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2009年4月 4日 (土)

政治資金規正法の「目的」と「形式犯か実質犯」かの議論

以下は、2009/3/27のビデオニュース・ドットコム「検察は説明責任を果たしているか」の中の元検事の郷原信郎弁護士(桐蔭横浜大学法科大学院教授)と神保 哲生・ビデオニュース・ドットコム代表の発言の引用

「郷原: 政治資金規正法の規正は、「規制」ではなく「規正」だ政治資金を最初から悪と考えて抑制する法律ではない。日本の公共事業と政治の関係では、確かに問題のあるお金の流れがあったという現実はある。ただ、もともとの政治資金規正法の理念というのは、政治資金は国民の浄財として政治家に拠出される。それが、政治家を動かすひとつの糧になるという民主主義の考え方、アメリカの占領下で作られた法律だ。政治活動の中身と、どこの資金で賄われているのかを透明にして国民に開示することによって、国民の不断の監視と批判のもとにおく事を目的にしている
 ということは、最初から政治資金をめぐる癒着や腐敗を防止する」という法律ではない。政治腐敗防止法ではない。ここで検察は完全に読み間違いをしている。読み違えと言うより、意図的に歪曲して解釈している。
 
神保: 谷川次席検事は会見で、「政治資金規正法は政治資金をめぐる癒着や政治的腐敗を防止するため、収支の公開を通じて政治と金の問題を国民の不断の監視と批判の下に置くことを目的にしている。」と述べたと報道されているが、この部分は検察が話を作ってしまっているということか。

郷原: 政治資金規正法は、贈収賄とは全く考え方が違う。贈収賄は、公務員の職務を金で歪めたという話だ。それを明らかにできるのだったら、犯罪は全部を摘発できるとは限らないから、どれをつまみ食いしても良い。だから、検察には説明責任はないというのはその通りだ。
 しかし、政治資金規正法は透明化を求めているから、検察の捜査も透明でなければいけない。その意味では、検察の基本的考え方がこの会見で述べられた通りだとすると、検察こそが政治の世界の透明性や、検察の捜査に求められる透明性を完全に踏みにじってしまったというような解釈だ。」

この発言から考えると、政治資金規正法の「目的」をどう捉えるかが、政治資金規正法の「虚偽記載」の罪を形式犯と考えるか実質犯と考えるかと深く関係していると思う。

郷原弁護士は、政治資金規正法の目的について、政治腐敗防止ではなく、「政治活動の中身と、どこの資金で賄われているのかを透明にして国民に開示すること、要するに、政治資金そのものは悪ではない、政治資金の収支を透明化することが目的」だと捉えている。この立場からは、政治資金規正法の「虚偽記載」の罪は、政治資金の収支報告書の記載が正確に記載されないと政治資金の収支の透明化が実現できないことから定められたものであり、要するに「政治資金の収支報告書の記載が正確に記載されているかどうか」が問題なのだから、その違反は「形式犯」に過ぎないという解釈に結びつきやすい。

他方、検察は、上記の谷川次席検事の会見のように、政治資金規正法の目的について、政治資金をめぐる癒着や政治的腐敗を防止することが目的」だと捉えている。この立場からは、政治資金規正法違反の罪は「癒着や腐敗の無い政治秩序」を侵害又は危険にさらす「実質犯」である、よって、どのような行為があれば政治資金規正法の「虚偽記載」の罪が成立するのかについては形式的に判断することはできず、「癒着や政治的腐敗に結びつくような記載とはどのようなものか」を実質的に判断する必要があるという解釈に結びつきやすい。

政治資金規正法の立法過程では、上記の郷原弁護士の言われたような「目的」で立法されたのだろう(法律の起草・立法過程を調べたら直ぐに分かるだろう)。そして、少なくともごく最近までは、検察も、そして法務省も、郷原弁護士と同じ立場だった(法務省は今も同じ見解だと予想される)。

それが、検察は、この前の、小沢秘書を起訴したときの谷川次席検事の会見で、初めて、突如として、この罪は「実質犯だ」というような主張をし始めた。

何故このような「実質犯」だという主張を急に始めたのか?  それは、無理やりにでもそのような解釈の変更をしないと、今回起訴した小沢秘書が無罪になってしまうからだ。

つまり、検察としては、

①起訴した小沢秘書を、何としても「有罪」にする必要がある、

②そのためには、収支報告書に記載すべき「献金をした者」の解釈について、従来の解釈のように「資金を銀行から振り込んだ者」(西松建設の政治団体)ではなく、「背後で資金源となった者」(西松建設)を意味しており、「背後で資金源となった者」(西松建設)を記載しなかった場合は「虚偽記載」の罪になる、というように、従来の解釈を変更する必要がある、

③そのためには、「虚偽記載」の罪の性質について、実質的に判断して「背後で資金源となった者」を記載しなかった場合に成立するのだという解釈が取りやすくなるように、従来のように「形式犯」ではなく、「実質犯」なのだ、というように、解釈を変更する必要がある(※税務調査なんかでは、「実質課税」の原則から、契約書や法人の名義などの形式に拘ることなく背後の実質的な資金の流れに着目して課税されているが、これと同じように、「実質犯」だという解釈に立てば背後の実質に着目しやすくなると思われる)、

④そのためには、政治資金規正法の「目的」について、虚偽記載の罪を「実質犯」と解釈しやすくするように、従来のように「政治資金そのものは悪ではない、政治資金の収支を透明化することが目的」ではなく、政治資金をめぐる癒着や政治的腐敗を防止することが目的」なのだ、と捉える必要がある。

以上の「①→②→③→④という検察の裏側の意図」を逆にした「④→③→②→①という表側の論理の流れ」が、おそらく、これから始まる公判の冒頭陳述で示される「検察の法解釈」の骨格になるだろう、と予想される。

しかし、このような、起訴した被告を有罪にするために、急遽、従来の解釈を無理やり変更するというという方法は、罪刑法定主義の理念に反することになり、裁判官が認める可能性は極めて低いと思う(参考1参考2)。

それと、上記の記事で、印象に残った部分(郷原弁護士の発言)を少し引用する。

「・・・政治資金規正法では、政治団体の会計責任者が処罰された場合に、代表者について「選任および監督」の過失がある場合には罰金刑が科される。(中略)
政治資金規正法の規定は、「選任および監督」となっているため、(注:小沢代表に)選任と監督の両方に過失が無ければ罰金刑も取れないし、失職もさせられない。(中略)

私も長崎自民党県連事件を調べている時に、この条文を目を皿のようにして見て、この「選任および監督」が「および」でなければ良かったのにと思った。選任の上の過失は問えないので、監督だけではいけないかと思ったことがある。法務省の刑事局に確かめていろいろと議論をしたが、ダミーを会計責任者に据えることを防止するための規定だからと言われ、納得した。そこまで検討をした経験のない人は、よく間違える。」

このように、政治資金を受ける団体の代表者の責任について、会計責任者の「選任および監督」についての責任だとしたのは、特に「選任についての責任」が必要だとしたのは、「ダミーを会計責任者に据えることを防止すること」を目的として定められたものだからだ(「政治腐敗の防止」を目的として定められたのではない)、という当時の法務省の刑事局の見解は、政治資金規正法の全体が「政治腐敗の防止」ではなく「政治資金の透明化を図ること」を目的とするもの(政治資金そのものを悪と見ていない)であり、その違反は「形式犯」にすぎないということを強く示すものだと思う。

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コメント

telephone日教組や朝鮮総連系の議員がいる民主党の小沢一郎は、政治資金規正法の強化を主張しているが、その網を抜ける術を編み出してきたのも小沢一郎である。

投稿: 小沢一郎の集金術 | 2009年4月11日 (土) 09時37分

はじめまして♪内容がとても詳しいので関心しました。記事に一部転載させてもらいました。TBおくったのですがうまくいかないようで・・・

投稿: あずーる | 2010年1月17日 (日) 01時34分

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