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2010年2月28日 (日)

医療過誤訴訟で患者側に立ってくれる数少ない医師

今日のサンプロに、金沢大学病院の打出喜義医師(産婦人科?)が出ていた。

医療過誤訴訟で、患者側の鑑定医師として意見書を出したり証言してくれる、日本でも数少ない医師の1人らしい。

打出喜義医師ご自身も、今も勤務している金沢大学の教授や医師などを偽証や文書偽造で告発したり、大学を内部告発したりして、大学病院と戦い、大学病院内で孤立しているらしい。教授から退職勧告されて、大学にパワハラの審査の申立てもしたらしい。

もし何か医療過誤訴訟をすることになったら、この医師に頼むようにしよう。

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2010年2月20日 (土)

検察審査会が「起訴相当」の議決を出す場合とは

前回のエントリではいろいろな方からコメントを頂きました。ありがとうございました。これらのコメントでの議論などを踏まえて、検察審査会が「起訴相当」の議決を出す場合とはどのような場合か、について僕の考えをまとめておきたいと思います。

1 僕は、証拠に関する判断は、社会常識によるので、検察官の判断と国民(検察審査会)の判断とで、基本的に大きく違うことにはならないと思っています(後述の2のように、少しは違うとは思いますが)。

むしろ、大きく違うのは、「証拠からは起訴できそうだ(この点は検察官と検察審査会とで一致)が、起訴を猶予すべきかどうかの裁量」だと思います。検察は、検察や警察の内部の身内が告発されたとか、大物政治家については起訴猶予に傾く傾向があると思います(今回の小沢事件はその真逆でしたが^^;)。

証拠の評価は、社会常識によるので、「個々人」で違うのはほとんどなくて、「立場・役割」で違う場合が多いと思います。つまり、Aという人が弁護士の役割で特定の殺人事件について無罪だと証拠を評価していた場合でも、その同じAさんが今日から検察官の役割をしなくてはならなくなったとき、その同じAさんは、検察官の立場から、同じ証拠を有罪と評価するようになると思います。
それは、Aさんの「個人」としての実力とか性格からくる違いではなく、「立場・役割」からくる証拠評価の違いだと思います。
そして、検察審査会のメンバーはみな、「検察官と同じ立場・役割」(検察官としてどう考えるべきかという立場・役割)に立つので、証拠の評価は、検察官のした評価と基本的に大きくは変わらないだろうと思います。

2 当初は僕は上記のように検察と一般国民とで常識の違いはほとんどないと思ってたのですが、阪口徳雄弁護士からコメントで、明石花火大会歩道橋事件を例に、検察官と一般国民とで証拠評価が違う場合もあると言われました。確かに、検察官という特殊な世界の人間と一般国民とでは、社会常識が違うこともあり、その結果として証拠の評価が違うこともあるのでしょう(これは、裁判員制度でも、裁判官の常識と一般国民の常識は違うだろうといわれていることと同じです)。

以上より、前回のエントリの考えを少し変えることにもなりますが、検察審査会で「起訴相当」の議決を出すべき場合とは、次のような3つかなと思います(今までの考えを変えた部分は次の②と③を付加したことです)。

①証拠の評価からは起訴できる(検察官もそう考えた)のに、被疑者が検察・警察内部の身内だとか政治家だとかの理由から、裁量で起訴しなかったと思われる場合(「起訴猶予」の場合だけでなく、形式的には「嫌疑不十分」だが「実質的な起訴猶予」ではないかと疑われる場合をも含む)

 ・・・検察リークや検察裏金などのような場合(検察官の身内が被疑者の場合)こそ、起訴するかどうかの方針について検察官と国民の常識の違いが現れる。

②検察官と一般国民の常識が離れているために証拠の評価が違っていると思われる場合(明石花火大会歩道橋事件はこれ?)

 ・・・実際にはあまり多くないように思います。また、捜査や起訴の「方針」という政治的レベルの判断に際しての常識は検察と国民とで大きく違うことはあるが、個々の事件における具体的証拠の価値という技術的なレベルでは、検察と国民、個々の個人の間でそれほどの違いはないし、あっても、大きな問題にはならない(基本的には個々人の能力の問題で、捜査や起訴・不起訴が政治的に行われたなどの問題ではない)と思えます。

③被疑者が検察・警察内部の身内だとか政治家だとかの理由から、捜査をまじめにやらず、そのために十分な証拠が集まらなかったのではないかと疑われる場合(明石花火大会歩道橋事件はこれ?)

 ・・・検察リークや検察裏金などのような場合(検察官の身内が被疑者の場合)こそ、起徹底的に捜査するかどうかの方針について検察官と国民の常識の違いが現れる。今回の小沢事件の捜査方針(石川議員の逮捕方針)についても検察の暴走を許した検察の常識は多くの国民の常識から乖離していた。

3 今回の小沢氏についてはどうでしょうか。

③はまずない(というか逆に狙い撃ちだった)、②もないと思います。①は、小沢氏と検察側で「裏の取引」があったとすれば可能性はあるけれど、おそらくないでしょう。

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2010年2月15日 (月)

小沢不起訴に対する検察審査会への申立-「起訴相当」の議決はあり得ない!

前回の記事の追加です(タイトルを少し変えました)。

僕は「起訴相当」はたぶんないと思っています。

検察審査会では、議論の前か途中に「裁判所が選んだ審査補助者の弁護士」か裁判官から「起訴に必要な証拠」とは何かなどの説明を聞くそうです。

本件での「起訴に必要な証拠」とは、「小沢さんが虚偽記載について具体的に共謀か指示をした」という供述などですが、それは新聞報道では無いとされています。

検察は「今回は起訴するのに十分な証拠はあったが十二分な証拠が無かった」と報道では言ってるらしいですが、僕は、負け惜しみのハッタリに過ぎないと思います。

なぜなら、新聞報道での検察の「十分な証拠」とは、石川議員らの「収支報告書の概要(結論的な部分)を説明して了解を得た」という供述、4億円の銀行融資書類の小沢一郎の署名、水谷建設の元社長の供述、水谷建設の5千万円の会計資料などだけで、これだけでは、「虚偽記載の具体的な共謀・指示があったことの十分な証拠」とは、到底、言えないと思います。

一般に、「起訴相当」とは、検察が「起訴猶予」とかで起訴するかどうかの裁量権をもっている関係で、今回は起訴するだけの証拠があって起訴できるはずなのに、(政治的な配慮などから)起訴しないとした『検察の裁量』は不当だ、だから起訴すべきだというものです。

よって、少なくとも検察審査会のメンバーが弁護士の説明をちゃんと理解して論理的に考えれば、本件については「起訴できる十分な証拠」が今のところ無いのだから、起訴猶予(起訴できるが裁量により起訴しない)などの『検察の裁量』を問題にするレベルの話でないので、「起訴相当」(十分な証拠があるから起訴すべき)という議決にはならないはずと思います。

もし今回、検察審査会で、「起訴相当か」がどうかの議論をするなら、それは、「今回は証拠が十分にあって起訴できるのに、大物への政治的配慮から、不当な裁量で起訴を見送った(つまり、実質的な起訴猶予だった)のではないのか」という議論だけと思います。まぁ、このような政治的配慮など全く無かったことは、1年間も1人の政治家をストーカーのように付け回したこと、小沢排除が検察や霞ヶ関の利益に繋がっていたこと、「検察が小沢に敗北」とかマスコミに書かることを検察が極度に嫌がってること、などからも明らかでしょうが。

まして、「起訴できるだけの証拠がなくても、小沢は悪いヤツだ(と感じる)から、起訴すべきだ」という感情論だけのメチャクチャな議決は当然に在り得ないと思います。

なぜなら、「起訴できるだけの証拠」がないのに(悪いヤツだと感じるから、あるいは、政治的な責任を取らせるために=政治的な失脚をさせるために)起訴する」ことは、完全な人権侵害、冤罪に繋がる「公訴権の濫用」、憲法違反であり、絶対にしてはいけないこと、だからです。

他方、「不起訴不当」(安易に不起訴にするのは不当なので、さらに起訴できるだけの証拠を得るべく、検察は証拠収集に努力すべき)は、有り得ると思います。

しかし、それよりも、「検察はガチでここまでやってそれでも証拠が得られなかったのだから、これ以上やっても証拠は得られない可能性が高い(そもそも事実も無かった可能性も高い)、だから、もうこれ以上の証拠収集はしなくてよい、不起訴は相当(妥当)だ」という「不起訴相当」の議決が一番可能性が高いのでは、と個人的には思っています。

※コメントでの議論をいくつか追記としてまとめておこうと思いましたが、長くなりそうなので別エントリにします(2010/2/20)。

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2010年2月14日 (日)

小沢事件で検察審査会に審査を申立て

民主党の小沢一郎幹事長の不起訴処分を不当として、市民団体が12日、検察審査会(検審)に小沢氏を起訴するよう申し立てた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100213-00000040-san-soci

検察審査会で「起訴相当」とするには11人中8人以上の賛成が必要です。

むしろ、「不起訴不当」(過半数で議決)ならいいとしても、もし「不起訴相当」(過半数で議決)になったら、起訴しないことが妥当(≒検察の壮大な捜査そのものが税金の無駄使いだった)ことを国民の代表(検察審査会)が認めることになるので、そのときに検察とマスゴミがどういう反応をするか楽しみだ。

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2010年2月 7日 (日)

石川議員らの虚偽記載罪は成立しない?

石川議員らは無罪!?

永田町異聞というブログの2010/2/5の記事に、今回の石川議員らの起訴事実(検察のストーリー)が紹介されていますが、それによると次のとおりです。

http://ameblo.jp/aratakyo/

・「石川議員と大久保秘書」は、2004年に陸山会が小沢氏から借りた4億円で、3億5200万円の土地を購入したが、4億円を2004年分の政治資金収支報告書の収入として記載せず、土地代金約3億5200万円も支出として記載しなかった。

・「池田元秘書と大久保秘書」は、2004年に支出した3億5200万円の土地代金を2005年分の収支報告書に支出として記載した。小沢氏から借りた4億円は2007年に小沢氏に返済されたが、同年の支出に記載しなかった。

・2004年に陸山会が小沢氏から借りた4億円は2007年に小沢氏に返済された。借りたことも返済したことも報告書に不記載。

・土地代金約3億5200万円の支出は、2004年分の政治資金収支報告書の収入として記載せず、2005年分の収支報告書に支出として記載した。

・4億円を定期預金にして、その代わり小沢氏が銀行から4億円の融資を受け、陸山会へ転貸した件は、2004年の報告書に記載された「小澤一郎 借入金 4億円」に該当するという判断のようだ。

また、阿修羅のsmacさんが「虚偽記載は存在しない」という論考を出しています。http://www.asyura2.com/10/senkyo79/msg/440.html

これらを併せ見た私の考えを、次に記します。

1..検察ストーリーで組み立てられた事実は次のようなものでしょう。

①2004年に、陸山会が4億円(小沢氏の個人資産)を小沢氏から借りた・・・それなのに、石川議員は、この4億円の収入の記載をしなかった。

②2004年に、陸山会が3億5200万円を支出して秘書寮用の土地を購入した・・・それなのに、石川議員は、この3億5200万円の支出の記載をしなかった。

③2004年に、小沢氏個人が銀行から(第三者である睦山会の4億円の定期預金を担保にして・・・このような第三者の預金を担保に銀行から借りる形態は珍しくない)4億円の融資を受けて、それを陸山会へ転貸した・・・石川議員は、正しく、2004年の報告書に「小澤一郎 借入金 4億円」と記載した(ここには虚偽記載はない)。

④2005年に秘書寮用の土地の移転登記をしたとき、土地の代金3億5200万円の支払いはしていない(上記②のように支払いは2004年にしている)・・・それなのに、池田元秘書は、土地移転登記と同時期の2005年に「3億5200万円の支出をした」と虚偽の記載をした。

⑤2007年に、「2004年に陸山会が小沢氏から借りた4億円」を、池田元秘書が現金を小沢氏の自宅に運んで、小沢氏に返済した・・・それなのに、池田元秘書は、この4億円の支出の記載をしなかった。

2.上記1の検察ストーリーの見立てに対して、私の見立ては次のとおりです(※阿修羅のsmacさんの見解と同じで、smacさんからその旨の返事を頂きました。なお、下記の「預り金」という言葉は、会計上の意味をよく知らないので日常的な意味で使っています)。

①2004年に、小沢氏が自分の個人資金の4億円を、陸山会の金庫の中に、「自分個人の金」として、入れた(事実上現金の場所を移動させただけで、陸山会が借りたのではない)・・・「陸山会の収入」ではない(陸山会にとってはただの預り金?)ので報告書の記載義務はない、よって、石川議員は、正しく、収入として記載しなかった(もし記載していたら逆に虚偽記載となってしまったところだった)。

②2004年に、小沢氏が、「陸山会に預けておいた小沢氏個人の金の4億円の一部」を使って、3億5200万円の土地を購入した(その結果、陸山会ではなく小沢氏個人が土地の所有者となった。小沢氏は陸山会への転売予定で一時的に個人として購入しただけ)・・・土地代金の支出は「小沢氏個人の支出」であって「陸山会の支出」ではないので報告書の記載義務はない、よって、石川議員は、正しく、支出として記載しなかった(もし記載していたら逆に虚偽記載となってしまったところだった)。

③2004年に、小沢氏個人が銀行から(第三者である睦山会の4億円の定期預金を担保にして・・・このような第三者の預金を担保に銀行から借りる形態は珍しくない)4億円の融資を受けて、それを陸山会へ転貸した・・・石川議員は、正しく、2004年の報告書に「小澤一郎 借入金 4億円」と記載した(ここには虚偽記載はない)。・・・この③だけは検察の見立てと全く同じ

④2005年に、陸山会が、「上記③の小沢氏からの借入金4億円(小沢氏個人が銀行から融資を受けて陸山会に転貸した4億円)」の中から出した3億5200万円を、土地の購入代金として、「上記②により土地の所有者となった小沢氏個人」に支払った・・・池田元秘書は、正しく、「土地移転登記と同時に3億5200万円の支出をした」と記載した(もし記載しなかったら逆に虚偽記載となってしまったところだった)。

・・・上記①で陸山会の金庫に預けられていた「小沢氏の個人の4億円」は、「上記②の土地代金3億5200万円の小沢氏個人としての支払い」により、5千万円に減っていたが、この④の土地代金3億5200万円の入金により、元の「4億円」(小沢氏個人の資金=陸山会にとっての預り金)に戻った。

⑤2007年5月に、「上記①の2004年に小沢氏が自分の個人の金として睦山会の金庫に入れていた4億円(上記②でいったんその一部が出たが上記④で元の4億円に戻っていたもの)」を、池田元秘書が小沢氏の自宅に運んだ(現金の場所を移動させただけ)・・・「陸山会の支出」ではないので(陸山会の小沢氏個人からの預り金を小沢氏個人に戻しただけなので)、池田元秘書は、正しく、支出として記載しなかった(もし記載していたら逆に虚偽記載となってしまったところだった)。

3.備考

(1)上記1の見立てと上記2の見立てのどちらかは、客観的な事実の有無の問題と思います。

つまり、西松事件でも、

A.政治団体がダミーかどうか(客観的な事実の有無)と、

B.仮にダミーだとして、故意があったかどうか(被告がそれを認識していたかどうか)、

との2つの問題に区別されました。

この事件でも、同様に、

A.上記①~⑤の事実は客観的にどのように見るべきか=客観的に「虚偽記載の事実」は存在したかどうか、

B.仮に虚偽記載の事実が存在したとして、石川議員らに故意があったかどうか(その虚偽記載の事実を認識していたかどうか)、

との2つの問題に区別されます。

上記の1(検察ストーリー)か2かは、上記Aの客観的な虚偽記載及び不記載の事実の有無の問題です。したがって、石川議員らが主観的にどのように考えていたかは、上記1の検察ストーリーが正しいか上記2の見立てが正しいかとはほとんど関係しません。これは、政治資金規正法の観点や会計の観点から、どのように事実を見るのが妥当かの問題と思います。

(2)これらの観点から検討しておきます。

上記①の「4億円」が「小沢氏から陸山会への貸付(=陸山会の収入=検察ストーリー)」か「陸山会への貸付ではない(=小沢氏個人の資金のまま=陸山会の預り金)」かについては、現金のまま金庫に入れておけば上記2の見立てに傾きますが、石川議員が小分けして陸山会の口座に入れている場合(実際はこれのようです)は、上記1(検察ストーリー)の見方の方がより自然ではないかということになると思います。

上記②の2004年の土地代金の支払いが「陸山会としての支払い(土地の所有者は陸山会になった)」(=検察ストーリー)か「小沢氏個人としての支払い(この時点での土地の所有者は小沢氏個人)」かは、2004年の土地代金の支払いに際しての土地売買契約書の中身によりどちらかに傾くと思います。例えば、土地売買契約書に買主として「陸山会 代表 小沢一郎」と記載されていれば、検察ストーリーの見方がより自然だということになると思います。他方、この土地売買契約書に買主として「小沢一郎」(陸山会の記載なし)と記載されていれば、陸山会ではなく小沢氏個人が購入したという見方が説得力を増すと思います。

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東京地検の捜査 「(あまり)評価しない」 計51・3%

「共同通信社は5、6両日に全国電話世論調査を実施、・・・(中略)・・・ 

約1年にわたる東京地検の小沢氏周辺に対する捜査に関しては「あまり評価しない」「評価しない」との否定的な回答が計51・3%で、「ある程度評価する」「評価する」の計45・0%を上回った。」

これはかなり驚く数字だ。

マスコミがあれだけ検察リークを流してきたのに、今の時点で、検察の捜査を評価しない人が半数を超えている。

みんな、検察とマスコミのいかがわしさを、本能的に感じ取ったのではないだろうか。

それは、昨年の総選挙の前に検察が西松事件で小沢秘書を逮捕起訴したにも拘わらず、というかそれがかえって逆バネとなって、民主の大勝に繋がった現象と同じだろう。

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2010年2月 6日 (土)

検察リークについては、刑事告訴によるけじめが必要ではないだろうか

以下は、あるサイトのコメントに投稿した内容です。

今は、検察やマスコミなどのかつての権威や権力の基盤が崩れていくパワーシフトが起こっている訳で、そのような歴史的変革を私たちは、今、幸運にも、目撃しているのだと思います(1989年のベルリンの壁崩壊も印象に残っています)。

そもそも検察リークは、公務員の守秘義務違反に形式的に該当するというだけでなく世論を誘導しようとする邪悪な意図によるという意味で極めて悪質な犯罪なのだから、まずは検察リークを行った検察官(被疑者不詳)を刑事告訴をして、検察が起訴しなければ検察審査会で2回の議決により強制起訴にもっていくなどの道筋が必要と思います。

ただ、検察権力の中の人間を刑事告訴することは、無名の一般人には危険と思います。言論で検察と対向できる言論人、今回の被害者であり国会議員である石川議員などに刑事告訴して頂くことを期待したいと思います。

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2010年2月 5日 (金)

検察の隠れた狙い(大久保秘書の無罪判決の阻止)は成功!

検察の隠れた狙い(大久保秘書の無罪判決の阻止)は成功した。

読売新聞 2010年2月5日

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100204-OYT1T01182.htm?from=any

特捜部は4日、大久保被告について、西松建設の違法献金事件で既に起訴されている04、05年分に、今回の立件分も付け加える起訴事実の変更を申し立てた。」

昨年3月の「西松事件」で政治資金規正法違反(虚偽記載の罪)で起訴された小沢幹事長の秘書・大久保さんの公判は、今年3~6月にも「無罪判決」が出ると予想されていたが、今回の追起訴で、この公判の起訴事実が変更されることになった。

これにより、「西松事件だけ」での無罪判決は、無理となった。

昨年3月の西松事件と今回の事件とが併せて「同じ一つの公判」で争われるようになったので、大久保秘書側は、昨年の西松事件の起訴事実についての無罪だけでなく、今回の逮捕・起訴された事件の起訴事実についても無罪とならなければ、「無罪判決」を得ることができなくなった。

検察の今回の大きな狙いの一つは、「このままでは大久保秘書の無罪判決が出てしまうのでそれを何としても阻止すること」だったので、その隠れた狙いは、無事、達成されたことになる。

大久保秘書の弁護士は、訴因(起訴事実)が変更された後でも、とりあえず西松事件についての「中間判決」を出すように裁判長に申し立てるべきと思います。

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2010年2月 4日 (木)

東京地検から週刊朝日に「お話を伺いたい」と事実上の出頭要請

昨日から話題になっている、東京地検が週刊朝日に「出頭要請」したのは本当かについては、本当のようだ(「事実上の出頭要請」だけど)。

2010/2/3付け「ネタりか」によると、次のような事実関係らしい。

http://netallica.yahoo.co.jp/news/109883

「関係者によると、東京地検が問題にしたのは、3日発売の同誌に掲載された『子ども“人質”に女性秘書「恫喝」10時間』の記事。ジャーナリストの上杉隆氏の署名記事で、特捜部が政治資金規正法違反容疑で逮捕した石川知裕容疑者の女性秘書に行ったとされる聴取の内容を報じたもの。

 週刊朝日関係者によると、抗議文は3日の午前中に届き、直後に地検側から「抗議文の件でお話をうかがいたい」と事実上の出頭要請があった。これを受け、山口一臣編集長が4日、東京地検に事情説明に出向く予定だという。」

週刊朝日の山口編集長のブログの文章は、雑談調で特徴的で僕はすごく好きなのだが、この東京地検での事情説明の様子も、是非、記事にして欲しい。できればツイッターも。

保坂展人・前衆議院議員のブログより。

http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/3ed4231136200a552900fe51120ac5a7

「今回の教訓を生かさないと、必ず同じことがくり返される。ここで、「2度あることは3度ある」としないためにも、制度として「検察官の暴走」を監視・チェックし、民主的な統制を利かす社会にしておかなければ、ならない。」

検察に対するシビリアン・コントロール(文民統制)が必要になっている。

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2010年2月 3日 (水)

「検察が監禁!」 週刊朝日記事に、東京地検が抗議・出頭要請

JCASTニュースより 

http://www.j-cast.com/2010/02/03059378.html?p=all

「毎週のように検察批判の記事を大きく掲載している「週刊朝日」(朝日新聞出版)の記事をめぐり、東京地検が編集部側に抗議するという異例の事態に発展している。掲載された記事を執筆したジャーナリストの上杉隆さんが、ツイッターで「東京地検特捜部から編集部に出頭要請がきた」と書き、出頭方法を募集するなどしたため、ツイッター上では騒ぎが広がっている。

 地検が異例の抗議を行ったのは、2月12日号掲載の「子ども『人質』に女性秘書『恫喝』10時間」という記事。衆院議員で小沢一郎民主党幹事長の元秘書、石川知裕容疑者(36)の秘書が、地検に約10時間にわたって事情聴取を受けたとされる様子を報じたもので、「『ウソ』をついて呼び出し、10時間近くにわたり『監禁』した。そして虚偽の証言を強要し、『恫喝』し続けた」などと地検を批判した。

 この記事に対して、地検は2010年2月3日、異例の抗議に踏み切った。週刊朝日編集部によると、地検側から抗議をしたい旨、電話でコンタクトがあったが、山口一臣編集長が出張中であることを伝えたところ、「記事内容の何点かについて虚偽の点があり遺憾。厳重に抗議する」といった趣旨のファクスが送られてきたという。」

ツィッターでは、ただの抗議だけで出頭要請は上杉隆さんのウソだという発言もかなりあるようだが、「厳重に抗議する、詳しく話しを聞きたい」というような表現がもし入っていれば、普通の日本人なら「出頭要請だ」と感じるのは当たり前だろう。

https://twitter.com/iwakamiyasumi/status/8578276000

検察は公けの権力機関なのだから、「週刊朝日の記事内容の何点かについて虚偽の点がある」と思えば、一雑誌出版社に抗議するのではなく、正々堂々と、「ここは本当なんだけどここは虚偽ですよ」と、オープンな記者会見を開いて説明すればいいはずだ。

今まで自分の方がさんざん「虚偽を織り交ぜたリーク」を垂れ流しておきながら、自分を批判する記事が出たらすぐ「虚偽の点がある」と抗議するのは、盗人猛々しいという感じだ。

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2010年2月 1日 (月)

検察ファッショ、検察不況でいいのか?

最近いつも見ているゲンダイ的考察日記、一部引用します。

http://octhan.blog62.fc2.com/?xml

「民主党政権を潰したい検察と大マスコミ
政治評論家の本澤二郎氏が言う。
「日本の政治を心配している国民は、せっかく政権交代が実現して日本の政治が変わろうとしているのに、なぜ検察とメディアは『政治資金規正法違反』程度のことで、民主党政権を潰すようなことをするのかと怒りを感じているはずです。もちろん、贈収賄など悪質な犯罪が発覚すれば、小沢一郎を批判するのは当たり前です。でも、いま明らかになっているのは、石川議員の虚偽記載だけでしょう。『国民生活が第一』を掲げる民主党は、政権に就いた後、『事業仕分け』や『コンクリートから人へ』を実行してきた。アメリカにも言うべきことは言うという態度です。やっと国民のための政治が実現される明るい兆しが見えてきたところでした。このまま民主党政権が2年、3年と順調につづけば、日本の政治は国民のために変革を遂げいたはず。しかし、無理な小沢捜査ですべてがパーになろうとしている。いったい検察と大マスコミは、何がしたいのか。(中略)

このまま検察の暴走を許していたら、日本は大変なことになる。こうしたやり方が許されてしまったら、検察はどんな政治家だって潰せることになるからだ。検察の思惑によって政権の運命が左右されるのでは、民主主義は成り立たない。

ただでさえ、2番底が懸念されている日本経済も、一気に大不況に突入してしまうだろう。すでに市場では「検察不況
という言葉が飛び交っている。」

これは全く同感だ。
今日のニュースで、小沢氏が二回目の聴取を受けたらしい。小沢氏は前回と違って不安そうな顔付きだった。そりゃ誰でも不安だよね。

せっかく、政権交代がなって、これまでの自民腐敗政治にサヨナラして、日本を政治主導で変革していこうとしていたのに、これからってときに検察とマスゴミの邪魔が入って、日本はこれからどうなるのか。

小沢氏が起訴されるかどうかは全く別として、このような行動に出た検察には、きっちり落とし前を付けて貰いたい。

①検察リークを行った疑いのある被疑者不詳の検察官を刑事告発すること、そして、最終的には検察審査会の2回の起訴相当の議決を得て、弁護士による捜査・強制起訴に持っていくこと、

②検事総長に、しがらみのない民間人を登用して、検察内部の裏金疑惑を解明し、三井環・大阪高検公安部長の逮捕の目的が本当は口封じだったのか否かを解明すること(日米安保条約の密約と同じように徹底検証すること)、

③捜査・取調べの可視化(取り調べの録画・録音による 可視化)を実現すること、

④検察を含む法務省の記者会見を全てオープンにすること(記者クラブによる選別の廃止)、

⑤検察の「起訴」に対して、それが妥当かを審査する大陪審制を採用すること(米国のように。検察の「不起訴」処分については検察審査会の議決があるが、検察の「起訴」について審査する制度が欠けている)、

⑥最終的には、検察から捜査権限を無くして起訴・訴追のみに専念させる。政治家や政府高官への捜査・起訴は米国の「独立検察官」のような時限的なもの(プロジェクトチーム的なもの)にやらせる。今の特捜のように「捜査と起訴の両方を常設的に持つ形態」は権力の暴走を止められなくなるので止める。

などが必要だ。

追記: 上記④はコメントして頂いた人の意見をお聞きして入れました。⑤はホリエモンのブログを見て入れました。

以下にホリエモンのブログの一部を引用しておきます。

http://feedblog.ameba.jp/rss/ameblo/takapon-jp/rss20.xml

「小沢氏の問題もいよいよ大詰めだ。
小沢氏を在宅起訴するかどうかが一つの分かれ目になると思われるが、検察は公判維持できようができまいが、適当な証拠でもいいから起訴できる組織だ。だって長銀事件みたいに無罪になったときには担当者はもう既に辞職してヤメ検弁護士になっててスルーだし。小沢氏を辞任に追い込めればいいのだ。
ひどい話だ。それを国民の多くが支持してしまうところに問題がある。

起訴するかどうかを決めるのは検察官だけの裁量だ。そこに立法府の命運が左右されるというのはいかにもおかしくないか?主権在民じゃないのか?検察官が主権をもっているようなこの状況は憂慮すべきだ。」

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