(オーストリア)「資本主義・社会主義・民主主義」(創造的破壊) ・米国が原子爆弾を製造し広島・長崎に投下、終戦

1950年代 ・米テキサス・インスツルメンツ(発明者:キルビー)がIC(集積回路)を発明 

1960年代 ・フリードマン(米)がマネタリズム確立 ・東京オリンピック ・米の大学でネットワーク運用開始(インターネットの前身) ・アポロ11号月面着陸

1970年代 ・電子メール登場 ・日清食品が世界初の「カップ麺」発売 ・第1次石油ショック ・ブラック・ショールズ方程式(金融派生商品の価格決定) ・米アップル「アップルⅡ」発売 ・ソニー「ウォークマン」1号機を発売

1980年代 ・プラザ合意(1985) ・ベルリンの壁崩壊(1989)

1990年代 ・米でWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)閲覧ソフト「モザイク」登場

2000年代 ・ホンダが本格的な2足歩行ロボット「ASIMO」を発表 ・米国同時多発テロ(2001) ・サブプライムローン危機(2008)

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2009年3月30日 (月)

「検察の劣化」よりも「マスコミの劣化」が問題

週刊朝日編集長の山口一臣氏による山口一臣のダメだめ編集長日記 「捜査ミス」を「政治とカネ」にすり替えるな!(2009/3/29付け)に、次のような主張があった。

「自分自身もよくわかっていなかったのですが、3月3日の小沢秘書逮捕以降、いくつものマターがゴッチャになって議論され、ことの本質を見失っていたような気がします。それぞれの人がそれぞれの関心の強い領域でものを考えているので、ときどき議論がかみ合わないという現象が起きていました。ぼく自身も「何でこんな簡単なことが理解されないんだろう」と困惑した時期がありましたが、要はそういうことだったのかと思います。

 気がつく範囲で整理すると……
(1)逮捕容疑である政治資金規正法の問題
(2)秘書逮捕が政治に与える影響の問題(選挙に勝てるかどうか)
(3)逮捕によって浮き彫りになった「政治とカネ」の問題
(4)検察権力の行使が公正・公平に行われたのかという問題」

これには、すごく納得した。(1)~(4)の連立方程式だから、国民もこんがらがってるわけだ。

特に「それぞれの人がそれぞれの関心の強い領域でものを考えているので、ときどき議論がかみ合わないという現象が起きていました」という部分。同じことは、「かんぽの宿」の問題でも起きていた。あのときも、ある人は「郵政民営化の是非はともかく、入札に不正が行われたのなら刑事告発も含めて徹底追及すべき!」と言い、他の人は「このくらいの不透明さは大した問題ではない、それよりも郵政民営化を後退させてはならない!」と言う、というように議論がかみあわないことが多かった。

今回も、ある人は「国策捜査だったかどうかはともかく、小沢氏が高額の献金をゼネコンから受け続けていたのは大問題!」と言い、他の人は「政治資金規正法違反など大した問題ではない、それよりも検察の暴走・国策捜査を許すことは民主主義の危機!」と言う、というように、同じような混乱した構図になっている。

今回の逮捕と起訴、元検事の郷原さんが言っているように、検察の法解釈の勘違いと勉強不足から始まった暴走(参考)であり、政治資金規正法違反の「虚偽記載」の罪にしても、今回の起訴をするために、検察は急遽、無理やり法解釈を「形式犯」から「実質犯」に変更した(参考)ようであり、裁判では無罪判決が出る可能性は十分あると思う。

上記の山口さんの記事では、(4)が一番の問題で「検察の劣化・民主主義の危機」だと主張されていたが、僕は、検察の劣化は大した問題ではない、それよりも「マスコミの劣化・民主主義の危機」だと思う。

なぜなら、仮に検察が劣化・暴走しても、マスコミがきちんと報道できるならば、正しい世論が形成されて、検察に修正を促すことは簡単だからだ。今は、マスコミと検察・自公政権がグルになっている状態だから問題になっている。

マスコミは、基本的には「反権力」の側に立つべきで、そうでなければ(政権側の御用新聞・御用テレビでは)、マスコミの「存在理由」はないと思う。権力側はマスコミなどなくてもやっていけるが、反権力側の人たちは、マスコミが味方になってくれないと権力側と対等に戦うことが極めて難しいからだ。だから、もし、将来、民主党が政権を取れば、その時点から、マスコミは基本的に野党である自民党側に付いた方がよいと思う。

マスコミによる検察リークの垂れ流しや自公政権側に有利な世論誘導を非難する人たち(僕もそう)からは、マスコミは、田原総一郎のサンプロなどが典型だが、近年、急速に劣化しているように見える。何故、マスコミがここまで急速に劣化してしまったのか? そのルーツは小泉政権の時代にあると思うが、マスコミのインサイダーの人たちには、内部で分かるその原因を発信して欲しいと思う。

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「ハニカム構造」の発明(「生物の仕組みの模倣」による発明)

「生物の仕組みの模倣」により基本発明が生まれることも多い。

日経新聞の2009/3/29付けの記事「ナゾかがく ハチの巣はなぜ六角形?」に、ハニカム構造のことが出ていたので、以下に、この記事の一部を括弧(「」)で引用しながら、自分のコメントを記しておきたい。

ミツバチの巣作り、特に、六角柱を作るときの様子については、次のように書かれている。「働きバチは体内でロウを合成し、腹から出す。それを後ろ足でこすり取って口に運び、巣材として利用する。このとき、ロウを円形に固めたりせず、まず二枚の板が山型に合わさった壁を作る。次に両脇の壁を築き、下側をつなぎ合わせて六角柱にしていく。」

ハチの巣が六角柱を集めた構造をしている理由については、玉川大学ミツバチ科学研究センターの吉田忠晴教授の話として、次のような説が有力だと書かれている。「材料を最小限に抑えて可能な限り広い空間を作ろうとしている」、つまり、「巣穴が円や八角形では隙間ができ、三角形や四角形だと窮屈になる。花から集めたミツを溜め込んだり、幼虫を数多く育てたりするには、ムダを極力そぎ落とした六角形が最適だという。強度も高い。壁は0.1mmの厚みしかなく、 (中略) それでも、4千ほどある巣穴に、合計で2kgものミツを溜め込むことができる。」

こういうミツバチの巣の「六角柱を集めた構造」を模倣したのが「ハニカム構造」だ。この記事によると、「六角柱を集めて上下を板で張り合わせると、丈夫で軽い構造になる。新幹線の床、ジェット機の羽、人工衛星の壁、スキー板などに応用」されている。

確か、富士写真フィルムのデジタルカメラのCCD(電荷結合素子。画像センサの一つ)も「ハニカム配列」(ハニカム構造ではない)というのを宣伝文句にしていた。ハニカム配列だから、CCDの各画素ごとに配置される受光素子(受光領域)を狭い面積の中に隙間なく敷き詰めることができ、全体の受光面積を増大させることができるとしていた。

富士写真フィルムのホームページの説明を以下に引用しておく。これを読むと、富士写真フィルムの「スーパーCCDハニカム」は、受光領域を「六角形」ではなく「八角形」にしているようだ。

「より大きい受光面積を確保するための工夫
●CCDの弱点はスペースに対する効率の悪さ 
   手ぶれ補正についてはひとまず後回しにすることにして、まずは「スーパーCCDハニカム」が、通常使われているCCDに比べて優れている点を探っていきます。
 現在、コンパクトタイプのデジタルカメラで主流となっているCCDは、IT-CCD(インターライントランスファー方式)と呼ばれるCCDです。しかし、このIT-CCDには大きな弱点があります。それは、1つの画素あたりの受光面積が小さくなってしまいがちだということなのです。IT-CCDでは、1つの画素が電荷を発生させる受光領域と転送を行う垂直転送用CCDに分かれています。素早く写真を撮れるようにするためには、転送を行う垂直転送用CCD用の領域を優先して確保する必要があります。しかし、このような設計を行うと、どうしてもデッドスペースが必要になってしまうのです。これについては、「第3回 : 画素数と画質の関係」で紹介していますので、詳しくはこちらを参照してください。
ハニカム配列で受光面積が増大
   富士写真フイルムでは、この弱点を少しでも軽減するために、画素領域を45度傾けて配列しました。このようにCCDを並べていくとハニカム(蜂の巣)のように画素が並べられます。そこで、画素領域を45度傾けた配列をハニカム配列と呼んでいます。ハニカム配列を使ってCCDを設計すると、垂直転送用CCDの大きさを充分に確保しながら、残りの領域を受光面積として使うことができるようになるのです。この配列構造が、「スーパーCCDハニカム」のネーミングの由来にもなっています。
【ハニカム配列のCCDは、画素領域を有効に使える】
IT-CCDでは、1画素中のデッドスペースがかなり大きなものとなってしまい効率の悪い受光しかできませんが、ハニカム配列にしたCCDなら効率の良い受光を行うことが可能なのです。ちなみに、ハニカム配列でも、電荷は、1→2→3→4→5→6、と「垂直に転送」させることができます。
(『体系的に学ぶ デジタルカメラのしくみ』より)
1画素あたりの受光を効率良くするために 
   さらに、富士写真フイルムでは受光領域を拡げるために、受光領域を四角形から八角形にしました。こうすることによって、2分の1インチ200万画素タイプのスーパーCCDハニカムは、同タイプのIT-CCDに比べて受光領域が約1.6倍に、2分の1インチ300万画素タイプでの比較では約2.3倍もの大きな受光領域を確保することができるようになったのです。」

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2009年3月29日 (日)

アンジェラ・アキの「手紙~拝啓 十五の君へ~」

一昨日(2009/3/27)、たまたま、テレビを付けてて、歌手のアンジェラ・アキさんが出てるなとパソコンやりながらチラチラ見てたNHKの番組。後でネットで見ると次のように紹介されている。

「今年、新しい卒業ソングとしてもっとも話題を集めることになったアンジェラ・アキの「手紙~拝啓 十五の君へ~」。
もともと、全国学校音楽コンクールの中学生の部 課題曲として書き下ろされたこの楽曲は、「合唱ドキュメンタリー」として、2回に渡って昨年5月、9月に放送され、記録的な大反響を呼びました。
そして、その完結編となる
「拝啓  旅立つ君へ~アンジェラ・アキと2000通の手紙」が前代未聞の75分拡大版特別番組として、3/27(金)19:30~20:42のゴールデンタイム(NHK総合)にてオンエア」

NHKには2000通の手紙が来たそうで、番組では、その中から選ばれた全国のいろんな地域にいる十数人の女子中学生が、手紙を読んだり話したりしていた。

この番組で、僕が印象に残ったのは、出てきた女子中学生(卒業前なので15歳くらい)のほとんどの人たち、というか7割以上が、「友人と一緒にはしゃいだりしている自分は、演技しているニセの自分で、本当の自分ではない、だから、友人がいても孤独感や違和感があって、もう限界で耐えられない」と泣いたりしていたことだ。僕がチラチラ見てたところでは、7割以上の子が、こういう、全く同じような悩みを吐き出していた。「自分がニセモノに乗っ取られて自分が自分でなくなってしまう恐怖」といった感じだろうか。

僕は、今の若い子の多くがこういう悩みを持っていることは意外に感じた。今の子たちは、もっと「器用」なのではないかと思っていたので、その「不器用さ」が新鮮に思えた。

友人の前で演技をしているということは、少なくとも外見だけはそれなりに友人関係でうまくやっている「世渡り上手」の方だろう(周りから孤立しているわけではない。中には孤立したりイジメられているという子も何人か番組に出ていたが)。それなのに、これは本当の自分ではないと苦しんでいる。

大人になるということは、そういう演技をしている自分に違和感を感じなくなることなのかな、と思った。つまり、それだけ、鈍感になることだ。演技を続けていると、そのうち、演技していても、演技かどうかも分からなくなる。そうなると、どれが本当の自分なのかも、分からなくなる。余り深く考えるのも止めようと思うようになる。まあ、それが、大人になるということだろう、少し寂しいけど。

学生時代に読んだ「罪と罰」(ドフトエフスキー)も、大きなテーマの一つがこの「エセ」「自己欺瞞」ということだったと自分で勝手に解釈した記憶がある。「エセ」とは「似非」で、「似て非なるもの」、つまり、「ニセモノの自分」だ。それに成るということが自己欺瞞だ。

自己欺瞞と「本音と建前」とは全く別だ。「本音そのものがニセモノになってしまうこと」、つまり「本当の自分がニセモノに侵食されて変質してしまうこと」が自己欺瞞なのだ。

「罪と罰」では(自分の記憶だけで確認はしていない)、主人公で学生のラスコーリニコフが経済的に困窮していて、田舎の妹が、金持ちのおじさんと結婚しようとして、兄にとっても自分にとってもこれが幸せなんだ、これが自分の本当に望んでることなんだと思い込もうとしてて、母親もそう思い込もうとしていた。ラスコーリニコフはそういう「ごまかし」が我慢できない。「自分を自分が裏切ってごまかすこと」が、たまらなく不潔で汚い感じがして、我慢できないのだ。

この自己欺瞞は、同じく学生時代に読んだ「日常生活の冒険」(大江健三郎)でもテーマになっていた。そこでは、主人公に対して、哲学者の青年が「(お前のように)自分の存在に逆らって生きていることが自己欺瞞なのさ」と言ったりしてた。

鈍感にならないで、自分をごまかせないままでいると自分を責めてしまったりして、辛いことが多い。鈍感になって、うまく演技をしてた方が生き易いということはある。だから、それはそれでいいと思う。しかし、他方で、鈍感にならないで「自分をごまかさない」でいることが、例えば発明したり、芸術やそれに限らず何かを表現しようとするときに、武器になってくれることもあると思う。

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「串なし焼き鳥」の発明(引き算の発明)

日経ビジネス2009年3月30日号28頁の「ワタミ 串なしの焼き鳥 固定観念を捨てる」の記事によると、居酒屋大手のワタミは、今年2月9日から、「和民」などで提供する「串に刺さっている焼き鳥」を、「串に刺さずに鉄板の皿の上に載せた焼き鳥」に変えたらしい。

その理由は、原価低減。「焼き鳥の原価を70円だとすると、35円が食材費で、残りの35円は串の材料費と串打ちの人件費、串を無くせば原価の半分を低減できる」からだそうだ。また、「そもそも、串を抜いて食べる人の方が多い」ことも理由の一つ。現場からは「焼き鳥のイメージを損なう」などの反発もあったようだが、実際に提供してみると、むしろ売れ行きは伸びているらしい。

日経ビジネスでは、これを「イノベーション」(革新)の一つとして紹介していた。確かに、なかなかこういう「発想の転換」はできない。これを思い付いた人は相当に発明家の才能があると思う。

でも、これで特許を取ることはできるだろうか?

答えはNoだ。今の特許法は、先人が蓄積してきた技術に何か「プラス・アルファ」を付加した「足し算の発明」が「進歩性のある発明」なのだという前提に立っている(但し、新規物質の発明などはこの前提から少し外れており、「(先人が蓄積してきた技術とは無関係の)ゼロからの発明」という場合もあり得る)。

「バラバラの鶏肉をバラバラのまま焼く」という従来技術に、「串に刺す」というプラス・アルファの要素を付加して「バラバラの鶏肉を串に刺して焼く」というように進化させた点に進歩性が認められて特許になり得るのだ。

つまり、「バラバラの鶏肉をバラバラのまま焼く」 → 「バラバラの鶏肉を串に刺して焼く」という進歩の流れが認められることによって、特許になり得る。

それが、今回の「串なし焼き鳥」は、「串に刺す」という要素を引き算することによって、「バラバラの鶏肉を串に刺して焼く」 → 「バラバラの鶏肉をバラバラのまま焼く」という「進歩とは逆の流れ」=「退歩の流れ」になっている。言わば、「昔に戻る」という「先祖返りの発明」だ。

こういう従来技術から「退歩」させた技術=「引き算の発明」については進歩性は認められていない(社会的には進歩だと思えても、技術的には進歩していないから)。

つまり、今の特許法では、「A+B」という従来技術に「+C」の要素(プラス・アルファ)を付加して「A+B+C」の発明としたとき、進歩性が認められ得る。

「A+B+C」に「-C」(Cを引き算)して「A+B」にしても、それは「退歩」に過ぎないから、進歩性は認められない。

他方、「A+B+C」に「+D」(プラス・アルファを付加)すると共に「-C」(Cを引き算)して「A+B+D」にしたときは、進歩性は認められ得る。例えば、「D」が「C」より安価であれば、「D」をプラスすることにより「C」がマイナス(引き算)できて、製品全体として低コスト化できるという効果が得られるからだ。

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2009年3月27日 (金)

パテントトロールと恫喝訴訟と民主主義

現在、特許庁などで、パテントトロールによる恫喝訴訟を防ぐためなどの目的で特許法改正が議論されているが、恫喝訴訟は、日本ではむしろ、訴訟費用を惜しみなく出せる「大組織」「大企業」によって行われることが多い、ということは認識されるべきだろう。

2009年3月26日、週刊現代の「大相撲の八百長」報道に対する名誉毀損による損害賠償請求訴訟で、日本相撲協会および力士側勝訴の判決が言い渡された。この相撲協会という「公益法人」が訴訟で求めた請求額は、6億1,600万円というどうみても恫喝目的としか思えない金額だが、判決の4,290万円の賠償金というのも、今までにない高額だ。もちろん、大組織であればあるだけ経済的損害が大きくなるだろうから、6億円という損害の「計算」は可能だろうが(つまり、「恫喝目的ではない」という「理由付け」は可能だろうが)、「公益法人」であることも考えれば、むしろ「内部の浄化に役立つので報道してくれてありがとう、報道は公益にかなうもの」という見方もありえる。

以下に毎日jpの記事より一部を引用。

「相撲八百長報道:講談社に4290万円賠償命令 東京地裁

 横綱朝青龍ら力士30人と日本相撲協会が、八百長疑惑を報じた「週刊現代」の記事で名誉を傷付けられたとして、発行元の講談社や執筆者のフリーライター、武田頼政氏らに計約6億1600万円の賠償などを求めた訴訟の判決が26日、東京地裁であった。中村也寸志裁判長は「記事が真実との証拠はない」と述べ、総額4290万円の支払いと記事を取り消す広告の掲載を命じた。名誉棄損訴訟の賠償額としては過去最高とみられる。」

この判決の4,290万円は置いておいても、原告の相撲協会が請求した「6億円」という金額は、週刊現代という決して大きな資産を持っているとは思えない出版社に対しては、報道に対する萎縮効果・恫喝効果は十分過ぎるだろう。週刊現代は、今後、有力なタレコミがあっても、もう2度と大相撲の八百長の記事を書こうとは思わないだろう(相撲協会の思惑どおり)。

こういうことをやっていると、出版社は「萎縮」して、活発な報道ができなくなり、ひいては報道による国民の知る権利の実現も難しくなり、民主主義への脅威となる可能性があると思う(国民の知る権利が確保されないで十分な情報を知らされないまま民主主義が行われると容易に衆愚政治に堕してしまうことから、国民の知る権利は「民主主義の基礎」と言われている)。

以前も、「オリコン訴訟」といって、オリコンチャートの信憑性に関して疑問を呈するコメントを月刊誌「サイゾー」で述べた個人のジャーナリスト(烏賀陽弘道 氏)に対して、オリコンが5千万円という高額の損害賠償を請求して、「恫喝訴訟」として問題となった(参考「ウィキペディア」)。こういうことが許されるなら、資産を持たない個人ジャーナリストや小出版社は、自己破産を恐れて、雑誌等での不正の告発などができなくなってしまう。

パテントトロールの「恫喝訴訟」を阻止しようという手段としては、おそらく民法の「権利濫用」の法理が想定されているのだろうと思うが、特許庁なども、狭い知財の世界のみを見ているだけでなく、もっとより広い世界まで議論の裾野を広げて、民主主義やジャーナリズムにとって極めて大切な上記のような個人ジャーナリストや小出版社への「恫喝訴訟」の問題をも含めて、例えば法務省や日弁連などと連携するなどして、より広い視点で「恫喝訴訟」に対する「権利濫用法理」の有効性などについて議論をしていって欲しい(ってまあ、職務の分掌があるので難しいんだろうけど)。

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2009年3月26日 (木)

検察は政治資金規正法違反の解釈を「形式犯」から「実質犯」に変えた?

小沢一郎秘書の逮捕・起訴の件で、政治資金規正法違反の刑罰(5年以下の禁固・・・)は25条に記載されているが、今回問題となっている「虚偽記載」の罪の内容は12条1項に記載されているので、その一部を次に抜粋する。

第12条 政治団体の会計責任者(報告書の記載に係る部分に限り、会計責任者の職務を補佐する者を含む。)は、毎年12月31日現在で、当該政治団体に係るその年における収入、支出その他の事項で次に掲げるもの(これらの事項がないときは、その旨)を記載した報告書を、その日の翌日から3月以内(その間に衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の公示の日から選挙の期日までの期間がかかる場合(第20条第1項において「報告書の提出期限が延長される場合」という。)には、4月以内)に、第6条第1項各号の区分に応じ当該各号に掲げる都道府県の選挙管理委員会又は総務大臣に提出しなければならない。
1.すべての収入について、その総額及び総務省令で定める項目別の金額並びに次に掲げる事項
イ 個人が負担する党費又は会費については、その金額及びこれを納入した者の数
ロ 同一の者からの寄附で、その金額の合計額が年間5万円を超えるものについては、その寄附をした者の氏名、住所及び職業、当該寄附の金額及び年月日並びに当該寄附をした者が第22条の5第1項本文に規定する者であつて同項ただし書に規定するものであるときはその旨
ハ 同一の者によつて寄附のあつせんをされた寄附で、その金額の合計額が年間5万円を超えるものについては、その寄附のあつせんをした者の氏名、住所及び職業並びに当該寄附のあつせんに係る寄附の金額、これを集めた期間及びこれが当該政治団体に提供された年月日 (以下、略)」

今、この12条1項の内容を詳しく調べている時間はないので、全くの私見だが、おそらく、この12条1項のロの「その寄付をした者」として、西松建設の名前ではなく政治団体の名前を報告書に書いたことが「虚偽記載」の罪に当たるのだ、というのが検察の主張と予想される。

ところで、水口洋介弁護士のブログ(2009/3/9記事)では、政治資金規正法第25条1項3号「政治資金規正法25条1項(次の各号の一に該当する者は、5年以下の禁錮又は100万円以下の罰金に処する。) 3号 第12条第1項若しくは第17条第1項の報告書又はこれに併せて提出すべき書面に虚偽の記入をした者(第12条第1項には、政治団体の会計責任者の報告書提出義務が記載されている。)」について、次のような書かれている。

「政治資金規正法は複雑でわかりにくいですが、これはいわゆる形式犯ですから、虚偽であるか否かは形式的な事実認識が問われるはずです。つまり「新政治問題研究会」などという政治団体が存在しないことを知りながら、あえて存在すると記載することが虚偽記載になるのであって、もし「新政治問題研究会」が実在するのであれば、そう書いたからといって虚偽記載ではないということになるのが普通の形式犯の虚偽という故意についての解釈でしょう。」

もし「新政治問題研究会」が実在するのであれば、そう書いたからといって虚偽記載ではない」というのがポイントだ。つまり、資金が西松A→政治団体B→団体C(小沢事務所の団体)と流れていたとき、しかも、少なくとも団体Bが全くのペーパーではないと認識していたとき、Cの秘書は、献金者の名前としては素直に(形式的な事実に基づいて)団体Bの名前を書けばよいのであって、西松Aの名前を書くとかえってその方が「虚偽記載」になるのではないか、ということだ。

また、「佐々木和子弁護士事務所」(元検事で元参議院議員の佐々木弁護士によるもの)の2009/3/9記事によると、次のように書かれている。

「政治資金規正法違反は,贈収賄と違って形式犯であり,その違反による強制捜査(逮捕)は従来1億円が基準であった。しかし,3日の逮捕は,わずかにその額2,100万円(+100万円)。
 西松建設は,政党(及び政治資金団体)にしか寄附ができないとする制限(21条1項)に違反し,ダミーの政治団体を使って寄附をし,一社当たりに認められる年間寄附上限額(資本金50億円以上の会社であれば年3000万円)を超えた(21条の3)。
 小沢側はその事情を知りながら,寄附を受けた(22条の2)。これは「1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金」(26条)という軽罪だから,法的構成としては,正しい事項を報告しなかった12条違反として,25条の「5年以下の禁錮又は100万円以下の罰金」としているのであろう。ちなみに前者の時効は3年,後者は5年である。」

この文章によると、今回の秘書の容疑としては、(a)西松が一社当たりに認められる年間寄附上限額(資本金50億円以上の会社であれば年3000万円)を超えている(21条の3)ことを知りながら,寄附を受けた(22条の2)という「1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金」(26条)という軽罪、(b)正しい事項を報告しなかった12条違反としての,25条の「5年以下の禁錮又は100万円以下の罰金」の形式犯、の2つがあるということだ。

また、元検事の郷原信郎弁護士も、同様に形式犯だとの立場から、今回の小沢秘書は虚偽記載の要件に当たらないのではないかという主張をされている。同弁護士による記事「ガダルカナル化する特捜捜査」では、「・・・では、このような東京地検特捜部の捜査は、果たしてうまくいくのであろうか。3月11日の記事でも述べたように、今回、逮捕容疑の政治資金規正法違反事件には、「寄附者」をどう認定するかという点に関して重大な問題がある。献金の名義とされた西松建設のOBが代表を務める政治団体の実体が全くないということでなければ、大久保容疑者が西松建設の資金による献金だと認識していても収支報告書の虚偽記載罪は成立しない。」と述べられている。

以上のように、政治資金規正法違反は、自動車の速度違反や駐車違反と同じ「形式犯」(何らかの法益を侵害するかその危険を犯したという結果によって刑罰を負わせる「実質犯」と違って、結果を問わないで形式のみで処罰する犯罪)だというのが従来の総務省、法務省、検察その他一般の解釈だった。

このように政治資金規正法の虚偽記載の罪を「形式犯」とする限りは、その成立には①西松建設の政治団体が「実体のないダミー」だったという事実があること、②そのことを小沢一郎氏の秘書が認識していた(故意がある)ことが必要となる。そして、今回の事件では、西松建設の政治団体が、代表者が常駐しており年に数回の宴会施設を借りて10人くらいが出席するパーティをやっていたなどの事実から「実体のないダミー」とは言えないので、②の認識の有無を問う前に、①の事実がないから、虚偽記載の罪は成立しない、ということになる。仮に②の認識があっても、その内容は「(西松建設との関係はあっただろうが)とにかく実体のある団体から献金を受けてその団体の名前を書いた」という適法な行為の認識(故意?)があるだけなので、犯罪にはならない。

今日の産経ニュースでは、「小沢秘書が最近になって、献金が西松からだと認識していたと供述した、・・・(他方、)形式的にせよ実際に献金を振り込んでくれたのは政治団体であり、収支報告書にはその通り記載したとも供述している」として、早く保釈してもらうことを狙って自供したのかもしれないと書かれていたが、そのような弁護団の戦略も、上記のような「この犯罪は『形式犯』であり、今回の政治団体には事実として実体があったから、たとえそのことを認識していたとしても犯罪にはならない」という従来の一般的な解釈を前提しているのだと思う。

しかし、それでは、検察は困る。何より、この総選挙が差し迫った時期にいきなり逮捕して政治的混乱を引き起こし、地方から大量の検事を動員して税金を使いまくった以上、「起訴できませんでした」とは口が裂けても言えない。

それで、今回、検察は、急遽、政治資金規正法違反の「虚偽記載」の罪の解釈を、形式犯から実質犯に変えてきたようだ。それは、昨日(2009/3/25)付けの日経新聞にそのような「検察は従来の形式犯から踏み込んで・・・実態を・・・」というような記事があったので、そう思った。また今日の毎日jpの記事にも「小沢氏も追及を--土本武司元最高検検事の話 政治の透明化が求められる時代に政治資金規正法違反は形式犯とは言えない重大な犯罪だ。今回、起訴されたのは会計責任者だが、小沢氏の監督責任についても刑事責任を追及すべきだ。」とあった。

今の「形式犯」の解釈を変えないと、検察は裁判で勝てない。裁判で勝つためには、つまり小沢秘書を有罪にするためには、形式犯だという今までの解釈を実質犯に変えて、裁判所にもその解釈を認めてもらうしかない。

具体的には、政治資金規正法の報告書に記載する「その寄付をした者」(政治資金規正法12条1項ロ)の解釈を、「形式的に献金をした人(例えば銀行振り込みなら、その振込みの名義人)」(今回の事件なら政治団体)という解釈から、「背後で実質的に資金を出した人」(今回なら西松建設)という解釈に変えるしかない。

政治資金規正法違反は「実質犯」なのだという解釈をとれば、政治資金の流れを透明化するという法益を守るためには「その寄付をした者」を「形式的に資金を振り込んだ人」ではなく「背後で実質的に資金を出した人」と解釈する方が合理的だという主張は、論理的には可能かもしれない。

しかし、刑事法には、罪刑法定主義という大原則があり、この大原則は法解釈をも拘束する。罪刑法定主義は、どこまでは処罰されないがどこからは処罰されるという範囲を一般市民に予め知らせるという「市民の自由を保障する機能」(保障的機能)を刑事法に持たせるためのものだ。同じ要請から、拡張解釈はよいが類推解釈は許されないとされている。「その寄付をした者」を「背後で実質的に資金を出した人」と解釈することは、「罪刑法定主義が禁止する類推解釈」に限りなく近い拡張解釈ということになると思う。

何か事件があるたびに検察や裁判所の解釈がころころ変わってしまうのでは、罪刑法定主義の「市民の自由を保障する機能」が否定されてしまう。

裁判所が今回の検察の法解釈の変更(形式犯から実質犯へ)を受け入れて、小沢秘書を有罪にするのかどうか、極めて疑問だ。

検察がこのように、今回の事件から急に、従来の形式犯から実質犯へと解釈を変えてきたということは、そのことだけでも、(前回の記事で述べた元検事の郷原弁護士の見立てのように、捜査の最初は「法解釈の勘違い・勉強不足による検察の暴走」ということだったとしても結果的には)今回の捜査・起訴が「恣意的」「国策捜査的」なものになってしまったことを示すものでもあると思う。

いずれにせよ、今回の裁判では、政治資金規正法違反の「虚偽記載」の罪が従来のように形式犯と解釈するか実質犯と解釈するかの法解釈論が決め手になるだろう。

追記:なお、政治資金規正法の虚偽記載の罪を形式犯とするか検察のように「政治資金の透明化という趣旨」から実質犯のように解釈するかについて、元検事の郷原弁護士の記事があるので、その一部を引用しておく。

これを読むと、政治資金規正法違反を形式犯とするか実質犯とするかは、この法律の「政治資金の流れの透明性を高める」という目的を重視するか、この法律の目的はそうだとしても、この法律の当面の役割は「ヤミ献金をなくし、収入の総額を正確に開示すること」だと考えるかもかなり関係するようだ。それと、上記の罪刑法定主義の要請も大いに関連する。

「政治資金規正法違反になるとすれば、寄附者とされる政治団体が実体の全くないダミー団体で、しかも、それを小沢氏側が認識していた場合だ。捜査のポイントはこの点を立証できるかどうかだが、全国に数万とある政治団体の中には、政治資金の流れの中に介在するだけで活動の実態がほとんどないものも多数ある。西松建設の設立した政治団体が全く実体がないダミーと言えるのかは、微妙なところだ。

 もちろん、政治資金の流れの透明性を高めるという政治資金規正法の目的から考えると、実質的な拠出者も収支報告書に記載して公表するのが望ましいことは確かだが、政治資金の規正は、ヤミ献金をなくし、収入の総額を正確に開示することを中心に行われてきたのが現実で、資金の実質的拠出者の明示の公開とは程遠い段階だ。法律の趣旨を達成するために今後実現していくべきことと、現行法でどこまで義務付けられ、罰則の対象とされているのかということとは別の問題だ。 」

追記(2009/3/29):

・なお、上記の引用は郷原弁護士による日経ビジネスオンラインの2009/3/11付け記事「代表秘書逮捕 検察強制捜査への疑問」による。

・また、同じ郷原弁護士による日経ビジネスオンラインの2009/3/17付け記事「ガダルカナル化する特捜捜査」の一部を以下に引用しておく。

3月11日の記事でも述べたように、今回、逮捕容疑の政治資金規正法違反事件には、「寄附者」をどう認定するかという点に関して重大な問題がある。献金の名義とされた西松建設のOBが代表を務める政治団体の実体が全くないということでなければ、大久保容疑者が西松建設の資金による献金だと認識していても収支報告書の虚偽記載罪は成立しない。そして、政治団体には実体が存在するかどうか疑わしいものが無数に存在するのであり、新聞では報じられていないが、この政治団体には事務所も存在し、代表者のOBが常駐し、一応活動の実態もあったという情報もある。団体としての実体が全くなかったことの立証は容易ではなさそうだ。

 もちろん、資金の拠出者の企業名を隠して行われる政治献金が、政治資金の透明化という法の趣旨に反することは明らかだが、そのことと犯罪の成否とは別の問題だ。とりわけ、政治に関する事件の処罰は厳格な法解釈の制約内で行わなければ、検察の不当な政治介入を招くことになる。 」

・それと、僕が上記のように検察が解釈を変えたと思ったのは、2009/3/25付け日経新聞の2つの記事なのだが、この2つの記事の一部を次に抜粋しておく。

(1)同日の「小沢続投 危うい結束」という見出しの記事の中に、西松建設献金事件を巡る東京地検と小沢代表の見解の相違という一覧表が出てて、その中の「起訴の内容」の項目では、東京地検(24日の記者説明)は「政治資金収支報告書を虚偽に記載して政治資金の実態を偽ることは国民を欺くこと」とし、小沢代表(24日の記者会見)は「献金元をそのまま記載するのが法の趣旨。認識の差で起訴になった」とあった。

 また、この記事の中に、次のような文章が載っていた。

「「表のカネ」の立件に踏み込んだ検察当局は、収支報告書で政治団体名義を使って会社名を隠す行為を「形式犯でなく、政治とカネの実態について国民を欺く重罪」と強調。 (中略) しかし、元特捜部検事の郷原信郎・桐蔭横浜大法科大学院教授は「寄付の名義の問題だけで、寄付自体は隠していない。裏金の寄付とは性格が異なり、処罰価値があるか適切に判断する必要がある」と捜査に疑問を投げかける。」

(2)同日の「「政治とカネ」より厳格に」という見出しの記事の中に、次のような文章が載っていた

「・・・検察幹部の1人は「検察内部でもかつては実体がない形式的な犯罪という考え方が主流だった。社会全体が虚偽の情報公開に厳しい目を向け、ルールを守ることの大切さを認識し始めた」と明かす。 (中略) 別の検察幹部も「社会情勢を反映し、検察の常識が変わってきたことを政治家は分かっていない」と漏らす。」

しかし、上記の「別の検察幹部も「社会情勢を反映し、検察の常識が変わってきたことを政治家は分かっていない」と漏らす。」という記事には、違和感を覚える。検察の常識が変わってきた」からという理由で、いきなり(恣意的に)逮捕されるのなら、国民はいつもビクビクしていなくてはならない。罪刑法定主義の市民の自由を保障する機能が否定されてしまうことになる。

追記(2009/3/30):

毎日jpの3月25日付けの記事からの引用 「起訴内容 陸山会会計責任者で、小沢氏が代表を務める政治団体「民主党岩手県第4区総支部」の献金の受け入れを担当していた大久保被告は03~06年、西松建設から計3500万円の企業献金を受領しながら、陸山会と第4区総支部の政治資金収支報告書に、新政治研と未来研からの献金との虚偽の記載をした、などとしている。」

この検察の起訴内容「西松建設から計3500万円の企業献金を受領しながら、陸山会と第4区総支部の政治資金収支報告書に、新政治研と未来研からの献金との虚偽の記載をした」という部分は、政治資金収支報告書に、西松建設と書くべきなのに、政治団体の名前を書いたのが虚偽記載だとしている。これは、虚偽記載の罪を「形式犯」ではなく「実質犯」としなければ出てこない解釈だと思う。

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2009年3月25日 (水)

今回は法解釈の勘違い・勉強不足から始まった検察の暴走だった?

昨日に引き続いて、日経ビジネスオンラインに、今回は小沢秘書の起訴を受けての元検事・郷原信郎弁護士の2009/4/25付け記事「検察は説明責任を果たしたか」が載っている。

その中に、次のような記述がある。

「・・・(検察側の)誤算というのは小沢氏側の対応の見誤りだ。秘書の事件で強制捜査に入り、小沢氏に対する批判が強まれば小沢氏は辞職するだろう。そうすれば政治力がなくなり、秘書も事実を認めて大した問題にはならないだろう。検察がこういった甘い見通しを持っていたのではないかということだ。そうだとすると、それなりの目算がなければならないが、そのことを教えてくれるのが、3月8日付の産経新聞の記事だ。ここで述べられているのは、監督責任の問題だ。

 これは、陸山会代表としての小沢氏の「監督責任」に関して、「捜査関係者」として、「特捜部は監督責任についても調べを進めるもようで起訴されれば衆院議員を失職する可能性も」という内容だった。」

「・・・しかし、代表者の責任は「選任及び監督」に過失があった場合で、ダミーの会計責任者を選任したような場合でなければ適用できない。土屋氏の場合と同様に代表者の監督責任による立件をちらつかせて小沢氏を辞任に追い込めると判断していたとすると重大な基本的ミスだ。

 同じ8日のテレビ番組や新聞のインタビューで私が、監督責任だけでは代表者の立件はできないことを指摘したところ、小沢代表聴取の報道は急速に鎮静化し、その後、「小沢氏聴取見送り」が一斉に報じられた。 」

これを見ると、郷原弁護士の見立てでは、検察は、おそらく、政治資金規正法の基本的な解釈を誤り、会計責任者(秘書)の「選任又は監督」(選任と監督のいずれか一方のみ)に過失があれば小沢一郎氏を有罪にして議員失職まで持って行けると法解釈を誤解して、捜査に突っ走ったのではないか、ということだ。

なぜそう見るのかというと、検索リークを受けて書かれたと思われる3月8日付の産経新聞の記事の中で、小沢氏は「監督」(「選任及び監督」ではない)についての責任だけで有罪となって失職する可能性も、と記載されているので、少なくともこの産経新聞に検察リークをした検察官は、小沢氏を「監督」の責任だけで有罪として議員失職させられると勘違い(法解釈の誤解)をしていたのではないか、ということだ(文末に、3/8付けの産経新聞の一部を引用しておく)。

正しい解釈としては、会計責任者(秘書)の「選任及び監督」に過失がなければ小沢氏を有罪として議員失職させることはできないのに、その解釈を誤って、「監督」だけの過失で有罪として議員辞職までもっていけると勘違いしていたのではないか、ということだ。

そして、そのこと(小沢氏が有罪となるのは「選任及び監督」の双方に過失がある場合だけ)を郷原弁護士が3/8のテレビや新聞で指摘した後は、「同じ8日のテレビ番組や新聞のインタビューで私が、監督責任だけでは代表者の立件はできないことを指摘したところ、小沢代表聴取の報道は急速に鎮静化し、その後、「小沢氏聴取見送り」が一斉に報じられた。」ということだ。

つまり、郷原弁護士が3/8のテレビや新聞で指摘するまでは、検察はこの法解釈の勘違いに気が付かなかった可能性が高い、ということだ。

おそらく、郷原弁護士は元検事なので、検察内部の知り合いからの「逆リーク」などをも踏まえて、今回の記事を書いているのだろうから、郷原弁護士の見立ての真実性はかなり高いだろうと思う。

多分、検察は、前述のような政治資金規正法の法解釈の勘違い・勉強不足から、今回、こういう政治的混乱を引き起こし、地方から多数の検事を動員して多額の税金を使いまくった、ということをやってのけたのだろう。

それなのに、そのことについての国民への説明などは全くしない、というのが今の検察の現状、ということだ。

追記:今日のNHKニュースなどで、小沢秘書が最近になって「西松建設からの献金だと認識していたと供述していた」という記事が出ている。

しかし、もし秘書がこのような「供述」していたとしても、直ちに有罪とは限らないと思う。

なぜなら、政治資金規正法違反の罪は、元検事の郷原弁護士も言っているように、①政治団体が「実体のないペーパー」であったこと、②そのことを認識していたこと、の2つが必要だ。

そして本件では、②の前に、そもそも①が極めて微妙だ。この2つの政治団体は、代表者が居て、年に数回は宴会施設を借りて10人くらいが出席して実際にパーティもやってたんだから、「実体のないペーパー」とはいえないから①の事実はない、という可能性があると思う(参考)。

そして、②の問題として、秘書が、そういう「実体のないペーパーとは言えない(ある程度の実体がある)2つの政治団体のバックには西松建設が居るのかなということは知っていました」と仮に”自白”したとしても、それは、そもそも「違法ではない適法な事実」(上記①に該当しない事実)を認識してましたと”自白”したに過ぎないことになるから、少なくとも法的には問題ないと思う。

※郷原弁護士が、検察は政治資金規正法の基本的な解釈を誤り、会計責任者(秘書)の「選任又は監督」(選任と監督のいずれか一方のみ)に過失があれば小沢一郎氏を有罪にして議員失職まで持って行けると法解釈を誤解して捜査に突っ走ったのではないかという見立てをした根拠となった3/8付けの産経新聞の一部は、次のとおり。

「小沢一郎民主党代表の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、東京地検特捜部が小沢氏本人にも規正法違反の疑いがあるとみていることが7日、捜査関係者の話で分かった。規正法は政治団体の代表者に、会計責任者への監督責任について罰則を設けており、これに違反する疑いがある。特捜部は政治資金収支報告書の虚偽記載への関与の有無の解明と並行して、監督責任についても調べを進めるもようで、監督ミスが認定され、起訴された場合には、小沢氏は最終的に衆院議員を失職する可能性も出てくる。小沢氏への参考人聴取でも、監督責任について確認するとみられる。(中略)
 規正法は、政治団体の代表者が、会計責任者の選任と監督について相当の注意を怠っていた場合、50万円以下の罰金を科すと規定している。起訴されて規正法違反罪で罰金刑になると、裁判官の判断によっては公民権が停止され、被選挙権を失う。国会法の109条は、現職の衆院議員が衆院議員選挙の被選挙権を失った場合、自動的に失職すると規定している。」

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2009年3月24日 (火)

元検事・郷原信郎弁護士の「検察の説明責任」に関する記事を見て

日経ビジネスオンラインの元検事・郷原信郎弁護士による2009/3/24付け記事「小沢代表秘書刑事処分、注目すべき検察の説明」を読んだが、全く同感だった。この中で「根本的に間違っている」と批判されている先日の朝日新聞の堀田弁護士(さわやか福祉財団)の「検察には説明責任はない」という主張は僕も読んだが、検察の誰かから頼まれて仕方なく書いたような適当な文章という印象を受けた。

元検事・郷原信郎弁護士の記事はかなり長いが、僕は特に次の2つの文章に注目した。

「一般的には、捜査の秘密や公判立証との関係などから、現時点での個別具体的事件の内容についての説明には制約がある。しかし、罰則適用の前提となる政治資金規正法の解釈問題についての説明には何らの制約もないはずだし、事実関係についても、政治的に極めて重大な影響を与える事件であることを考慮すれば、具体的な支障を生じる恐れがない限り積極的に説明を行う必要があろう。一般的な刑事事件では、被疑者側のプライバシーの保護が、個別具体的な事件についての説明を拒否する主たる理由になるが、大久保容疑者が本件についてプライバシーの保護を求めることはあり得ないであろう。」

「違反の成否の問題で説明すべき第1のポイントは、本件の政治資金収支報告書の虚偽記載の事実について、検察が、どのような法解釈に基づいて「虚偽記載」と判断したのかである。 私は、「政治資金規正法上、寄附の資金を誰が出したのかを報告書に記載する義務はない。つまり、小沢氏の秘書が、西松建設が出したおカネだと知っていながら政治団体の寄附と記載したとしても、小沢氏の秘書が西松建設に請求書を送り、献金額まで指示していたとしても、それだけではただちに違反とはならない。政治資金規正法違反になるとすれば、寄附者とされる政治団体が実体の全くないダミー団体で、しかも、それを小沢氏側が認識していた場合だ」とかねて指摘してきた(3月11日の本コラム参照)。この点について、検察がどのような考え方に基づいて今回の事件の捜査・処理を行ったのかが問題になる。」

私見としては、本件で極めて重要なポイントは、小沢秘書に関して(起訴されても裁判では)政治資金規正法違反が成立しない可能性がかなりあるということだ(過去の記事参照)。この点については、近日中に検察の冒頭陳述がなされたら、それに関して、元検事などの弁護士や刑法学者などから様々な分析やコメントがでると思う。

政治資金規正法違反が成立しない可能性があるかどうかについては、①政治資金収支報告書の虚偽記載の罪はどのような要件で成立するのかについての法解釈、②本件の具体的事実関係(政治団体が本当に西松建設の「実体のないダミー」だったか否か、及び、それに対する秘書の認識=虚偽記載の故意があったか否か)により決まる。

②については、原則的に、個別の裁判の中での立証の問題だ(としても、これについても、上記の郷原信朗弁護士の記事のように、ある程度の検察の説明は必要)。

しかし、①の法解釈については、個々の事件ごとに恣意的に決めるものではないので、「個別の事件から離れた検察の法解釈」というものはあるはずだ(「総務省や法務省の法解釈」もあるし、「過去の裁判所・判例の解釈」もある)。

①についての「検察の法解釈」はどのような内容なのか(今回の逮捕などを行った際の検察が採った法解釈は、今までの検察の法解釈と変わったのかどうかなどをも含めて)を、民主党などは、検察幹部の国会招致などにより検察から説明を求めるべきだと思う(まあ冒頭陳述でも示されるだろうが)。

また、これとは別に、民主党などは、今回の検察リークに関して、国家公務員法違反(守秘義務違反)の罪の被疑者不詳での「刑事告発」も検討すべきだと思う。

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2009年3月23日 (月)

マスコミ、ここでも偏向

かんぽの宿でも偏向してるなとすごく感じたけど、西松建設事件でも同じか。

2chで読んだのだが、

「小沢氏の元秘書の民主党の石川議員は、参考人聴取を受ける3日も前から“出頭”という犯罪用語を冠して毎日報じられたのに、同じ小沢氏の元秘書の元衆議院議員(自民党岩手第4区の支部長で次回総選挙出馬予定)の高橋嘉信氏は、いつのまにか参考人聴取を終えていて、小さく報じられ、“出頭”という単語も使用されなくて自民党に属していることすら報じられてなかった(マスコミで)」らしい。

検察リークが如何に偏向しているか、マスコミの報道内容が如何に偏向しているか、を示すものだろう。

検察もマスコミも、政治任用(幹部には辞表を出してもらう)や記者クラブの廃止を主張している民主党に政権をとってもらうと困るということから、意識的にか無意識的にか、偏向しているのだろう(まあ、人間は目の前の利害に目がくらむものなので、仮に無意識的でもそうなると思う)。

数ヶ月先に民主党が政権を取ったら、検察の天下り禁止や今は無料で割り当ててる電波の競売などもやってもらいたい。

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2009年3月21日 (土)

米AIG賞与での課税措置を下院がスピート可決(と「かんぽの宿」)

以下は2009/3/20付け産経ニュースからの引用。

「公的管理下で経営再建中の米保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)が社員に支給した高額賞与をめぐり、米下院は19日、90%という異例の高税率を適用する法案を可決した。

 強い批判を浴びている高額ボーナスの大半を国庫に取り戻すことを目指しており、公的支援を受けた他の大手金融機関も対象としている。

 上院も同様の法案を準備しており、上下両院は早期成立を図る構えだ。(中略)

 課税の対象となるのは50億ドル(約4900億円)以上の公的支援を受けた企業で、世帯年収が25万ドル(約2450万円)以上の従業員が1月以降に支給された賞与。適用されれば約1700億ドルの公的支援を受けたAIGだけでなく、シティグループやバンク・オブ・アメリカ、ゴールドマン・サックスなど他の大手金融機関のほか、連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)など政府系住宅金融2社も対象となる。」

公的資金からの援助を受けている金融機関が社員に高額ボーナスを支給していたということに対して米国民の多数が怒り狂ったらしいが、10年前の日本でも同じようなことがあったらしい(日本でも、1990年代のバブル崩壊に伴う金融危機のとき、同様の問題が生じて強い批判が出たらしいが、結局、高額ボーナスの一部が自発的に返還されただけでほとんど戻ってこなかったらしい)ので、そういう倫理観や美意識は、日米で余り変わらないということなのだろう。

ただ、今回のような90%の課税をして賞与のほとんどを国庫に取り戻すという過激かつ素敵?なアイデア(一種の「発明」)は当時の日本では思いも付かなかったろうし、議会(下院)での可決なども、日本ではまず考えられない。問題になってわずか数日でのスピード可決も、日本では考えられない。その点で、米国に、日本にはもうない「若さ」を感じた(まあ、米国の方でも、まだ上院の判断が残っているので、最終的にどうなるかはまだ分からないが)。

翻って、「かんぽの宿」の件がもし米国で問題になったとしたら、多くの米国民や議会はどう反応するだろうか。日米の多数の人々の倫理観や美意識はそんなに変わらないとすると、かなり激しい批判や議会の素早い動きが出る可能性はあるのではないだろうか(もちろん、今のところ、かんぽの宿の件は不透明だという段階であり、違法状態を示す決定的な証拠はまだ出ていないので、AIG賞与とは問題性の程度・レベルが違うというのは確かにあるのだが)。

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米国での集団訴訟とベルヌ条約の効力を組み合せたグーグルの知財戦略

2009/2/26付けで、「グーグルブック検索に関する米国集団訴訟の和解が日本の著作権者にも影響する」という記事がいろんなサイトで掲載されていた(例えば、この「知財情報局」の記事)。以下に、この記事を一部引用しておく。

「 書籍全文をスキャンしてデータベース化し、内容を検索できるようにしたサービス「グーグルブック検索」をめぐって、米国の作家協会と出版社協会などが米グーグルを著作権侵害で訴えていた集団訴訟が昨年10月に和解の合意に達し、今夏にも出される連邦裁判所の認可を待って発効する。その効力が日本の著作者にも及ぶとする法定通知が「グーグルブック検索和解」の専用サイトに掲載され、また2月24日のいくつかの新聞に掲載されて波紋を呼んでいる。

  この和解合意の対象は2009年1月5日以前に出版・公表された書籍で、和解が発効すると、同社は、(1) 著作権保護のために設立される非営利機関の費用3450万ドル(約32億円)を提供する。(2) 無断でデジタル化された書籍などの著作権者に補償金として総額4500万ドル(約42億円)以上を支払う。(3) そのかわり、同社は、絶版などで米国内で流通していない書籍のデータベース化を継続し、データベースアクセス権の販売や、広告掲載などの権利を取得する。(4) 対象書籍に関する同社の収益の63%は著作権者などに配分する。などのことが決められている。

  著作権者は、今回の和解合意に対して、(1) 同意せず、同社を訴える権利を保持する場合には、5月5日までに和解管理組織に書面で除外を申請する必要がある。・・・(以下略)」

これについて、あるブログ(社内弁理士のチャレンジングクレーム)の2009/2/25付けエントリ「Googleと集団訴訟(クラスアクション)とベルヌ条約」をみて、印象に残ったので、メモしておきたい。

このエントリでは、この和解について、次のような見方を述べている。

「・・・このGoogleの和解はクラスアクションという「取引コスト」の低減と、ベルヌ条約により世界163カ国の著作権を一気に捕捉するという戦略を組み合わせて「対価請求権化」と「取引コスト」の低減を大スケールで達成しようというものといえる。」

米国の制度は詳しくないが、米国の集団訴訟では、それによる和解や判決の効力は、その集団訴訟に参加していない人にも及ぶらしい(例外として、オプトアウトの方法で自分には効力が及ばないようにすることはできるらしい)。また、ベルヌ条約によれば、加盟163カ国のいずれかの国で著作権が成立すれば、全ての加盟国で同じ内容の著作権がそれぞれ成立することになる。

この米国での集団訴訟の効力とベルヌ条約の効力とを組み合わせることにより、グーグルは、米国で成立している全ての書籍に関する著作権(ベルヌ条約に加盟している外国に国籍または住所を持つ著作者が所有する米国での著作権をも含む)を、一網打尽に和解の網に掛けることができる(後は、オプトアウトにより集団訴訟の効力が及ぶのを拒否した著作者・著作物を個別に除外すればよいだけ)。そういう意味で、集団訴訟やベルヌ条約の効力をうまく利用し尽したグローバルでスケールのでかい戦略だということ。

これがグーグルの戦略だということは、グーグルは集団訴訟の被告になっている訳だが、米国の著作権者たちが自分を被告として集団訴訟をするように仕組んだということだろうか。まあ、そうなんだろう。

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マイクロソフトによるクロスライセンス契約の裏に隠されたLinux封じ込め戦略?

マイクロソフトは数年前から他社とのクロスライセンス契約を開始して既に数百社との契約にこぎつけている(最近ではブラザー工業など)が、その裏には隠されたLinux封じ込め戦略があると指摘している、あるブログ(社内弁理士のチャレンジングクレーム)の2009/3/10付けエントリ「MicrosoftとTomTomの訴訟とGPL違反」をみた。

このエントリは、「マイクロソフトが他社と積極的にクロスライセンス契約を推し進めている狙いは相手企業(ライセンシー)にGPL違反をもたらすような契約を締結してLinuxの頒布を制限すること」だと主張している。

すなわち、上記エントリの内容の一部を引用すると、次のとおりだ。

「GPLとはGNU General Public LicenseというOSSライセンスの最も有力なものの一つである。LinuxはGPLに基づいて頒布されている。(中略)Linuxを利用している企業はGPLのライセンシーである。

(中略)Samba(Linuxと同様に著名なOSS)の開発者Jeremy Allison氏(中略)は次のように言う。『この事件はクロスライセンスですべてうまくいくケースではない。TomTom(や他の企業)が特許クロスライセンスを締結すれば(Linuxカーネルが適用している)GPL v2の7条によってLinuxカーネルを頒布する権利を完全に失う。』

(中略)GPL v2の7条には『(中略)特許侵害あるいはその他の理由(特許関係に限らない)から、あなたに(裁判所命令や契約などにより)このライセンスの条件と矛盾する制約が課された場合(中略)もしこの契約書の下であなたに課せられた責任と他の関連する責任を同時に満たすような形で頒布できないならば、結果としてあなたは『プログラム』を頒布することが全くできない。例えば特許ライセンスが、あなたから直接間接を問わずコピーを受け取った人が誰でも『プログラム』を使用料無料で再頒布することを認めていない場合、あなたがその制約とこの契約書を両方とも満たすには『プログラム』の頒布を完全に中止するしかない(中略)』http://www.opensource.jp/gpl/gpl.ja.html

(中略)この条項から「特許ライセンスにより、GPLの条件と矛盾する制約を課せられた場合、頒布が全くできなくなる」ことが分かる。 GPLの条件とは例えば「複製・頒布するにはソースコードを開示しなければならない」という条件である(3条)。

(中略)結論としては「GPLの条件と矛盾する制約を課された状態でプログラムを頒布する」ことがGPL違反となる。

(中略)次にマイクロソフトの戦略について。マイクロソフトの狙いは特許クロスライセンス中にGPLの条件と矛盾する制約を入れることで、相手方がLinuxを頒布(販売)するとGPL違反になるように仕向けることだ。(中略)特許ライセンスに含まれるある種の制約は結果的にGPL違反をもたらす。マイクロソフトの狙いはライセンシーにGPL違反をもたらすような特許ライセンスの契約を締結することで、Linuxの頒布を制限し、Windowsの独占を維持することである。」

マイクロソフトがクロスライセンス契約を推進している目的の中で、リナックスの封じ込めがその全てではないにしても、その重要な狙いの一つなのだろう。そして、そのための仕込みは、2003年以降、既に数百社との契約にこぎつけている現在、十分な段階まで進んでいる。今までに同社とクロスライセンスをした企業の中には、この裏の狙いまでは気が付かなかったケースも多いと思われる。

私見だが、このような場合、パテントトロールに対して使おうと研究されている、権利濫用の法理(自らの特許権を公益に反する効果を狙って行使することは許されないという法理)を、マイクロソフトに対して使うことはできないだろうか?

リナックスは使用料無料であることから政府機関や後進国などで広く使われており公益に資するものと考えられるから、クロスライセンス契約をリナックスを封じ込めるため使うことは公益に反する目的で特許権を濫用することになる、したがって、マイクロソフトはクロスライセンス契約の中の条項を『GPLの条件と矛盾する制約』を課すような内容として解釈することはできないか又はそのように解せざるを得ない条項はその限りで部分無効(よって、このクロスライセンス契約の締結によって相手企業がGPL違反となることはない)、ということはできないだろうか?

追記(2009/4/9):

ブライナによる特許情報局からのメールマガジンによると、次のように、マイクロソフトとTomTomとの今回の訴訟を受けての和解契約では、「マイクロソフトの3件のファイル管理システム特許の適用範囲は、オープンソース契約である GPLv2に対するTomTomの義務を満足する」、つまり、『GPLの条件と矛盾する制約』は課されていないようだ。こういうことをわざわざ発表するということは、マイクロソフトのクロスライセンス契約の中に隠されてきたリナックス封止戦略が多くの企業に知られつつあるということだろう。

「特許侵害で争っていた米マイクロソフトとオランダのGPS端末メーカーTomTomは3月30日、両社が和解し、すべての訴訟を取り下げるとともにライセンス契約を結んだと発表した。

(中略)なお、和解契約では、マイクロソフトの3件のファイル管理システム特許の適用範囲は、オープンソース契約である GPLv2に対するTomTomの義務を満足するという。また、TomTomは今後2年以内に、マイクロソフトの2件のファイル管理システム特許( FAT LFN特許)を利用した機能を製品から取り除くことを約束し、それまでは、TomTomのエンドユーザーも契約の適用範囲に含まれるとしている。」

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カセットボンベで動く小型耕運機の発明

発明といっても、もう商品が販売されてそれなりにヒットしているらしいが、僕は知らなかった(日経ビジネス2009/3/23号90頁に載っていた)。

「カセットボンベ(液化ブタン)で動く小型耕運機」。

これが三菱農機やホンダから発売されてかなり売れているようだ。カセットボンベや小型耕耘機はホームセンターなどでも売っているらしい。

発想がすごいと思ったのは、農業のプロではなく、家庭菜園などの趣味のアマチュア向けの耕運機という「新たなニーズ・市場・顧客層」を発見して、それに合った商品を開発したということだ。

カセットボンベは従来のガソリンで動く耕運機と比べると燃費は半分らしいが、趣味だから燃費などのコストは余り気にならない、それよりも、家庭菜園を趣味にしている女性でも手軽に(カセットボンベを買ってきて装着するだけで)燃料の補給ができる、小型なので女性のように力がなくても操作できる、などの要素を目指したらしい。

「新たな市場を創造する」という点では、ウォークマン、iPod、ニンテンドーDS、Wii、脳トレなどに通じるものがある。

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パテントトロールの定義

現在、特許庁がパテントトロール対策(特許権の行使の濫用などへの対策)などを目的とする特許法改正を検討しているらしいが、パテントトロールを広くとると、大学、TLO、個人発明家なども含まれる。まあ、含まれても良いという考えもあるだろうが。

このパテントトロールの定義について、最近知った、米国でダメージ・エキスパートの仕事をされている日本人の方のブログ「米国知的財産日記」の中に、その定義が書かれていたので、以下に一部引用しておく。(※ダメージ・エキスパートとは・・・詳しくないが、米国の特許訴訟の法廷で、今回の特許侵害による損害賠償額はこれぐらいが妥当でしょうと証言する専門家。日本特許法105条の2の「計算鑑定人」に近いのかも)

「パテント・トロール、と呼ぶ場合、色々な意見もあると思いますが、私としては、以下の条件を「すべて」満たす人、と、考えています:
・自ら特許を製品化、事業で使用していない人
・一般企業に対して、自分が所有する特許の権利侵害裁判を提起する人
・権利侵害の事実を本当にしっかり調べることもしないで、「裁判をしかけたらビビってすぐ和解したがって、和解金をせしめることが出来るだろう。もしくは、公判までいっても、技術に疎い陪審員が自分達に有利な判決をしてくれるから、がっぽり賠償金をとれるだろう」と、考えて、とにかく訴訟を濫発する人

実は一番大事なのは3つめだと思います。正当な侵害根拠があって、裁判を起こしている人は、事業会社であれ、非事業会社であれ、それは特許の正当な権利行使であって、トロールだのなんだの、と、批判されるべきものではないと思います。アメリカでは、トロールというと、この3つ目の要素が必ず入ってくるように思います。逆に、この3つ目の要素を欠く場合は、単に権利行使会社、というだけで、トロールとは認識していない・・・方が多いと思います。」

このブログは、米国ではこのような定義が一般的だ(特に3つ目の要素が必要)と主張しているが、個人的にも妥当と思った。

特に「正当な侵害根拠があって、裁判を起こしている人は、事業会社であれ、非事業会社であれ、それは特許の正当な権利行使であって、トロールだのなんだの、と、批判されるべきものではないと思います」という部分はすごく納得でする。

米国では、成功報酬弁護士(訴訟で勝って賠償金が入った場合だけ報酬をもらうという弁護士)から「リスク・フリーで訴訟やりませんか?」と営業された個人発明家や中小企業が「じゃあ、やってもらおうか」と軽いノリでいい加減に訴訟を起こすことが多いらしい。また、パテントトロールが恫喝を目的として訴訟を提起することも多いらしい。こういう、軽いノリでどんどん訴訟を起こされたり、恫喝のようにどんどん訴訟を起こされたりすると、される方がたまったものではない。こういうのをパテントトロールとするのが上記の定義だ。うまい定義だと思った。

ただ、日本では、まだパテントトロールが恫喝目的で訴訟をしたという事例はほとんどないと思う。

恫喝のための裁判といえば、最近は、「大企業」が裁判を恫喝目的で悪用して個人を攻撃する例が目立っている。例えば、1-2年前に、「オリコン訴訟」といわれた事件。このケースでは、オリコンが自社に不利なことを書いたジャーナリスト個人を狙って多額の損害賠償(5千万円くらいだったか?)を提起して、恫喝訴訟として問題になった。最近の週刊誌などに対する名誉毀損を理由とする損害賠償の高額化の傾向も、原告が個人の場合は良いと思うが、原告が大企業や政治家など権力をもっている場合は報道の自由(国民の知る権利)との関係で問題と思う。

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2009年3月18日 (水)

アゴラbetaの「鳩山総務大臣を不信任する-北村隆司」への反論(一部)

アゴラbetaの2009/3/18付けエントリ「鳩山総務大臣を不信任する-北村隆司」に、かんぽの宿疑惑に関して、次のような文章が載っていた(このエントリの7番目の段落)。

「・・・しかし、そもそもこの件は、「雇用の確保と、債務の継続を条件にした入札で、この条件を無視して不動産価格だけで落札価格の不適正を主張する」事自体が支離滅裂である。・・・」

しかし、なぜ「「雇用の確保と、債務の継続を条件にした入札で、この条件を無視して不動産価格だけで落札価格の不適正を主張する」事自体が支離滅裂である」のだろうか?

「雇用の確保」については、オリックス不動産との契約書では「1年間のみの雇用継続だけ」となっていてほとんど有名無実であったことが既に明らかになっている。

「債務の継続」についても、今までの年間40億円の赤字が経営改善されずにそのまま継続すると仮定しても(また、年間赤字40億円の中身の相当部分がキャッシュフローに影響しない減価償却費であるという可能性を考えないでおくしても)、それは「雇用の継続」の1年と合わせて赤字の継続も1年だけで済む。1年経てば、晴れて全員を解雇して事業も停止すれば赤字の継続はない。

つまり、1年間の赤字の40億円(1年間の雇用の賃金による赤字を含む)を負担して、1年後の正社員(700人くらい?)の全員の退職金(1人当たり1千万とすると、700人では70億円)を負担すれば、つまり、40億円と70億円の計110億円を負担しさえすれば、オリックス不動産は、「ラフレさいたま」や都内の社員寮を含む79施設の全てを、自由にできる。

(「ラフレさいたま」だけでも150億円以上の価値があると言われているらしいので、上記の110億円の負担など問題にならないだろう。また、オリックス不動産との契約では、退職金の少なくとも一部は日本郵政が負担する約束になっていたらしい。このように、「雇用の確保と、債務の継続を条件」というのが「まやかし」で、ほとんど有名無実のものに過ぎなかったことが既に明らかになっている。)

社員を解雇して事業を停止すれば(もちろん、事業を継続した方が有利な物件については事業を継続するだろうが)、後は、土地と建物を「転売」すればよいだけだ。それは、「オリックス『不動産』」にとっては本業だから、軽いものだろう。そもそも、宿泊事業が本業ではない「オリックス『不動産』」が入札したことからみて、「できるだけ早く『転売』すること」が当初からの狙いであったことは容易に想像できる。

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小沢秘書に政治資金規正法違反(虚偽記載の罪)は成立するのか?

2009/3/12付け日経新聞の「永田町インサイド」の中に、元検事の郷原信郎弁護士のインタビュー記事があり、それによると、小沢秘書に政治資金の虚偽記載の罪(政治資金規正法違反)が成立するためには、①西松建設が設立した政治団体が「実体のないダミー」であったこと(実体のないダミーならば、西松建設の名前を献金者として記載すべきだったのに、ダミーの政治団体の名前を記載したのは、虚偽の記載になるという理屈)、②そのことを秘書が認識していたこと(虚偽記載の故意があったこと)、の2つが必要のようだ(また、同弁護士によるこちらの記事「ガダルカナル化する特捜捜査」も参考)。

②の秘書が認識していたかどうかについては、まだ検察リークが出てないので、おそらく自白などは無いのだろう。秘書が「請求書」を西松建設に出していたという事実は、この秘書の認識があったことを推認させる間接証拠という意味で検察がリークしているのだろう。

①の政治団体が「実体のないダミー」かどうかだが、ちょうど2009/3/16付け日経新聞の「小沢氏側への献金の2団体 西松、偽装し実体隠す」という記事の中に、かなりの事実関係が出ていたので、少し検討してみたい。

1.この記事では、「2つの政治団体は、2004~2006年の3年間に計14回のパーティを開催し、各パーティは、宴会施設などを借りて行われ、それぞれ西松の幹部ら10人程度が出席していた(だけだから、実体のないダミーだ)」と書かれていた。

しかし、この記事の事実がもし本当なら、3年間に計14回のパーティ、1年に4~5回のパーティを宴会施設を借りて開いて、しかも毎回10人程度が出席していたのだから、「活動の実体」はかなりあったと見るのがむしろ自然ではないだろうか。

2.この記事では、「西松建設は、社員に政治団体の会員になるように『勧誘』し、年数万円~十数万円の会費はボーナスなどで補填していた(だから、実体のないダミーだ)」とも書かれていた。

しかし、この記事のように本当に「勧誘」していたのなら、拒否もできる訳だから、むしろ、この勧誘に応じて社員が会員になったのなら「一応の自発的意思に基づいて会員になった(会社の『しがらみ』からだったとしても、そういうことは、学校のPTAの役員でも『しがらみ』からだし、実際上はよくあることだ)」ので、「団体としての実体はある」と見るのが自然ではないか。また、会費をボーナスで補填していたとしても、それは、例えば宅建主任の資格を持つ社員に資格の登録の会費の補填などを含む意味で「資格手当て」を出すことなどはよくあるから、企業にとって全体としてプラスになると思えば企業がボーナスなどで補填することは合理的ともいえるので、それと似たような意味のものと捉えるならば、よくあることだ。

3.この記事では、「1998年に未来研という政治団体が設立されたとき、西松の総務部が同社の元幹部に代表者の就任を『依頼』して元幹部が代表者になったが、その代表者は未来研の実務には関与せず、献金やパーティ券購入の管理はすべて総務部が行っており、事実上の名義借りだった(だから実体のないダミーだ)」と書かれていた。

しかし、代表者はパーティに出席してスピーチなどはしていたはずだ。パーティ券購入などの実務については、代表者がいちいち関与しないで事務局が担当するのは、むしろ普通だろう。また、福祉やスポーツなどの団体について、その事務局を役所や企業の総務部がやることも普通にあることだ。例えば政府の審議会でも、その事務局は各省庁の総務部などが担当し、審議会の委員は年に数回の会議に出席して議論やスピーチするだけだが、それだからといって審議会が「実体のないもの」とは言えないだろう。むしろ、この記事の事実では、代表者は総務部の「依頼」に応じて(「依頼」なら断ることも可能)、ちゃんと自らの自発的意思に基づいて代表者に就任していたということなので、むしろ団体の実体があったことを示すものでもあると思う。

4.この記事ではないが、少し前に、秘書が「西松建設あて」に「請求書」を出していたという事実がマスコミで報道されていた。

しかし、この「請求書」は、おそらく、支払いがなければ裁判所に訴えて支払いを強制するというものではないだろう。よく、福祉団体や出身大学などから「具体的金額を示しての寄付や献金のお願いの手紙」が届くことがあるが、それと同じような「献金のお願いの手紙」の意味のものならば、特に異常なものではないと思う。

また、「西松建設あて」の請求書とあるが、請求書(献金のお願いの手紙)の「宛名(請求の名宛人)」が西松建設なのか、それとも、郵送した先の「住所」が団体の事務局のある西松建設建設総務部の住所だったのかは、記事には書かれていなかった。多分、「住所」が事務局のある西松建設内となっていたという可能性が高いと思う。そうであれば、政治団体宛ての請求書(献金のお願いの手紙)を、団体の事務局の「住所」である西松建設内に送っただけなので、特におかしいことはない。

以上のように、秘書について政治資金規正法違反(虚偽記載の罪)が成立するかどうかについては、①西松建設が設立した政治団体が「実体のないダミー」であったこと、②そのことを秘書が認識していたことが必要だが、②はもちろん、①についても、かなり微妙と思う。

追記(2009/3/20)

水口洋介弁護士のブログ(2009/3/9記事)では、政治資金規正法第25条1項3号「政治資金規正法25条1項(次の各号の一に該当する者は、5年以下の禁錮又は100万円以下の罰金に処する。) 3号 第12条第1項若しくは第17条第1項の報告書又はこれに併せて提出すべき書面に虚偽の記入をした者(第12条第1項には、政治団体の会計責任者の報告書提出義務が記載されている。)」について、次のような書かれている。

「政治資金規正法は複雑でわかりにくいですが、これはいわゆる形式犯ですから、虚偽であるか否かは形式的な事実認識が問われるはずです。つまり「新政治問題研究会」などという政治団体が存在しないことを知りながら、あえて存在すると記載することが虚偽記載になるのであって、もし「新政治問題研究会」が実在するのであれば、そう書いたからといって虚偽記載ではないということになるのが普通の形式犯の虚偽という故意についての解釈でしょう。」

つまり、資金が西松A→政治団体B→団体C(小沢事務所の団体)と流れていたとき、しかも、少なくとも団体Bが全くのペーパーではないと認識していたとき、Cの秘書は、献金者の名前としては素直に(形式的な事実に基づいて)団体Bの名前を書けばよいのであって、西松Aの名前を書くとかえってその方が「虚偽記載」になるのではないか、ということだ。

このような従来からの形式犯の故意の解釈からは、今回の秘書について上記②の故意が認められるかは極めて微妙だろう。また、上記①の団体が事実として「実体のないダミー」かどうかも大きな争点となると思う。

追記(2009/3/22):

政治資金規正法はわかり難い法律だが、これを簡単に解説している文章を「佐々木和子弁護士事務所」(元検事で元参議院議員の佐々木弁護士によるもの)から見つけた。次のとおり。

「政治資金規正法違反は,贈収賄と違って形式犯であり,その違反による強制捜査(逮捕)は従来1億円が基準であった。しかし,3日の逮捕は,わずかにその額2,100万円(+100万円)。
 西松建設は,政党(及び政治資金団体)にしか寄附ができないとする制限(21条1項)に違反し,ダミーの政治団体を使って寄附をし,一社当たりに認められる年間寄附上限額(資本金50億円以上の会社であれば年3000万円)を超えた(21条の3)。
 小沢側はその事情を知りながら,寄附を受けた(22条の2)。これは「1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金」(26条)という軽罪だから,法的構成としては,正しい事項を報告しなかった12条違反として,25条の「5年以下の禁錮又は100万円以下の罰金」としているのであろう。ちなみに前者の時効は3年,後者は5年である。」

この文章によると、今回の秘書の容疑としては、

(a)西松が一社当たりに認められる年間寄附上限額(資本金50億円以上の会社であれば年3000万円)を超えている(21条の3)ことを知りながら,寄附を受けた(22条の2)という「1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金」(26条)という軽罪、

(b)正しい事項を報告しなかった12条違反としての,25条の「5年以下の禁錮又は100万円以下の罰金」の形式犯、

の2つがあるということらしい。通常、マスコミなどで議論されているのは(b)の方だろう。

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2009年3月15日 (日)

メリルリンチ日本証券は「かんぽの宿」のアドバイザリー契約上の義務に違反したのでは?

2009/3/13付けの毎日jp「かんぽの宿:運営会社の副社長、オリックス側が実名記載」と、2009/3/13付けの「かんぽの宿衆議院TV-とんでもない、最終審査評価書やオリックス提案書・落札契約書が暴露された。」によると、13日の衆議院総務委員会、原口一博議員の質問により、次のような事実が明らかになったらしい。

1.かんぽの宿売却問題で、落札したオリックス不動産が、最終提案書に日本郵政の宿泊事業部長(この宿泊事業部長は入札審査担当者の一人だった!)を「かんぽの宿」を運営する新会社の副社長に迎える人事案を実名入りで記載していたことが13日、分かった。このオリックス提案書は、日本郵政とアドバイザリー契約で入札を仕切るメリルリンチ日本証券とに提出されたが、両者とも、このような不正な記述をそのまま不問にした。

(なお、日本郵政の西川社長は、これが明らかになったときの国会の答弁で、「具体名を書いて出してくるのは極めて不適切。相手が出してきた場合には訂正しろと言って止めるのが筋だ」と述べた。)

2.最終審査に残ったオリックスとホテルマネージメントインターナショナル(HMI)の2社に関する最終審査評(審査結果)では、HMIの「すべての従業員の皆様をお迎えします」と明記された雇用提案が完全無視(=審査評に載っていない)され、オリックスの雇用提案だけが、最終審査評に記述されていた。しかも、雇用する従業員の数では、「すべて」としていたHMIの方が、一部としたオリックス不動産よりも有利な条件を提示していた(原口氏は、オリックスとの契約書では620人の正社員のうち550人のみ記していたのに、HMIは全員採用を提案し、日本郵政の説明と異なると主張した)。

3.アドバイザリー契約の金額内訳から、メリルリンチ日本証券の就業時間は5時間/日程度が予定されていた。

これらの事実からの僕の感想は次のとおりだ。

まず、日本郵政とメリルリンチ日本証券とのアドバイザリー契約においては、メリルリンチは「公正かつ適正に入札手続(または事業譲渡の手続)を行うという契約上の義務」を負っていたはずだ。それなのに、上記1,2のような事実があったということは、メリルリンチは、故意か過失により、この契約上の義務に違反した。つまり、メリルリンチには、このアドバイザリー契約に関して債務を不完全にしか履行しなかったという「契約上の義務違反の責任(債務不履行責任)」が存在している。

このような契約上の債務不履行がある場合、契約の一方の当事者である日本郵政としては、もしメリルリンチの契約上の義務違反により日本郵政に損害が生じたと言えるときは、その損害の賠償を請求できる(民放415条)。

今回、日本郵政は、メリルリンチのデタラメな業務遂行により、かんぽの宿売却手続が不透明・不公正と追及されて売却を撤回しなくてはならなくなった、西川社長など幹部が国会に出て答弁しなくてはならず仕事ができなくなったなどの大きな損害を受けているので、自らの損害を回復すべく、この損害の賠償をメリルリンチに賠償請求すべきだろう。

(実際、上記1のように、日本郵政の西川社長自身も、オリックス不動産が最終提案書に日本郵政の宿泊事業部長を副社長とすることを実名で記載していたことについて、「具体名を書いて出してくるのは極めて不適切。相手が出してきた場合には訂正しろと言って止めるのが筋だ」と述べて、メリルリンチの業務が不適切であったと、国会で主張している。)

今回、日本郵政は、少なくとも毎月1千万円(年1億2千万円)の手数料を支払っていたのだから、少なくともこの中の相当部分を損害賠償により取り戻す必要がある(6億円の成功報酬は支払ったのかどうか明らかでないが、もし支払ったのなら返還させるべきだろう)。

なお、上記1,2のようなメリルリンチのデタラメな業務は、予め日本郵政とグルで示し合わせて行われていたかもしれないが、それは、裁判などの場で、メリルリンチが日本郵政も悪かったのだと過失相殺を主張すればよいだけのことだ。仮に日本郵政とグルで示し合わせていたとしても、メリルリンチは契約上は公正かつ適正にやる義務があったのだしそれをやることは可能だったのだから、メリルリンチの義務違反の責任は存在する。

日本政府は日本郵政の100%株主なのだから、日本郵政の監査役と取締役に対して、日本郵政の損害の回復を図るべく、メリルリンチにこのような賠償請求(交渉と裁判)をするように、株主として要求すきべだろう。

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阿久根市の竹原市長の「卒業生に送る言葉」

鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50歳)。2008年8月に市長に当選後、議員の定数を10削減して6にする条例改正案を提案(議会は否決)したり、人件費削減を訴えるため市のホームページに全退職者の退職金や全職員の給与明細を公開したり、今は議会からの不信任決議に対抗して議会を解散し、全国的に注目されている。

この市長のブログ「住民至上主義」を見たが、この人は今、「日常生活の冒険」(大江健三郎の小説のタイトル)の真っ最中なのだな、と思った。僕と同じ年代の人だけど。「志のために自己愛を捨てる」という努力をしている人ではないかと感じた。

このブログの本年3月12日付けエントリに、「中学校卒業式祝辞」が掲載されていた。読んだけど、この市長らしい、今のKY(空気読めない)の風潮に対して「努力に裏付けられた自信」と「結果に対する覚悟」を持って空気を作れる自立した人間になってほしいという考え方、「他人に見せない自由な努力」によって「自分で自分を尊敬できる人間」になってほしいという考え方には共感した。以下に引用しておきます。 

「祝辞 阿久根市立阿久根中学校の卒業式が挙行されるに当たり 一言お祝いの言葉を申し上げます。

これからは 今まで以上に自分で考えて 行動しなければなりません。自立することが求められます。
空気を読めないという意味でKYという流行語があります。もともと空気を読む というのは、芸人がお客さんのご機嫌をうかがうという意味です。芸人はお客さんの反応を感じながら演技します。それが仕事です。
自立している人間にとって、他人はご機嫌をうかがうべきお客さんではありません。
また、なんでも相手に合わせて自分の色を変えるような人間は本当に信用される事がありません。私は常に空気を読む癖がついてしまった人は 本当に不幸だと思います。

努力に裏付けられた自信と、結果に対する覚悟が自立の基本です。自立した人間はしょっちゅう他人の顔色をうかがうことはいたしません。
例えば野球選手のイチローが打席に立つだけで空気が変わります。空気は読むものではなく 人が心で作るものです。
今は出来なくても、日々、努力を続ければ心の内側に積み重ねられたものが溢れ出る時が必ず来ます。 空気を作れる人間になることができます。

その努力は他人に見えないところでやるものです。そこには本当の意味で こころの自由があります。他人に見せない、自由な努力によってこそ自分を尊敬できるようになります。
阿久根の義務教育を終える皆さんには、周りの顔色をうかがったりする必要のない人間に育っていただきたい。
不思議な事に、見せ掛けだけの人の周りには同じような種類の人が集まります。
人間関係で失敗したら、隠れた努力が足りなかったか、超えるべき あるいは耐えるべき試練と考えるしかありません。
「他人のせいで起こることは何もない。」
そのように考えてください。これが本当に自立した 自分の人生を引き受ける人間の態度です。

皆様の御健康と御多幸を心からお祈りいたしましてお祝いの言葉とします。
  平成二十一年三月十二日       
    阿久根市長 竹 原 信 一」 

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番組再生時にCMのタイミングをユーザーが選べるHDDレコーダの発明

最近のHDDレコーダでは、番組録画時にCM部分だけカットして録画したり、番組再生時にCM部分だけスキップするような機能が付いているが、それだけでよいのかという問題はある(スポンサー側の事情も考える必要はある)。

他方で、最近の番組は、視聴者を引っ張るため、ちょうど盛り上がったところで長いCMを入れることが多いので嫌になる。

それで、これらの問題を解決するための日本ビクターの特許第4206603号(出願日:2000/4/17)の発明は、いったんはCMも含めて番組を録画しておくが、そのとき、番組本体の部分とCMの部分とを区別できるように記録しておく、そして、番組本体を再生しているときに、ユーザーが任意に選択したタイミング(例えばユーザーが番組本体の再生をいったんストップしたタイミング)でCMを再生できるようにした、というもの。

例えば、ユーザーがトイレに行きたいとか、ちょっと疲れたので休憩とかで、番組本体の再生をストップしたときに、CMが流れるようにできる。

この特許は、最近たまたま見つけたのだが、かなり天才的なヒラメキによる基本発明ではないかと思った。

以下に、この特許第4206603号の請求項1を引用しておきます。

【請求項1】
記録媒体上に記録され各番組毎の番組本編部分とコマーシャル部分とから成る番組信号を再生する番組信号再生装置であり、
前記記録媒体上から前記番組信号を再生する再生手段と、
前記再生手段にて前記番組信号における前記番組本編部分を再生中に、この再生を停止させるための停止指示が入力された場合、前記番組本編部分の再生を停止させるとともに、この再生を停止した前記番組本編部分を備える前記番組信号における前記コマーシャル部分の再生を開始させるよう前記再生手段を制御する再生制御手段と
を有することを特徴とする番組信号再生装置。

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セラミック粉で摩擦力を上げる制動装置の発明

日経ビジネス2009/3/16号の「営業運転、時速320km」の記事(137頁)に、JR東の新幹線500系に10年前から採用されている制動装置の技術が紹介されてて、なるほど! と思ったので、メモしておきたい。

2011年から東京~青森間を走る予定の新型の新幹線は時速320kmを予定しているらしいが、速く走るほど止まるまでの距離が長くなってしまう(安全性に問題がでる)のが課題だったらしい。

特に、鉄を素材とする車輪とレールとは、転がり抵抗を減らすために鏡面のように磨かれているため、急制動をかけて車輪が止まったとしてしも、氷の上を滑るように車両が進んでしまう恐れがある。

そこで、制動時だけ車輪とレールとの間の摩擦力を高める技術が発明されて実用化されている。それは、急制動をかけたときに車輪とレールとの間にセラミック粉を噴射して摩擦力を増やすというものだ。

もともとは、急勾配の路線を走る列車用に開発された技術らしい。確かに、急勾配などではズルズルと滑ってしまいそうで怖いと思うことがあるが、こういう技術が使われていたとは。

特許は誰かが取っているのだろうが、かなり基本的な発明だと思った。

自動車で雪道の道路を走るときでも使えそうだが、セラミック粉を撒き散らすため環境に問題もあるので、通常の道には使えないだろう。

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2009年3月11日 (水)

捜査情報のリークは適法か

前の記事で、小沢さんの捜査情報のリークに関しては証人喚問ではなく刑事告発でやったらと書いたが、そもそも、これが犯罪になるかどうかは微妙と思う。

僕は、少数説かどうか知らないが、政治家の犯罪またはその疑いに関する情報のリークは、国家公務員法(守秘義務)違反の犯罪ではなく「適法」だと思う(この問題についての学説や判例は知らない)。

この問題は、このブログの以前の記事(かんぽの宿に関する慶応大学・岸博幸教授の主張について)に書いたことと一部重複するが、刑法の名誉毀損罪の規定が参考になると思う。名誉毀損罪に関しては、一般人と政治家・公務員とを明確に区別して、政治家・公務員については相当な資料に基づいて真実と考える公益情報を公表したときは、その結果として名誉を侵害しても犯罪は成立しないとされている。

一般人と異なって、政治家その他の権力者については、プライバシーよりも公益性が優先されるべき場合がある。例えば、進行性の癌かその疑いがあるというような病気の情報は、一般人にはプライバシー情報だが、総理大臣などに関しては、プライバシー情報であると同時に国益に直結する高度の公益情報でもある。

国民の知る権利は民主主義の基礎とされている。なぜなら、国民に政治その他の情報が知らされないまま民主主義が行われると容易に衆愚政治になってしまうからだ。

政治家の犯罪またはその疑いに関する情報については、それは高度に公益に関する情報だから、国民の知る権利に応えるために原則として公開すべきで、それは国家公務員の守秘義務の要請よりも優先するはずだ。

政治家の捜査情報は、国家公務員の守秘義務に拘わらず、国民の知る権利に応えるため、捜査の妨げになるなどの他の問題がない限りにおいて、積極的に公開した方がよい。こそこそとリークなんかしないで、堂々と毎日でも記者会見で最新の捜査状況として公表すべきだ。

形式論理としては、(1)政治家の犯罪またはその疑いに関する情報は「国家公務員法の守秘義務で守られるべき情報」には該当しない(企業の内部告発に関して、雇用契約上の守秘義務があるとしても、その企業が犯罪行為をしていれば、それは「守秘義務で守られるべき情報」ではないから、内部告発・公表しても適法だというのと同じ論理)、(2)仮に該当するとしても公益目的からのものだから可罰的違法性がない、(3)正当行為(刑法35条)に当たる、などの理由付けが可能だろう。

まあ、もちろん、今の検察からのリークの問題は、国策捜査・世論操作という文脈の中で問題になっている(捜査対象が自民党議員だったら、リークがあってもそれほど問題にならなかったろう)。

しかし、仮に国策捜査だとしても、捜査情報は可能な限り国民に公開されるべきだ(国民の知る権利から)。なお、ある政治家については捜査情報を詳細に公開しながら他の政治家については公開しないという情報操作を行っている場合は、純粋な公益目的とはいえないので違法性が阻却されないなどの理由で、国家公務員法(守秘義務)違反の犯罪になるという可能性はあると思う。

公益的な情報はできるだけ公開されること(国民の知る権利=民主主義の基礎)が必要であり、それさえ確保できれば、後は、国策捜査かどうかをも含めて、国民が選挙などを通じて判断すればよいことだろう。

追記(2009/3/14):

小倉秀夫弁護士の2009/3/13付けエントリの捜査過程に関する情報を,虚実交えてマスメディアに「リーク」すること自体が「法に基づかない」行動では、「一定の政治的な意図に基づいて捜査過程に関する情報を虚実交えてマスメディアに「リーク」する検察の行動を,それにより支持率低下の危険がある民主党が問題視するのは正当なことであると言えます。そして,・・・民主党が政権を取った場合にそのような非公式の「リーク」を規制するということであれば,それはそれで望ましいのではないかと思われます。 」という意見が述べられている。

また、これに対する反論として、2009/3/14付け検察官出身弁護士のモトケンさんのブログでは、「虚偽情報のリークは問題なしにアウト(つまり違法)でしょう。 不確実情報のリークもアウトだと思います。 では、確実な事実(少なくともリーク時点では確実と思われた事実)についてはどうでしょうか。 ある程度明らかになった捜査情報に基づいて、一般市民にさらなる情報提供を求めるということもあるわけですので、捜査情報の提供が直ちにまたは当然に違法となるかどうかについては正直自信がありません。」という意見が述べられている。

まあ、この両者の意見は、それほどの違いはないだろうし、また、これら両者の意見と上記の僕の意見も大きな違いはないと思う。

追記(2009/3/18)として、今のような検索リークは、適法とは言えないと思う。なぜなら、リークの目的が「世論誘導」であって「国民の知る権利のため」とは言えないと思うし、リークの手段も検察の都合のよい情報をマスコミに垂れ流してるだけで、マスコミから質問や反論を受け付けた上でマコスミに報道させるという形になっていないから。リークではなく、記者会見の形で、質問と反論を受け付けた上での情報提供を、毎日でも行うべきと思う。

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捜査情報のリークは証人喚問でなく刑事告発で済むのでは

昨日、民主党の一部で、小沢さんの捜査情報が検察からマスコミに盛んにリークされているのではないかという問題で、検事総長を国会に証人喚問することを検討するというような発言があったらしい(参考)。

しかし、こういうのは「司法権の独立」を侵す可能性があると思う(検察は行政だが「準司法」という性格がある)。(追記:検察官出身の落合洋司弁護士の200/3/10ブログでは「・・・国民主権下の日本の中で、こういった徹底した秘密主義でやりたい放題の権力機関が、現在のような状態で存在して良いのか、少なくとも、何がどのように行われているかについて可能な範囲内できちんと国民に公表したり、国会での質問にも可能な範囲内で答える程度のことはすべきではないか、といった議論は当然出てくるでしょう。」という意見が出ている。こういう捜査情報の公開のあり方一般について、国会で検事総長などを参考人として呼んで議論するのはよいのかもしれない。)

検察による捜査情報のリークが国家公務員法の守秘義務違反の罪になるというのなら、国会の証人喚問ではなく、民主党の議員が、検察庁に被疑者不詳のまま刑事告発すればそれで済むのではないだろうか。

後は検察が捜査してくれるはずだ。捜査情報を知っている人は検察内でも数名だろうから、マスコミと接触した時間帯(例えば新聞の夕刊の記事に載せるためには何時から何時の間にリークしたはずという時間帯は特定できる)のアリバイなどを調査すれば2-3人に絞ることは容易だと思う(ただ、これが犯罪になるのかは問題と思うが)。

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2009年3月 9日 (月)

やっぱり国策捜査?

今回の政府高官(官房副長官・元警察庁長官)による「(今回の西松建設の巨額献金事件の捜査は)自民党議員には絶対に波及しない」というオフレコ発言に関して、検察官出身の落合洋司弁護士の2009/3/8ブログ記事に次のような見方が書かれていた。

「・・・特捜部の事件については、法務大臣にも報告が上がってくるので、法務大臣から官邸へ上がってきた報告なり書類なりを目にして、それに基づいて上記のような発言をしていたということも考えられます。

自民党はやらない、ということで、官邸からゴーサインが出た、ということであれば、それはそれで立派な(?)国策捜査ということは言えるのではないかと思われ、官房副長官が上記ののように否定する程度では、この疑惑は消し去れないでしょう。

特捜部としては、こういった国策捜査疑惑を払拭するためにも、自民党側についても捜査の対象にせざるを得ない状況に追い込まれている可能性が高く・・・」

麻生政権は、小沢さんの健康状態も警察を使って逐一チェックしていると少し前に新聞に書いてあったし、手足となってくれる警察や検察を掌握していることからくるアドバンテージは計り知れないものがあり、この点からも、政権を明け渡すことは絶対にできないというのがあるのだろうか。

東京地検は、今回沸き起こった国策捜査批判をかわすため、この事件の捜査範囲を当初は意図していなかった自民党議員にも及ぼす必要が新たに生じてきたためか、地方の検察官を新たに呼び寄せるなどしてこの捜査に当たる検察官の人数を増員している、と新聞に書かれていた。

しかし、本件の政治資金規正法違反は見たところでは形式犯的な犯罪と思われ、(収賄罪まで行けば別だが)それほどの重要性はないと思うので、こんなことに大勢の検察官を動員するのはもったいないと思う。それよりも、より重要性と緊急性の高い「かんぽの宿」の疑惑にこそ大量の検察官を投入すべきなのに、何やってんだ、と思う。

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特許侵害訴訟とゴールドラッシュ(ジーンズの発明)

米国でのゴールドラッシュの話を昔読んだことがある。あの当時は、米国のカリフォルニアに山師のような人たちが殺到したらしい(農民、労働者、商人、乞食や牧師までもが、一攫千金を夢見てカリフォルニアを目指したらしい)。しかし、ゴールドラッシュが終わったとき、その「プレーヤ」たちの中で、儲けた人はいなかった。儲けたのは、「プレーヤ」たちの周辺の「サポーター」の人たち、つまりプレーヤの人たちに飲食や衣服などを提供していた「サポート産業」の人たちだけだった。その中から、ジーンズのリーバイスなどの将来の大企業も生まれた(ジーンズは、当時、金を掘っていると従来のズボンではすぐ破れて困るということに着目したリーバイ・ストラウス(リーバイス創業者)が発明した。ウィキペディアより )。

米国では、今(1980年代から)の知財の状況はゴールドラッシュに少し近いという状況だと思う。個人発明家、ベンチャー、大学などの研究機関、パテントトロールなどの「プレーヤ」がかなり儲けている例は、いくつかマスコミに出ている。しかし、そのような儲かったという例はほんの一部に過ぎず、その影では、高額な特許訴訟費用などに耐え切れずに倒産するなど、儲からなかったという人たちの方がずっと多いと思う。一番確実に(ローリスクで)儲けているのは特許弁護士や知財の調査会社などの周辺の「サポート産業」だろう。その構図は、ゴールドラッシュと同じだ。

日本では、TVのバラエティ番組などで紹介される面白発明を除いては、個人発明家はほとんど活躍していない。中小企業や大学なども発明で大儲けしたというニュースは聞かない。そういう、ゴールドラッシュとは程遠い状況。知財専門弁護士などから構成される知財サポート産業も、米国のようには儲かっていないという状況ではないだろうか。まずは、かつてのゴールドラッシュのように、オレの(我が社の)発明・特許はすごいと「錯覚」して突進するようなプレーヤたちが必要なのではないだろうか。

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特許訴訟の提訴件数の日米比較

日経エレクトロニクス(2009/3/9号)の「特許で揺らぐ無線LAN」の記事中の48頁に米国での特許訴訟件数が掲載されていたので、メモしておきたい。

2007年9月期(2006/10/1~2007/9/30)の全米の地区裁判所が受任した知財関係訴訟全体の件数の合計は、1万783件。

2007年9月期(2006/10/1~2007/9/30)の全米の地区裁判所が受任した特許訴訟の件数の合計は、2,896件。

この特許訴訟のみの2,896件は、上記の特許を含む知財関係訴訟全体の件数である1万783件の中の約26.9%(ちなみに、著作権関係の訴訟は同約40.8%、商標関係の訴訟は同約32.3%)。

なお、この日経エレクトロニクスの記事によると、上記の全米の特許訴訟2,896件の中の12.4%の359件がテキサス州東部地裁に提起されているらしい(知財だけでなく全ての民事訴訟についてみると、全米の提起件数の25万7507件の中では、テキサス州東部地裁は全米の1%を占めるに過ぎないにも拘わらず! ちなみに、カリフォルニア州北部地区裁判所には、全米の地区裁判所が受けた特許訴訟2,896件の中の159件が提起されている)。

このようにテキサス州東部地裁に特許訴訟が集中している理由は、①特許権者が判決で勝つ確率が8割程度と非常に高いこと、②裁判所が特許訴訟に慣れているため審理期間が短いことなどから、特許権者の多くがこの地区での裁判を選ぶためだ(このような訴訟戦術は「フォーラム・ショッピング」と呼ばれている)。テキサス州東部地区において、特許訴訟のためにやってくる特許弁護士(金持ちが多い)や企業担当者への宿泊や飲食などのサービス産業など、特許訴訟がその経済活動に貢献している部分はかなり大きいらしい。

この特許訴訟件数2,896件は、特許侵害訴訟だけでなく審決取消訴訟も含まれているのかどうかは、この記事の中では、はっきりしない(米国でも、拒絶審決などに対する審決取消訴訟はある)。ただ、米国では、拒絶審決に対する取消訴訟は、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)への直接提訴が行われているらしい(ワシントンDCのコロンビア地区連邦地方裁判所への出訴も可能のようだがこちらは少ないらしい)。したがって、上記の2006/10/1~2007/9/30の期間に全米の地区裁判所が受けた特許訴訟件数の2,896件は、仮にその一部に審決取消訴訟も含んでいるとしても、そのほとんどが特許侵害訴訟と考えられる。

一方、日本では、このブログの2009/1/13の特許訴訟の提訴件数が減っている件(日経の記事より)でも述べたとおり、2007年の地裁レベルの特許侵害訴訟の提訴件数は156件となっている。これは「特許侵害訴訟」のみ。これとは別の特許関係の「審決取消訴訟」が日本で何件あるかだが、(詳しい件数は今調べている時間がないので)仮に300件とすると、日本での特許訴訟(侵害訴訟と審決取消訴訟との双方)の合計の件数は年間450件程度となるだろうか。

(※特許庁によると、実用新案・商標・意匠を含む全て?の審決取消訴訟は2007年で約430件とのことなので、特許のみの審決取消訴訟は多くても年300件かそれよりかなり低い件数と思われる。)

上記のとおり、米国の特許訴訟の件数は2,896件だから、日本の特許訴訟の件数(上記のように約450件程度と仮定する)は米国の約15%程度ということになる。この約15%というのは、米国の上記の2,896件が審決取消訴訟を含んでいると仮定したときの数字だ。もし含んでないと仮定すれば、米国の特許訴訟(特許侵害訴訟のみと仮定)の件数は2,896件に対して、日本の特許侵害訴訟の件数は156件だから、米国の約5%程度ということになる。

上記のように15%か5%かのいずれにせよ、特許出願件数は日米で大きな差はない(特許出願件数の正確な数字は今はみてないが、最近は米国の方が少し多いが、数年前までは日本の方が多かった)ことから考えて、日本の特許訴訟が「米国に比較して余りに少なすぎる」ということは明らかだ。

他方、米国が「異常に多すぎる」のだという見方もあり得る。米国では、特許弁護士の数が多い、訴訟1件当たりの特許弁護士の費用が数億円以上と高額になっており特許訴訟が一大産業化している、着手金ゼロで引き受ける成功報酬弁護士が存在するので訴訟提起のハードルが低い、パテントトロールが多い、3倍賠償など特許訴訟のインセンティブが働きやすい、ゴールドラッシュの歴史などに見られるように一獲千金のアメリカン・ドリームを夢見る人たち(そういう冒険家的な気質の人たち)が多い、などの特殊要因があるから。

日米の特許弁護士数の比較、日米の特許出願件数・特許登録件数の比較などもやってみたいが、今は時間がない。まあ、分析としては少し尻切れですが、この辺で。

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2009年3月 7日 (土)

今の民主党・・・

今の民主党は、党首の交代なども少しずつ話題に登ってきつつあるようだ。

最近は2chの掲示板は見ていないけど、今頃は

「おばさんに人気のない小沢を若い岡田に替えて民主党の勝ちを確実にするための深謀遠慮だったとは。検察、グッジョブ!」

「シィー! 今それを言うと、麻生がすぐ解散するぞ!」

などの会話が交わされているのだろうか(^^) 

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2009年3月 4日 (水)

週刊ポストの「かんぽの宿」の記事を見て(アドバイザリー契約の成功報酬と簿価)

今日の夕方、週刊ポストの「かんぽの宿」の記事をコンビニで立ち読みしたが、総務省からの情報がかなり詳しく載っていた。その中で、メリルリンチ日本証券とのアドバイザリー契約のことも載っていたので、気が付いたことを、ここに書いておきたい。

1 週刊ポストによると、問題の79施設の簿価について、次のように記載されていた。

 ・2003年4月(郵政公社発足時)の簿価:1,726億円

 ・その後、減損処理が行われた。

 ・2007年10月(日本郵政による継承時)の簿価:126億円

 ・2008年9月(中間決算時)の簿価:123億円

2 週刊ポストの記事では、アドバイザリー契約の成功報酬について、「成功報酬は売却額の1.4%で、その最低保証が6億円となっていることから考えると、日本郵政とメリルとの間には、契約当初には、売却額は428億円(6億円÷1.4%=428億円)くらいにはなるだろうという共通認識があったはずだ」(そのように考えないと、このような6億円の最低保証をする合理的理由がないということになる。合理的理由がないのに6億円の最低保証をするということは問題・・・)というような趣旨のことが書かれていた(立ち読みだったので、記憶が確かではないが、週刊ポストには上記の「」内のことだけが書かれていて、()内は僕がここで追加したもの)。

 ・・・この記事の内容は、僕が2009/2/12付け記事で書いたこととほぼ同様の内容だ。

3 僕は、この週刊ポストの記事の上記1の情報を見て、アドバイザリー契約の成功報酬について、もう一つの問題点を思い付いたので、ここに書いておきたい。

 今まで、日本郵政は、今回の売却額(オリックスの最終入札額)の109億円について、「現在の簿価の123億円と近い額だから適正だ」と主張していた、と記憶している。

 では、日本郵政は、今回の入札を開始した当初(2008年4月)、売却額は幾らくらいが適正と考えていただろうか? それは当時の簿価が基準になると思う。当時(2007年10月以降)の簿価は、上記1のとおり、126億円となっている。

 とすると、おそらく、日本郵政とメリルリンチ日本証券との間では、両社がアドバイザリー契約を結ぶ2008年4月の前頃、その当時(2007年10月以降)の簿価を基準にするならば、126億円くらいで売れれば適正だろうというのが両社の共通認識だったろうと予想される。

 ところで、そもそも「成功報酬」とは「やる気・インセンティブを高めるためのもの」であるという一般的理解から考えると、本件のメリルリンチ日本証券への成功報酬は、「売却額が126億円までは通常の努力で済むでしょうから成功報酬は最低保証でいいですよね、でもメリルリンチさんがすごく頑張って売却額をそれ以上に引き上げてくれたら、その売却額の1.4%という形で成功報酬がプラスになりますから、頑張って下さいね」、という趣旨のものであるはずだ。

 そして、①このような成功報酬の趣旨と、②上記の「両社の売却予想額の共通認識は126億円(2007年10月以降の簿価)であろう」という予想と、③契約書中の「売却額の1.4%という数字」とから考えると、売却予想額である126億円の1.4%は1.76億円(=126億円×1.4%)だから、「本件の成功報酬の最低保証額は1.76億円とするのが合理的なはず」ということになる。なぜなら、このように解さないと、1.4%という数字が全く無意味なものになってしまい、一体何のために契約書の中に1.4%なんて数字を入れたのか、全く分からなくなるからだ。

 それなのに、実際には契約書で「最低保証額は6億円」となっているのだが、これは極めておかしい、ということになる。つまり、この6億円の中の上記1.76億円を超える金額(6億円-1.76億円=4.24億円)は、『何らかの他の特別の理由』で日本郵政からメリルリンチ日本証券に移転される予定だったのではないか? という予測が成り立つことになる。まあ、あくまで、僕の「推理」ですけど。

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小沢一郎さんの秘書の逮捕について

小沢一郎さんの秘書が逮捕されたらしいが、なぜこの時期に、というのが正直な感想だ。

総選挙の直前に次の政権を取る可能性が高い野党の党首が逮捕されるって、何か、ロシアとか、ミャンマーとか、昔の軍事政権の韓国とかならよくあることだけど、そういうテレビで発展途上国の政治風景を見ているような既視感がある(まあ、こちらは、「党首の秘書」の逮捕だが)。

自分がいつの間にやら発展途上国にいるような感じがした。

まあ、違法な事実があったのなら逮捕そのものは適法だろうが、国策捜査というものが乱用されるのは問題だし、そのためにも政権交代は必要なように思う。

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風呂で壁に絵が描ける石鹸

2009/3/3付け朝日新聞に出てたのだが、バンダイが「風呂で壁に絵が描ける石鹸」(商品名は「サクラクレパスせっけん」)を3/5から発売するらしい。

子供が風呂で壁などに絵を描けて、お湯で洗い流せる、クレヨン状の石鹸、らしい。

特許出願は当然していると思うが、「クレヨンと石鹸の組み合わせ」による発明として、進歩性は認められるだろう。

僕も昔は、こういう「新たなニーズを発見・提案する」というタイプの発明は好きで、よく出願していたものだ。

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2009年3月 3日 (火)

森永卓郎さんの「かんぽの宿売却問題は大疑獄事件の一端である」という記事を読んで

経済アナリストの森永卓郎さんが、BPネット SAFETY JAPANの中で2009/3/2付けで「かんぽの宿売却問題は大疑獄事件の一端である」という鋭い記事を書いている。僕は評論家の仕事は分からないが、竹中さんや小泉さんと親和性の強い日経グループの中でこういう主張をすると、今後の仕事を干される可能性もあるのではないだろうか。その意味で、さすが森永さん、勇気のある発言だなと思いながら読んだ。

なお、竹中さんやそのお友達の方からは「これまでの調査ではかんぽの宿に関して不正をはっきり示す証拠は出ていない」という意見が出されることが多い。しかし、この森永さんの記事の中でも言及されているが、既に、すごくおかしなこと、怪しい情報は沢山でているように思う。つまり、刑事裁判でいう「直接証拠」(例えば、犯行の自白や目撃証言)はまだ出ていないけど、「間接証拠(状況証拠)」(例えば、犯行の動機、事件の後に急に金回りが良くなった、事件の後に急に引っ越したなど)に相当するものは沢山出ているように思う。権力や公益的性格を有している個人や大企業に関して、このような不正を感じさせる状況証拠が沢山出てきている以上、マスコミ、国会、検察などが早急に動くべきなのは当然だと思う。

以下に、上記の森永さんの記事中で重要だなと思った部分を一部引用しておきます。

報道によると、日本郵政の担当者はこの入札について「企画提案コンペのようなもの」と述べて、一般競争入札とは異なることを認めたという。それにしても、企画提案という言い訳もいったいなんなのか。かんぽの宿を売り飛ばすだけなのに、企画提案なんてあるのだろうか。これまた不可思議である。」

・・・「企画提案」という言葉は意味がよく分からなかったが、森永さんの文章で、ごまかしの可能性が高いことが少し分かった。

「まだまだおかしなことがある。かんぽの宿売却の際に、最終的には全額は払われなかったものの、メリルリンチに対して成功報酬を含めて6億円以上のコンサルティング費を支払う予定になっていたという。だが、コンサルティングといっても、ちょっと入札の仕組みをつくって相談に乗ってやるだけのことではないか。わたしもコンサルティングの会社にいたことがあるが、その経験から考えれば、そんな巨額の費用がかかるはずがない。どんなに高く見積もったとしても、せいぜい数千万円どまりではないか。」

・・・僕もこのアドバイザリー契約は怪しい点が多いと思う。特に、「成功報酬の最低保証が6億円」というのは、「成功報酬は原則として売却額の1.4%という数字」(この数字だと、売却額123億円×1.4%=1.7億円が成功報酬となる)と全く矛盾しており、メリルリンチ日本証券への「寄付(利益移転)」を図った可能性が高いと感じる。

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かんぽの宿に関する慶応大学・岸博幸教授の主張について

2009/2/6付けの慶応大学・岸博幸教授の主張「「かんぽの宿」への政治対応はモラルハザードの塊」(ダイヤモンド・オンライン)を読んだとき、支離滅裂なところや矛盾が多いのでげんなりしてすぐ他のページに移ったままだったのだが、ちょうど、前の記事のコメントで似たような意見をもらったので思い出した。それで、今回、少し遅れたけど、この岸教授の主張の幾つかの点に関して、反論というかコメントを記しておきたい。

1 この岸教授の主張の2/3の後半に「政府の審議会全体に関わる問題」という小タイトルで、次のような文章がある。

「第二の問題は、オリックスの宮内会長が規制改革会議の議長だったことを以てオリックスの入札を否定するならば、政府のすべての審議会について同様の見地からメスを入れるべきではないか、ということです。

 そもそも規制改革会議は郵政民営化について検討していません。従って、その議長だった人間の会社が入札すべきでないというのは、ひどい言いがかりです。ただ、規制改革と郵政民営化のベクトルの方向性が同じなのは否定できませんので、規制改革会議が郵政民営化に関係したと見るかどうかは、価値判断の問題になると思います。そして、関係すると今の政権が判断するなら、同様の基準から政府のすべての審議会のメンバー構成などを洗い直し、問題を徹底的に排除すべきではないでしょうか。

 例えば、厚生労働省の審議会である中医協(中央社会保険医療協議会)は、診療報酬の改訂や薬価の算定方式などを決めていますが、そのメンバーには日本医師会や日本歯科医師会など直接の利害関係者がたくさん入っています。他にもこうしたひどい事例は山ほどあります。」

・上記の文章の中の「そもそも規制改革会議は郵政民営化について検討していません。従って、その議長だった人間の会社が入札すべきでないというのは、ひどい言いがかりです。ただ、規制改革と郵政民営化のベクトルの方向性が同じなのは否定できませんので、規制改革会議が郵政民営化に関係したと見るかどうかは、価値判断の問題になると思います。」という部分について。

・・・「ひどい言いがかり」とは「合理的理由のない文句・いちゃもん」というような意味だろうが、「規制改革会議の議長だった人は入札すべきでない」というのは、「出来レースになりやすいから(関係者が入札するのは避けるべきだ)」という合理的理由に基づいた一つの「価値判断・主張・見識」であり、「ひどい言いがかり」とは言えない。

・・・また、「ただ、規制改革と郵政民営化のベクトルの方向性が同じなのは否定できませんので、規制改革会議が郵政民営化に関係したと見るかどうかは、価値判断の問題になると思います。」とあるが、規制改革会議が郵政民営化に関係した(と見る)かどうかは、事実認定の問題であって価値判断の問題ではない。

・・・ここで、岸教授は、「ひどい言いがかりです」という結論の理由として、「そもそも規制改革会議は郵政民営化について検討していません。(従って、)」という「事実認定」を挙げている。しかし、岸教授は、その直後に、「ただ、規制改革と郵政民営化のベクトルの方向性が同じなのは否定できませんので、規制改革会議が郵政民営化に関係したと見るかどうかは、価値判断の問題になると思います」として「規制改革会議が郵政民営化に関係したと見るかどうかの事実認定」ははっきりしませんというようなことも書いている。

つまり、ここで、岸教授は、まず(1)「規制改革会議が郵政民営化に関係したと見るかどうかの事実認定」についてNoという立場を前提として、「ひどい言いがかりです!」と言いながら、その直後に、(2)ただ、「規制改革会議が郵政民営化に関係したと見るかどうかの事実認定」についてYesかNoかは、「価値判断の問題になると思います」という表現で、事実認定ははっきりしていないと書いている。しかし、これは、議論の順序が全く逆転している。まともな議論の仕方では、まず事実認定を議論し、次に価値判断・結論を述べるという順序でやる必要があるのに、その順序が逆になっている。

つまり、まともな議論の仕方としては、(1)「規制改革会議が郵政民営化に関係したと見るかどうかの事実認定」の問題は、はっきりしていない、(2)ただ、もし「規制改革会議が郵政民営化に関係したと見るかどうかの事実認定」についてNoという立場が正しいと仮定すれば、「ひどい言いがかりです」という順序になるべきだろう。それなら少しは分かるのだが。

・上記の文章の「・・・と見るかどうかは、価値判断の問題になると思います。そして、関係すると今の政権が判断するなら、同様の基準から政府のすべての審議会のメンバー構成などを洗い直し、問題を徹底的に排除すべきではないでしょうか。 例えば、厚生労働省の審議会である中医協(中央社会保険医療協議会)は、診療報酬の改訂や薬価の算定方式などを決めていますが、そのメンバーには日本医師会や日本歯科医師会など直接の利害関係者がたくさん入っています。他にもこうしたひどい事例は山ほどあります。」という部分について

・・・「規制改革会議などを通じて事実上郵政民営化に関係した人物が、出来レースでかんぽの宿を安値で購入するなど私腹を肥やそうとした」のが「ひどい事例」になるのは当然だが、「中医協(中央社会保険医療協議会)は、診療報酬の改訂や薬価の算定方式などを決めていますが、そのメンバーには日本医師会や日本歯科医師会など直接の利害関係者がたくさん入っています」というのが、なぜ「こうしたひどい事例」になるのだろうか? 

中医協(中央社会保険医療協議会)のメンバーには日本医師会や日本歯科医師会などの利害関係者がたくさん入っているとしても、「私腹を肥やそうとした」のでないなら、全く問題はない。医師会の代表などの利害関係者が中医協で自分たちの利害つまり医師グループの利害を主張したとしても、それは社会保険制度全体の中での医師の立場=「制度利益」(社会的利益、広い意味での公共の利益の一つ)を主張しているだけであり、自分だけの「個別利益」(個人的利益)を狙おう(=自分の私腹を肥やそう)としている訳ではない。この岸教授の主張は「制度利益」と「個別利益」を混同した議論に過ぎない。

2 この岸教授の主張の3/3の後半に次のような文章がある。

「鳩山総務大臣は権限を持っているのですから、疑念が晴れるまで徹底的に調査すれば良いと思います。ただ、調査が終わるまではメディアで喧伝することは控えるべきではないでしょうか。総選挙を見据えた部分もあるのでしょうが、今のやり方は日本郵政いじめ、オリックスいじめにしか映りません。何でも陰謀史観で考えたがる評論家もどきの人を興奮させるだけです。両社のレピュテーション・リスクに配慮できないのは、政治のモラルハザードです。」

・・・個人や企業の風評被害と報道・公表との関係をどのように考えるかについては、刑法の名誉毀損罪が参考になると思う。名誉毀損罪では、政治家や公務員などについては(通常の個人と異なって)ある程度の資料に基づいて報道などすることは公益性があるので違法ではないとしている。一般の個人や中小企業については、風評被害は十分に考慮すべきだろう。これに対して、政治家、公務員、大企業などのような、権力を持ち公益的性格を有している個人や団体については、むしろ世論に訴えてその問題点を世論に認識してもらい、国会での調査や検察の捜査に繋げていく方が望ましい。なぜなら、特に相手が権力者の場合、世論の後押しがなければ、検察といえども簡単には捜査に着手できないからだ。また、権力や公益的性格を有する個人や団体に関する情報は、なるべく一般の国民に知らされる必要がある(国民の知る権利=民主主義・国民主権の基礎)。

オリックスは私企業とは言え、大企業だ。しかも、宮内さんは規制改革会議議長=政府委員という公務員に準じる地位と権力を持っていた人物であり、オリックスはその宮内さんをトップとする大企業だから、通常の大企業と比べても、公益的性格は極めて大きい。日本郵政も政府が100%出資だから公益的性格は極めて大きい。したがって、オリックスや日本郵政に関しては「両社のレピュテーション・リスクに配慮」する必要性よりも両者の不透明な関係などの情報を公表する必要性の方がずっと大きいと思う。

だから、「調査が終わるまではメディアで喧伝することは控えるべき」という態度は取るべきではない。そのような態度は、権力や公益的性格を有している個人や団体に気兼ねして国会での追及や検察の捜索を遅らせるのと同じ結果になり妥当でないし、そういう態度こそ「政治のモラルハザード」に繋がるのではないだうろか。

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これからは農業・医療・教育が成長産業

早稲田大学教授の榊原英資さんが2009/3/1付け日経新聞で「人々の関心がモノからカラダと脳に移ってきている。これからの成長産業は、少なくとも先進国では製造業ではなく、農業・医療・教育などだろう。これは巨大な構造転換だ。日本で今まで規制が強く『社会主義』的だったこれらの分野を自由化して成長産業に育てていくこと」が大切だと述べていた。

第二次産業である製造業から医療・教育などの第三次産業へというのはずっと以前から言われていたが、第一次産業の農業というのは意外な感じがした。

だが、「科学技術」というように、現代の発明は、まず「科学」が道を開いて、その成果を人間のために応用するものとして「新しい技術=発明」が生まれるようになっている(近代以前では、「科学技術」は無く、科学よりも技術=発明の方がずっと先を走っていた。医療などは科学とは関係のない技術だけのものだった。例えば、中国4千年の歴史と言われる漢方薬や針灸の技術など。西欧中世の錬金術なども同じ)。

20世紀はアインシュタインなどが活躍した物理の時代だった。21世紀は、バイオの時代だといわれているし、脳科学の時代でもあるだろう。

だから、バイオ科学の成果を応用することにより、農業と医療の技術革新がなされて大きな産業になるのだろう。また、脳科学の成果を応用することにより、老人を含めた大人のための教育産業が大発展するのだろうと思う。

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2009年3月 2日 (月)

かんぽの宿での論点のずれ方

最近、郵政民営化の議論が盛んになっているように感じる(例えばここ「Chikirinの日記」)。

読んでると郵政民営化の問題を中心に論じているように見えるが、なぜ今、あえて、この問題を論じているのか。それは、おそらく、今「かんぽの宿」がすごく問題になっており、それが郵政民営化の見直しに繋がる可能性があるから、それはまずい、ということからだろう。

つまり、郵政民営化という大きな問題を論じているように見えながら、実は「かんぽの宿」の問題を論じている。というか、郵政民営化という大きな問題を論じて見せることにより、「かんぽの宿」の問題を極小化しようとしているように、僕には見える(見方は立場によって違うだろう)。

つまり、郵政民営化そのものが問題なのか、「かんぽの宿」が問題なのか、「かんぽの宿」を問題にすることが郵政民営化の見直しに繋がってしまうことが問題なのか(竹中さんなどは「かんぽの宿」の問題の背後には郵政民営化を阻止したい既存勢力による陰謀があるとも主張している)。

マスメディアやネットを見ていると、次の(A)と(B)の2つの立場に分かれている。

(A)「かんぽの宿での不正・不透明性」は極めて重要な問題だとする人たち。

(B)「かんぽの宿で不正がもしあれば調べればよいとしても、それは重要な問題ではなく、それよりも、この問題で郵政民営化が足踏みする方が極めて問題だ、今の経済状況はそれどころではない」という人たち。

(A)の人たちと(B)の人たちとでは、「何が重要か」について議論が全くかみ合っていない。特に(B)の人たちは、「かんぽの宿での不正・不透明性」に関する事実や証拠の問題に余り触れたがらない(それよりも、それをスルーして郵政民営化という大きな問題に話を持って行こうとする)傾向があるように思える。

(A)の人たちは、おそらく、経済的利益よりも正義・法治主義が大事だと考える人たちで、郵政民営化も大事かもしれないけど、「もし、かんぽの宿で不正や不透明性があったのなら徹底的に究明すべき」という論調だ。司法関係、政治家、主婦、中流・低所得層の人たちに、こういう価値観の人が多いのではないだろうか(例えばここ「日録(不定期)」)。

他方、(B)の人たちは、おそらく、経済的な損得に興味が深い人たちで、「かんぽの宿で不正や透明な取引があったかどうか」は皮相なことに過ぎない、もっと郵政民営化全体を早くやって今の経済状況を一刻も早く何とかしてくれ、という論調だ。僕の私見だが、金融関係や富裕層の人たちに、こういう価値観の人が多いような気がする。「新自由主義」(例えば池田信夫さん)の人たちもそうだろう。

僕は、「社会全体が経済的に得になる」のであれば少々の不正や不透明なことは眼をつぶっていいとは思わない。子供たちのためにも、日本がそういう倫理観を無くした社会になって欲しくない。経済的に恵まれなくても、正しいことを認める社会であって欲しいと思う。個人的な問題でも、経済的に損しても筋を通したいというタイプで、例えば会社の上司にゴマスリをして出世しようとは思わない性格だし、そういう価値観だ。

(B)の人たちは、日本が経済的に発展し裕福でいられさえすれば、少々の汚職があってもいい、倫理観の廃れた汚い社会でもいい、政治的自由も制限されてもいい、軍事政権でもいい、などと考えるのだろうか。まあ、どんな社会でも、「うまい汁」を吸える立場に食い込めればいいという人もいるだろう。

しかし、仮にそういう「うまい汁」を吸える立場に自分が入ったとしても、そういう社会では楽しくない(自分だけが「うまい汁」を吸っても楽しくない)と感じるのが(A)の立場の人たちだと思う。

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