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2010年5月25日 (火)

小沢氏への検察審査会の審査について

あるサイトに投稿した内容です。

前回の検察審査会の議決要旨をみると、検察審査会は「現在の証拠で確実に有罪とまで言えなくても、公開の法廷で真実を明らかにして責任を追及すべきだ(結果的に無罪になってもよいから起訴すべきだ)」という考え方の下で起訴相当の議決をしたように思えます。

これに対して、今までの検察の起訴の考え方は「現在の証拠で確実に有罪にできるものだけを起訴する(確実に有罪にできないのに起訴することは起訴権の乱用で許されない)」というものでした。

しかし、検察審査会法上、審査員に認められているのは、「検察官と同じ考え方に立っての、起訴すべきかどうかを判断する権限」であり、これとは別の考え方に立っての、起訴すべきかどうかを判断する権限は、審査員には認められていないと思います。

その点で、前回の起訴相当の議決は、検察審査会法に「違反」しているのではないでしょうか?

これについても、審査会の補助審査員の弁護士はよく理解した上で審査員に説明する義務があるのではないでしょうか。

そもそも、小沢さんを起訴するためには、①期ズレが存在したこと、②期ズレが処罰価値があるものであること、③期ズレについて共謀があったこと、の3つが必要です。

そして、郷原・元検事は、上記①~③のそれぞれについて、次のような立場のようで、僕も同感です。
①期ズレはそもそも会計上の解釈からは存在しなかったと見るべきではないか、
②もし仮に(万が一)期ズレが存在したと仮定したとしても、このような期ズレは処罰価値がないのではないか(だから、共謀の有無を問題とするまでもなく、起訴すべきでないのではないか)、
③もし仮に期ズレが存在し、且つその期ズレが処罰価値があると仮定したとしても、共謀の事実は無かったのではないか、

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雑談(政治関係)」カテゴリの記事

コメント

寝たろうさん、こんにちは(いま25日13:40頃です)

裁判にも2つの形態ができてしまったようです。

①検察の裁量によって起訴される裁判。
検察、特に、特捜の恣意的捜査~起訴~裁判所追認パターン。
これはこれで、司法の堕落・劣化がある。

②検察審査会による「感情のはけ口」となる裁判。
こんどのJR脱線事故の歴代社長の起訴なんかも、
その恐ろしさを感じさせます。
一般に事故の元をただせば、会社、会社といえば社長がいる。
だから、なんでも社長が悪いってことになってしまう。
そんな恐ろしさがあると思いません?
被害者の家族はいくら言ってもいい。その資格がある。
だけど、それ以外のひとはもう少し冷静にならないといけない。

こんどの小沢さんのことも、その事実の信憑性や、
他とのバランスなどを客観的な視点で考えてもらいたい。
その視点を曇らせているのが、やっぱり、この人たち・組織なんですね。

①検察の説明と補助審査委員(弁護士)の恣意的誘導
②事実を報道しない、または、事件を深堀しない記者クラブメディア。

しかし、この司法の是正・監督に力をいれない政府にもいい加減、頭にきます。
なんか、裏でもあるのでしょうか?

投稿: xtc4241 | 2010年5月25日 (火) 14時03分

xtc4241さん
こんにちは
全く同感ですね!

去年の西松事件からの流れでこういうおかしなことになってるんだと思います。

去年の西松事件は当時の法務大臣の指示(指揮権発動?)によるものだったという話が出てますが、十分有りえる話だと思います。
去年のあの頃は、すごく不穏な雰囲気でしたもんね。何か革命前夜で、旧勢力が実力行使するじゃないかって感じで、後進国でよくある選挙妨害が現実にあるのではと心配してましたよ^^;

投稿: 寝たろう | 2010年5月25日 (火) 14時14分

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