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2009年3月29日 (日)

アンジェラ・アキの「手紙~拝啓 十五の君へ~」

一昨日(2009/3/27)、たまたま、テレビを付けてて、歌手のアンジェラ・アキさんが出てるなとパソコンやりながらチラチラ見てたNHKの番組。後でネットで見ると次のように紹介されている。

「今年、新しい卒業ソングとしてもっとも話題を集めることになったアンジェラ・アキの「手紙~拝啓 十五の君へ~」。
もともと、全国学校音楽コンクールの中学生の部 課題曲として書き下ろされたこの楽曲は、「合唱ドキュメンタリー」として、2回に渡って昨年5月、9月に放送され、記録的な大反響を呼びました。
そして、その完結編となる
「拝啓  旅立つ君へ~アンジェラ・アキと2000通の手紙」が前代未聞の75分拡大版特別番組として、3/27(金)19:30~20:42のゴールデンタイム(NHK総合)にてオンエア」

NHKには2000通の手紙が来たそうで、番組では、その中から選ばれた全国のいろんな地域にいる十数人の女子中学生が、手紙を読んだり話したりしていた。

この番組で、僕が印象に残ったのは、出てきた女子中学生(卒業前なので15歳くらい)のほとんどの人たち、というか7割以上が、「友人と一緒にはしゃいだりしている自分は、演技しているニセの自分で、本当の自分ではない、だから、友人がいても孤独感や違和感があって、もう限界で耐えられない」と泣いたりしていたことだ。僕がチラチラ見てたところでは、7割以上の子が、こういう、全く同じような悩みを吐き出していた。「自分がニセモノに乗っ取られて自分が自分でなくなってしまう恐怖」といった感じだろうか。

僕は、今の若い子の多くがこういう悩みを持っていることは意外に感じた。今の子たちは、もっと「器用」なのではないかと思っていたので、その「不器用さ」が新鮮に思えた。

友人の前で演技をしているということは、少なくとも外見だけはそれなりに友人関係でうまくやっている「世渡り上手」の方だろう(周りから孤立しているわけではない。中には孤立したりイジメられているという子も何人か番組に出ていたが)。それなのに、これは本当の自分ではないと苦しんでいる。

大人になるということは、そういう演技をしている自分に違和感を感じなくなることなのかな、と思った。つまり、それだけ、鈍感になることだ。演技を続けていると、そのうち、演技していても、演技かどうかも分からなくなる。そうなると、どれが本当の自分なのかも、分からなくなる。余り深く考えるのも止めようと思うようになる。まあ、それが、大人になるということだろう、少し寂しいけど。

学生時代に読んだ「罪と罰」(ドフトエフスキー)も、大きなテーマの一つがこの「エセ」「自己欺瞞」ということだったと自分で勝手に解釈した記憶がある。「エセ」とは「似非」で、「似て非なるもの」、つまり、「ニセモノの自分」だ。それに成るということが自己欺瞞だ。

自己欺瞞と「本音と建前」とは全く別だ。「本音そのものがニセモノになってしまうこと」、つまり「本当の自分がニセモノに侵食されて変質してしまうこと」が自己欺瞞なのだ。

「罪と罰」では(自分の記憶だけで確認はしていない)、主人公で学生のラスコーリニコフが経済的に困窮していて、田舎の妹が、金持ちのおじさんと結婚しようとして、兄にとっても自分にとってもこれが幸せなんだ、これが自分の本当に望んでることなんだと思い込もうとしてて、母親もそう思い込もうとしていた。ラスコーリニコフはそういう「ごまかし」が我慢できない。「自分を自分が裏切ってごまかすこと」が、たまらなく不潔で汚い感じがして、我慢できないのだ。

この自己欺瞞は、同じく学生時代に読んだ「日常生活の冒険」(大江健三郎)でもテーマになっていた。そこでは、主人公に対して、哲学者の青年が「(お前のように)自分の存在に逆らって生きていることが自己欺瞞なのさ」と言ったりしてた。

鈍感にならないで、自分をごまかせないままでいると自分を責めてしまったりして、辛いことが多い。鈍感になって、うまく演技をしてた方が生き易いということはある。だから、それはそれでいいと思う。しかし、他方で、鈍感にならないで「自分をごまかさない」でいることが、例えば発明したり、芸術やそれに限らず何かを表現しようとするときに、武器になってくれることもあると思う。

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コメント

寝たろうさん
こんにちは(いま3月30日10:20頃です)

きょうの記事に、おんなじ匂いを感じました・・・僕と(笑)
いつまでたっても大人にはなれないというか、
そんなんなら、ならないほうがマシと思ってる自分がいるって感じでしょうか。

PS)僕も知的財産検定2級を持ってるんですよ。
これからもよろしくお願いします。


投稿: xtc4241 | 2009年3月30日 (月) 10時27分

xtcさん、コメントありがとう。
世の中に自分と同じような感覚の人が居るというのは、嬉しいですね。
僕も、xtcさんのブログ、ちょくちょく見てますよ(たまにコメントも)。

投稿: 寝たろう | 2009年3月30日 (月) 11時26分

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