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2010年3月 6日 (土)

平成元年まで、記者クラブ以外は、法廷での傍聴人のメモは禁止されていた

昔は法廷の傍聴席の傍聴人はメモを禁止されていたらしい。

まさかと思って調べてみたら、今から21年前の平成元年の1989年3月8日の最高裁判決まで、禁止されていた。

「法廷メモ訴訟」に関するウィキペディアから引用。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E5%BB%B7%E3%83%A1%E3%83%A2%E8%A8%B4%E8%A8%9F

「最高裁は請求を退けたものの傍論で、メモを取る行為自体について、「故なく妨げられてはならない」、「メモを取る行為が法廷における公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる場合には、それを制限又は禁止することも許されるが、そのような事態は通常はあり得ないから、特段の事由がない限り傍聴人の自由に任せるべき」と判示し、判決当日、全国のすべての裁判所が、掲示板からメモ禁止の表示を削除、以来、一般傍聴人のメモが事実上解禁されている。」

なぜ、こんな信じられないような規則を裁判所が定めていたのだろうか?

表向きの理由は「メモを取る行為が法廷における公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる」ということらしいが、上記のとおり、「そのような事態は通常はあり得ない」と最高裁判決も認めている。

真の理由は多分、記者クラブとの癒着、裁判所官僚による記者クラブへの便宜供与だろう。

当時は、記者クラブだけは傍聴席でメモを取ることが原則的に許可されていた。それ以外の者は特別の許可が必要で、許可がもらえなかった米国弁護士が起こした裁判が上記の「法廷メモ訴訟」だ。

記者クラブが記事を独占したい(あるいは記事の間違いを指摘・批判されないようにしたい)ので、フリージャーナリストや一般人がメモをとるのを妨害したかったのだろう。

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コメント

おはようございます(いま8日9:00頃です)

ほんとうに検察国家だったんですね。
裁判所も99.8%の起訴有罪率っていうことは、
ほとんど検察の言いなり状態だった。
菅家さん、村木さんだけでなく、もっと知らず知らずのうちに
有罪にされてしまったひとはいるはずですね。
これを改めねば民主国家、法治国家とはいえないでしょう。

投稿: xtc4241 | 2010年3月 8日 (月) 09時04分

xtc4241さん
おはようございます。

>裁判所も99.8%の起訴有罪率っていうことは、ほとんど検察の言いなり状態だった。

法廷メモがダメなんて、裁判所も腐ってたんでしょうね。起訴有罪率99%もおかしいですよね。

司法の改革、まずは検察から徹底的に改革してほしいと思います。

投稿: 寝たろう | 2010年3月 8日 (月) 10時03分

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