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2009年10月31日 (土)

JALは破産処理しかないのでは?

2009/10/28付け毎日新聞よりJAL再建問題の記事を引用。

・・・だが、現段階ではOBは引き下げに反発しており、もし同意が取り付けられなければ、事態の深刻さは増す。企業年金は賃金の後払いの性格があるため、受給権は強力に保護されている。法的整理の場合も、強制的に減額が可能なのは破産だけで、民事再生法や会社更生法では減額されない可能性が高い。また、企業年金の解散は、確定給付型に移行した日航では事実上困難。こうした事情から、政府内の一部には年金受給額を強制減額する特別立法を模索する動きもあるが、財産権の侵害になりかねないため慎重論が強い。 一方で、日航再建のために公的資金投入を判断する財務省と、債権放棄やつなぎ融資を求められる銀行団は、年金削減への圧力を強めている。藤井裕久財務相は「世間の良識ある方に答えられることをしなければだめだ」と語り、ある取引銀行幹部も「税金を年金支給に充ててはいけない」とする。日航を所管する前原国交相は難しい判断を迫られることになる。」(太字は当ブログによる)

まず、上の記事で政府の一部が検討しているという「年金受給額を強制減額する特別立法」は、上の記事にあるように、財産権を侵害する憲法違反の法律を作ることになるので、無理だろう。

そして、日航OBの年金減額が公的資金投入の前提だというのなら、また、上の記事の「企業年金は賃金の後払いの性格があるため、受給権は強力に保護されている。法的整理の場合も、強制的に減額が可能なのは破産だけで、民事再生法や会社更生法では減額されない可能性が高い」というのが本当ならば、破産処理しか無いというのが論理的な帰結だろう。

JALを破産処理しても、特に問題はないと思う(そもそもJALは今の時点で実質2,500億円の債務超過だとされている)。破産処理したくない人たちは、今までの経緯からのしがらみや責任逃れなどの思惑があるのではないだろうか。

前原大臣は、「飛行機が飛ばなくなったら大変だ」と言って法的整理はできないと言っているようだ。しかし、僕は破産法制は詳しくないけども、破産処理しても、飛行機を飛ばすことはできるはずだ。

まず、破産すれば、裁判所の監督の下、そのときの破産財産でそれまでの債権の全てを清算することになるから、銀行などが持つ債権もその破産財産から配分された範囲内で清算されるし、企業OBの年金もその破産財産から年金のために配分された範囲内で清算される(実際には、破産財産から年金のために配分された分を財団法人か何かに移して長期的に運用することになるのではないだろうか)。

破産・清算になれば、JALの法人格そのものが無くなる(消滅する)から、企業OBとの年金の契約や従業員との雇用契約はパーになるし、株券もパー、貯めてたマイルもパーだ(マイルだけは、後の新生JALが営業政策から事実上引き継ぐことも?)。

一方、これと並行して、新生のJALという新しい法人を設立し(資本金は政府やその他民間企業が出資)、破産した法人(前のJAL)の破産管財人または清算人から飛行機などの機材やJALの商標などを時価で購入し、失職した従業員たちと新たな雇用契約を結んで雇用し、各地の飛行場と新たな使用契約を結ぶなどすれば、飛行機を飛ばすことができる。

その間の数日間くらい、事務手続などの問題で飛行機が飛ばなくなることもあるかもしれないが、もしそうなっても、それくらいは止むを得ないだろう。新生JALならば、前のJALのOBやその年金問題とはもはや一切関係なくなるので、公的資金投入の前提が整うということだ。

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2009年10月23日 (金)

個人発明家にとって補償金請求権の警告はかなり有効と思う

特許法65条に補償金請求権の規定がある。

補償金請求権とは、まだ出願中だがもし特許になればその侵害となるだろうと思われる製品を実施(製造販売)している相手方企業に対して、出願中(公開公報の発行後に限る)でも「私はこういう発明(公開公報の番号を記載)を出願しており、特許になった後は権利行使しますよ」という旨の警告書を出しておけば、後に特許になったときに、特許後の実施(=侵害)だけでなく、出願中の警告後の実施(まだ権利化されてなかったから侵害ではない、その意味で適法な実施)に対しても、少なくともライセンス料相当額(補償金)の支払いを請求できる、という権利だ。

企業が出願している場合は、余り利用しようと思わないかもしれない。なぜなら、企業としては、特許を主として差止めのために使いたいと思っているだろうし、損害を得たいとしても逸失利益(もし侵害がなければこちらが得られたであろう、失われた利益)という大きな額の損害を狙いたいと思うだろうから。

しかし、個人発明家にとっては、差止めは特に重要ではない。また、どうせ、特許後の侵害についても原則としてライセンス料相当額の低い金額(補償金とほぼ同じ金額ということはないだろうが・・・特許後の方が高い金額となる可能性はある)を損害とするしかない。だから、個人発明家にとっては、出願中に補償金請求権の警告書を内容証明で出しておくことはかなり有効と思う(インターネットを使うe-内容証明で送るようにすれば1ページ当たりに詰め込む文字数を多くできるので費用も安くできる)。

この警告をやっておけば、特許の取得を早くしなければと焦る必要がないというメリットがある。これはすごく大きい。

なお警告したことによるデメリットはあるだろうか。例えば、警告を受けた企業が自分で調査して特許庁に拒絶とすべき資料を情報提供する可能性はある。しかし、それは問題ないというか、むしろ望ましいと思う。無効理由のある特許を手にしても意味がない、それどころか、その特許を得たことに喜んで(無効理由があることを知らないで)特許侵害訴訟をしても負けてしまって多額の訴訟費用を出しただけという最悪の結果になってしまうだけだからだ(中小企業の場合は不完全な審査による無効理由のある特許でも、会社の広告宣伝に使えるというプラスはあるだろうが、事業をしていないただの個人にはそれはない)。

なお、この警告書は、もしそういう相手が居ればだが、出願公開後のなるべく早い時期に送っておく方がよいと思う。なぜなら、一般に出願中には何回か補正が行われ、補正をしていくに従って特許請求の範囲はだんだん狭くなっていくが、そういう減縮の補正をするときは改めていちいち警告をやり直す必要はないというのが判例であり、そうだとすれば、どうせ警告をするのなら、特許請求の範囲が広いままの(減縮補正する前の)早めの段階で警告を発していた方がよいと言えるからだ。

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2009年10月22日 (木)

高相被告にウソの供述を「指示」した酒井被告の代理人弁護士の罪は?

高相被告、”ウソ供述”していた!」という記事(以下に一部引用)。

女優・酒井法子被告の夫で、覚せい剤取締法違反(所持・使用)の罪に問われた自称プロサーファー、高相祐一被告(41)の初公判が21日、東京地裁で開かれた。起訴内容は大筋で認めたが、使用場所を公園から自宅とこれまでの供述と一転。「酒井被告の覚せい剤使用を隠すためだった」と妻をかばうために、うその供述をしたことを明かした。(中略)

高相被告が捜査段階での供述でうそをつき、酒井被告の覚せい剤使用を“隠ぺい工作”していた。(中略)

高相被告は起訴事実をおおむね認めたが、裁判官から「公園の公衆便所で吸引した」ことを確認されると「トイレでは使用していません。自宅で吸引しました」と否認した。取り調べでの供述を一転させた理由に「当初は法子の逮捕前だったので隠そうと…」とポツリ。自宅での使用を認めることで、酒井被告と薬物が結びつくことを恐れたことを明かした。(中略)

さらに酒井被告の代理人で、当時、高相被告の弁護人でもあった榊枝真一弁護士からも「(自宅は)まずいから公園で使ったことにして」と指示されたという。供述を覆したのは、現在の弁護人に正直に話すように諭されたためで「(酒井被告を)かばう必要がなくなった?」と尋ねられるとうなずいた。

上記のように、「酒井被告の代理人で、当時、高相被告の弁護人でもあった榊枝真一弁護士からも「(自宅は)まずいから公園で使ったことにして」と指示されたという。」というのが事実なら、この弁護士は、何かの罪になるんだろうか?

もし高相被告が後の酒井被告の裁判で「ウソの供述」と同じ内容の「ウソの証言」を証人としてしてくれれば、つまり、自分の事件での「被告人」としてなく、他人である酒井被告の事件での「証人」として、ウソの証言をしてくれれば、この弁護士は「偽証罪の教唆」で逮捕できたろうにと思うが、高相被告はウソの「証言」はしてないし、既に自分の事件の裁判で本当のことをしゃべってしまったので、この可能性は無くなった。残念^^ (※一部訂正しました)

 ※追記ですが、この弁護士の行為については、「偽証罪の教唆の未遂」も考えられるが、「正犯が犯罪の実行に着手しなければ共犯は成立しない」という実行従属性の原則(共犯従属性説=判例通説)から、これも難しいようだ。

他方、証拠隠滅罪は、証人についてはその物理的な妨害に限るらしいので、「ウソの供述の指示」は証拠隠滅罪には該当しないようだ。

となると、無罪ということだろうか? それは納得できないが、よく分からない。(※弁護士会への懲戒請求などはできるだろう)

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2009年10月18日 (日)

検察から政治資金規正法違反の捜査権限を奪う方策?

昨日(2009/10/17)付けの朝日新聞に出ていたが、民主党の小沢幹事長が公職選挙法の改正に関連して、「欧米諸国の独立型選挙委員会をモデルとする日本版選挙委員会」を検討しているようだ(参考)。

英国と米国では、政府から独立した「選挙委員会」が準司法機関として選挙運動の監視や政治資金の情報公開を行っているようだ。

もし、この独立委員会に、公職選挙法違反の監視(捜査)権限だけでなく、政治資金規正法違反の監視(捜査)権限をも持たせるようにすれば、検察は、時の政権の意思を忖度して総選挙前に野党党首を国策捜査で失脚させるなどの行動が採れなくなる。

まぁ、小沢幹事長がここまで考えているのかどうか分からないが、もしこの独立委員会にこのような監視(捜査)権限まで持たせるようにすれば、「法務省所属の検察庁の組織改革」をしなくても、検察から政治資金規正法違反の捜査権限を引き剥がすことができる訳で、これはかなりうまい手ではないかと思った。

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2009年10月13日 (火)

朝日新聞などマスコミの内部でも政権交代?

僕は朝日新聞を取っているのだが、最近、僕だけかもしれないが、政治欄で、星浩の記事が少なくなったと感じる。

その代わり、政治欄では、薬師寺克行とか、その他、今まで余り知らなかった名前の人の記事が多い。

おそらく、星浩とかは、今年5月に麻生太郎と会食したりしていたように、自民党と太いパイプを持っていたが、自民の野党転落でその価値が無くなった。だから、出番が少なくなったのでは?  2~3日前(2009/10/10)の朝日新聞では、僕としては久しぶりという感じで星浩の記事を見たが、それは、死亡した自民党の中川昭一・元財務相の関係の記事だった!?

まぁ、そういうことで、おそらく、朝日新聞を初めとしてマスコミの内部でも政権交代が既に始まっているのだろう。だから、星浩などは、総選挙前に、あれだけ、民主党を攻撃して自民党を支援していたのだろう。

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2009年10月12日 (月)

自民党が見えていないもの

昨日(2009/10/11)の朝日新聞で、ザ・アールの奥谷禮子が、自民党について、「この半世紀、ほとんどの政権を担ってきた自民党は慢心の病にかかっている。症状は、時代の空気がまったく読めない。グローバル化が進み、中国やインドなどが台頭する激しい競争の時代に・・・」(太字は当ブログによる)と書いて、自民党は安倍内閣から止まった小泉竹中改革路線に戻って小さな政府を目指せ、と論を展開していた。

奥谷さんが「自民党が見えなくなった時代の空気」というのは、要するに、グローバル化での競争激化の状況のことで、それが見えていないから、自民は大敗し病の中にある、というのが奥谷さんの見立てだ。

しかし、グローバル化での競争激化は、経団連と二人三脚の自民党には、よく見えていたばすだ。

だから、自民党が見えていなかったのは、「時代の空気」ではなく、小泉改革で疲弊した「国民の生活と国民の気持ち」だろう。もちろん、奥谷さんなど、新自由主義者にも見えていない。

もっとも、リベラルの民主党への対抗軸としては、小さな政府、新自由主義はまだ有効だろう。しばらくは無理でも、10年後くらいには、また出番がやってくるのでは。それまでに、自民党は、今回の小泉改革の弊害の反省を踏まえて、新自由主義とその弊害を無くすための政策をトータルで練っておけばよいのでは。

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2009年10月 9日 (金)

マスコミ報道に電通の影

メルマガの「大前研一 ニュースの視点」に、マスコミ報道の歪みには電通の影があるという指摘があった。以下に一部引用。

▼ 正しい情勢認識をすれば、最初から東京はなかった
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結果論としてリオデジャネイロには勝てなかったけれど東京も頑張った、というのが日本のマスコミの論調ですが、私はこの意見に賛同できません。

100億円以上の税金を無駄にしたという批判以上に、築地・勝どき・晴海といった東京都にとって重要な土地をオリンピック用地という理由で今まで有効活用できない状態にしておいたことが罪深いことだと思うからです。

に言わせれば、そもそも立候補すること事態、今の東京都の立場からすれば優先順位が違います。オリンピックのようなイベントで一時的に盛り上げるのではなく、日々「人・企業・情報」が集まってくるような、毎日を活性化するような街づくりを考えることが、今の東京に必要なことだからです。(中略)

このような状況で、なぜ東京にとって重要な土地を無駄にしたという事実をマスコミが糾弾しないのか? 私は非常に残念です。おそらく殆どのマスコミは電通への配慮から、表立ってオリンピック招致への反対意見を述べにくいのだと思います。電波に大きな影響力を持つ電通とあらゆる利権構造が背景に見え隠れしているからです。

現代は、間違った圧力のかかった情報にまみれています。今回の件について言えば、最初から東京には勝ち目は殆どなく、「期待できる」などと言うべきではなかったと思います。

日々私たちが接する情報、特にテレビから発信される情報には注意するべきです。それらを鵜呑みにすることなく、正しい情報と状況認識ができるように心がけてもらいたいと思います。

これは、総選挙前にしばしば指摘されていたことだ。

自公政権は、政府広報のCMを民放に値切らない正規の値段で発注するという大スポンサーだった。これに対して、民主党は無駄遣い防止でCMを出さないだろうから、もし政権交代が起きると、民放や新聞は何億か何十億の損失と言われていた。このことだけからみても、民放が政権交代を阻止したがってたことが窺える。

マスコミの論調には常にその裏を考えることが必要なのだろう。

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2009年10月 5日 (月)

知財で有名な三村量一・元判事が弁護士に転進

知財で有名な三村量一・元判事が、最近、裁判所を退官して弁護士に転進されたらしい(2ヶ月くらい前、大手の長崎・大野・常松法律事務所に所属されたらしい)。

三村量一・元判事は知財では有名な判事で、特許判例百選にも収録されている「磁気リーダー事件」を初めとして、「電着画像事件」やその他の多くの有名な知財関係の判決書を書いて、知財関係では、最も将来を嘱望されていた人だった。判決だけでなく、いろんな場で、積極的に、ズバズバと歯切れの良い発言をされていた。そういう点では、良い意味で裁判官らしくない人だった。

それが、2004年の青色発光ダイオード職務発明事件の第一審(東京地裁)で、日亜化学に対して中村修二さんに200億円の対価を支払うよう命じる判決(2004年1月30日判決)を出した直後から、三村さんの判決をほとんど見なくなったような気がした(僕だけかもしれないが。※追記: 後で確認したら、2007年頃の知財高裁の審決取消訴訟の判決などでは三村さんの名前は何件かは出てくるようだ。しかし、三村さんの真骨頂は特許侵害訴訟であり、2004年の職務発明訴訟以降での三村さんによる侵害訴訟の有名な判決は、僕だけかもしれないが、見たことがない)。

当時は小泉政権の最盛期で、自民党と経団連が最も蜜月関係にあった時期だ。その頃に、職務発明の対価として200億円という経団連が腰を抜かすような判決が出たものだから、当時、経団連の幹部連中は、目を剥いてこの判決を非難・攻撃していた。

これらの経団連や自民党などからの暗黙の圧力が当時かなりあったのではという気がするのだが、まぁこれは僕の勝手な推測に過ぎないのかもしれない(一部訂正しました)。

要するに、まぁ何が言いたいかというと、司法部門に属する裁判所の事務方の官僚は、行政部門(法務省)に属する検察官僚と共に、行政改革の中では最後まで残る抵抗勢力となるだろう、ということだ。この辺の記事を、天木直人さんのブログで見たので、三村・元判事のことを思い出したのだ。

天木直人さんのブログより一部引用。

官僚支配の最後の砦、最高裁事務総局を改革せよ
  
 発売中の週刊プレーボーイ10月12号に、「日本の司法をダメにする最高裁事務総局の正体」という連載記事を見つけた。

 これは衝撃的な告発記事だ。

 さぞかし最高裁判所の司法官僚たちは今頃腰を抜かしてこの記事を回し読みしていることだろう。

 全国に約3500人存在する裁判官たちの多くは、よくぞ書いてくれたと心のなかで喝采を送ってこの記事を読んでいるに違いない。

 日本という国がここまで悪くなったのは、「もの言えば唇寒し」という風潮がいつのまにかどんどんと蔓延して しまった事にあると思う。

 保身や出世のために、おかしいことや不正な事を、皆があえて口に出さなくなったためであると思う。

(中略)

 官僚組織はどこの省庁も等しく反国民的なってしまった。しかしその中でも裁判所は正義を実現する最後のよりどころ であるがゆえに、その司法官僚組織が反国民的であればこの世はおしまいだ。

 しかし現実は司法もまた反国民的になっている。

 本来は「正義」と「法の支配」を唯一の判断基準として判決を下すべき裁判官が、保身や出世のために判決を 捻じ曲げざるを得ないのが現実だ。

 そのように、裁判官の良心を捻じ曲げるような仕組みが、この国の官僚司法組織のトップによって作られているの。

 それを告発したのが週刊プレーボーイの記事である。

 裁判官は権力に不利な判決を書くと地方転勤させられる。昇給がストップさせられる。

 おかしいじゃないか!憲法を守ろうとして国の政策の違憲性を判決しようとする裁判官が、左遷を覚悟で、あるいは 辞表を懐に入れて判決を下さざるを得ないなんて。

 最高裁の顔色をうかがうばかりの「ヒラメ裁判官」が日本の裁判所を覆ってしまうなんて。

 いまこそ鳩山民主党政権は、官僚支配の最後の砦である 最高裁事務総局という名の司法官僚たちを粉砕しなければならない。

 この週刊プレーボーイの記事がそのきっかけになる事を私は期待する。」(太字は当ブログによる)

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2009年10月 3日 (土)

裁判員制度と民主主義と自由主義

東京新聞の2009/9/21付け記事より引用。

でも、問いたい。刑事裁判を、行政の官僚主導と同じ文脈で語ってよいのか、本当に裁判は民主的であるべきなのか。従来の裁判は、多数意見が優先される民主主義でなく、自由主義的であるがゆえに「あいつはクロ(シロ)」という世論の大合唱を無視して無罪(有罪)判決を出せる。国民が裁判権を握るべきは、刑事裁判でなく、行政責任を問う裁判の方だ。

上記は、落合洋司・元検事のブログの記事で知った。

確かに、裁判は民主主義の多数決の横暴に対する「個人の最後の砦」という役割がある。その裁判が「民主主義」(=多数の裁判員)に支配されるのは問題といえば問題だろう。

だから、この記事が言っているように、刑事裁判だけでなく行政訴訟にこそ、裁判員制度を導入すべきだろう。また、官僚である検察にこそ、裁判員制度のような民主主義的制度を貫徹すべきだろう(今も検察審査会があるが、これをもっと拡充すべだろう)。

裁判の話に戻るけど、裁判に民主主義的要素を導入すること(=裁判員制度)は、今までの日本からみると確かに必要だったと思う。

裁判員制度の参考とされた米国の「陪審制」は、歴史的には、「権力の濫用に対する防御壁(不正なあるいは熱心すぎる検察官や、検察官に迎合的なあるいは偏った裁判官に対する防御壁)」として位置付けられていた(ウィキペディアより)。

つまり、民主主義の理念は「人民の、人民による、人民のための統治」というものだが、この中の「人民による」という部分は、「自分たちのことは自分たち自身(自分たちの代表である議員を含む)で決めるべきだ、たとえその決定内容がレベルの低いものになるとしても、またその結果が失敗に終わってしまうようなものになるとしても、『自分たち又は自分たちの代表』ではない者(=官僚や職業裁判官)に決めてもらうよりはましだ」という考え方を示している。そして、この考え方を司法にも貫徹したのが米国の陪審制だった。

これに対して、今までの日本の司法制度は、「自分たちのことを、自分たちの代表ではない(選挙で選んだのではない)職業裁判官に決めてもらう、自分たちが決めるよりも、司法試験に合格した優秀な職業裁判官や官僚(=お上)に任せた方が、より内容が高度で正しい決定をしてもらえる」という考え方に基づくものであり、上記の「人民による統治」とは逆の考え方に基づくものだった。

だから、今回の裁判員制度の導入は、裁判についても「人民による統治」という民主主義の理念を貫通させるもので、とても意義があると思う。

だから、要は、その「多数決の横暴」の面を持つ民主主義的要素(裁判員制度)と自由主義(少数者である個人の自由や人権の救済)との兼ね合いだと思う。その点からは、今の裁判員の数は多すぎるので、これを職業裁判官の数と同じくらいにする方がよいのかも。

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