« 民主党の第三者委員会での岩井・日大教授との議論を聞いて | トップページ | 韓国の検察による国策捜査?への報道姿勢と日本の検察への報道姿勢との違い »

2009年5月 4日 (月)

ETCによる割引制度は不当(合理的理由のない差別)だとする訴訟は正論だろう

痛いニュース経由だけど、埼玉県の67歳男性が、国と東日本高速道路を相手取り「ETCがないことを理由に不当に料金を徴収された」として、1000円超の料金の返還などを求める訴訟を東京地裁に起こした、そうだ。

この裁判に対して、2chでは、なんて情弱のじいさんなんだとか、ただのクレーマーだろうとか、正規の料金は従来のままでETCを付けた車なら割引きしますよという割引システムにケチつけてもダメだろとかの意見が圧倒的のようだ。

しかし、「ETCを付けた車への割引制度です」というのは、マスコミを通じたNEXCOのアナウンスに過ぎないから、それを疑っている人が情報弱者で疑ってない人が情報弱者ではないというのは逆ではないだろうか?

僕は、この男性の主張は極めてまともだと思ったので、以下に僕の意見を書いておきたい。

1.  この「割引き制度」では、例えば3千円が1千円になっているが、これは「割引き」というより「過大な値引き」だろう。割引きクーポンを持っていけば3千円が2,500円になるというなら「割引き」だろうが、3千円が1千円になるのを「ただの割引き」と呼ぶのは言葉として妥当でない。

2.  憲法13条の「法の下の平等」は民間企業にも適用される(例えば採用や昇給で合理的理由の無い差別は禁止されている)。まして、NEXCOは政府の監督が及ぶ公益的性格を有する企業だから、「合理的理由のない差別」が許されないという要請は、官庁並みに高いはずだ。

3.  ETCは原則としてクレジットカードが必要だから、フリーターや老人など事実上利用できない人も少なくない。

4. ETCを設置した車でないと、割引き料金の計算や徴収が面倒だ、だから差別だとしても「合理的な理由」がある、という意見もある。しかし、ETCの無い車には1,100~1,500円くらいの定額を現金の手渡しで徴収する(出るときか入るとき)という方法も可能なはずだ。現金を受け取る人の人件費や事務処理費用を考えても、ETCの車より少し高くすれば十分可能だろう。このように、ETCの有る無しで数百円程度の差別をするだけなら、「合理的理由のある差別」として問題はないだろうが、今回のように数千円もの差別をするだけの合理的理由はない。

5.  ETCを設置した人(車)だけに割引きするのはETCを購入させるインセンティブのためでETC普及という公益のためだから、差別だとしても「合理的な理由」がある、という意見もある。しかし、ETCを普及させるという目的の公益性がそこまであるのだろうか? 今後、民主党政権になって高速道路無料化になればETCは原則不要になる可能性もある。今回のETCの騒ぎで儲かったのはメーカーと小売業者だけで特に公益的なプラスはない。今回の割引き制度の背後にはETC利権があると雑誌などで書かれている(天下り法人の(財)道路システム高度化推進機構には、ETCが一個付けられる毎に620円が入ってくるらしい)が、そのような背後の利権まで考えると公益性には大きな疑問がある。

6.  要するに、「差別」や「格差」は事実としてたくさんあるのだが、それが「合理的理由」に基づくものかどうかが問題なのだ。例えば、JRの定期の学割も、学生でない人からみたら差別になるが、これは「合理的理由」がある差別だから、問題はない。

以上の1-6から考えると、今回のETCを設置した車・人に対してのみ「過大な値引き」をしてそうでない人には全く値引きしないというように、ETCの有る無しで「数千円もの料金格差」を与える扱いは、「合理的理由のない差別」に該当する可能性が高いと思う。裁判所がどういう判断をするのか、楽しみだ。

|

« 民主党の第三者委員会での岩井・日大教授との議論を聞いて | トップページ | 韓国の検察による国策捜査?への報道姿勢と日本の検察への報道姿勢との違い »

雑談(政治関係)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/510700/44895767

この記事へのトラックバック一覧です: ETCによる割引制度は不当(合理的理由のない差別)だとする訴訟は正論だろう:

« 民主党の第三者委員会での岩井・日大教授との議論を聞いて | トップページ | 韓国の検察による国策捜査?への報道姿勢と日本の検察への報道姿勢との違い »