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2009年8月20日 (木)

新自由主義者たちの退場に花束を

竹中平蔵と同じような主張を繰り返している池田信夫さんのブログを見てると、新自由主義者たちの発想が良く分かる。

新自由主義者たちは、「全体のパイを増やすための成長戦略と構造改革」にしか興味がなく、「庶民の生活」や「所得の再分配」にはほとんど関心を持っていないようだ。

「富裕層や大企業に有利な方向に制度を改革すれば、経済が成長して、全体のパイが増えて、富裕層はより肥え太って格差が拡大するなどの歪みは生じるとしても、経済成長のおこぼれは下層階級にも及ぶから、下層階級を含めて皆が満足するはずだ、だから、何よりもパイを増やす成長戦略とその基礎となる規制緩和などの構造改革が必要だ」、こう表現すると極めて単純な内容に見えてしまうけど、でも、これが新自由主義者たちの発想の全てだ(私見)。

でも、これって、かつての「昭和の高度成長政策」の発想と同じだよね。

違うのは、高度成長のための戦略を、税制改革や労働法制の規制緩和など、より緻密にしたことくらいで、根本的な発想は同じだ。

確かに、竹中がやった構造改革で、うまく経済成長できてパイが増えて、下層階級に少しでも「おこぼれ」が及んでいたら、今のような激しい批判はなかったかもしれない。

経済が成長し続けさえすれば、仕事は幾らでもあるし時給も上がるので、非正規雇用の人たちは、そこそこの所得を得ながら、正規雇用者のような窮屈さとは無縁の自由で気ままな生活を送れて、それなりに満足できたのかもしれない。

でも、現実は、日本の経済は昨年から停滞し、非正規雇用者の首切りとそれに伴うホームレス化や日本社会の分断など、構造改革による格差拡大の歪みが社会で極大化してしまった。結局、下層階級への「おこぼれ」は全く無かった。

なお、竹中などは、米国のサププライムローン破綻がなければ今でもうまく行っていたはずだと主張するかもしれない。しかし、それは違う。なぜなら、そもそもサブプライムローンは新自由主義から出てきたもので、昨年からの経済停滞は新自由主義の政策を実行する中で必然的に生まれたものだからだ。

今回の総選挙では、経済の低成長・現状維持を前提として、その中での「国民の生活」、「所得の(金持ちなどから下層階級や子育て世帯への)再分配」、そのための「予算の優先順位の組み替え」などがテーマになっている。

昨年の中頃までは、僕も、正直、池田さんのブログを見て、こういうのが新しい考え方なのかなと思っていた(経済はド素人なので)。でも、最近、池田さんのブログを見ても、内容的に、どうも魅力を感じない、古臭く感じる。

新自由主義者たちが退場していく理由も、つまり、そういうことなのだろう。

※公職選挙法とブログの関係、よく分からなかったが、山崎元さんのブログによると「公示後はさらに制限が厳しくなる。先ず、特定候補者の氏名をウエブサイトに記載することは、それ自体、公職選挙法146条に反することになるようだ。特定政党であっても、同様らしい。」ということのようだ。

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