カテゴリー「個人発明家」の13件の記事

2014年4月12日 (土)

逆張りの人生

4月9日の小保方晴子さんの記者会見の後からは、小保方さんを応援する人が一気にすごく増えた(日本中で半分くらい)らしい。

確かに30歳の女性がたった一人で2時間半も受け答えしたのは立派だった。それに引き替え、その前の調査委員会の報告書に関する理研の会見では理事長以下の幹部連中6~7人がひな壇に並んでいたが、今度は理事長一人でやってほしい。

ところで、この4月9日の会見の前、例えば僕が小保方さんを支持する前回記事を書いた4月4日頃は、小保方さんを支持する人は日本中で本当に少なかった。

その前回の記事を書いたときに感じたのが、自分は逆張りのタイプ、逆張りの人生なんだよな、ということだ。半官贔屓といってもいい。

昔から、僕にはそういうところがある。

どうしても、少数者や弱い立場の人(但し正義を感じられる人)の方の味方に付きたくなるのだ。

多数派や主流派には付きたくない、多数派や主流派に尻尾を振るのは自分らしくない、と感じる。

以前やってた株も逆張りばかり。そのおかげで大損ばかりで、株は一切止めました(笑)。

でも、思えば、発明家には、逆張りのタイプが多いのではないだろうか?

発明そのものが、逆張りだ。発明とは、常に、世の中の大多数の常識に反する少数派の意見(アイデア)なのだ。

その少数派のアイデアが将来的に大きく育っていって多数派になれば、そこで大発明だと周りの人々から言われることになる。

少数派のままならば、ただの多くの発明貧乏の中の一人で終わるだけだ。株と同じで、逆張りの勝負の結果は、歴史を待つしかない(まぁ歴史といっても、特許の期間は出願から20年なので20年間という短い歴史だけど・・・)。

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2012年9月 2日 (日)

発明で身を立てるために特許事務所に就職した個人発明家の方からのメール

このブログを見た方から質問のメールが来て、ご本人の承諾を得ましたので、公開します。
発明で身を立てるために特許を学ぼうと特許事務所に就職したという方です。
以下、この方からのメールの引用です。
「『個人発明』というキーワードで検索して、貴殿のホームページにたどり着きました。
もともと自分のアイディアで一攫千金を狙おうと、特許の実状を知るために特許事務所に身を置きましたが、個人が権利化・製品化(物の発明であれば)を行う困難さを知り、貴殿のご意見を拝聴したくメールをした次第です。
まず、私自身が困難と思っていることですが、
1.多額の資金が必要(減免等の制度を利用しても弁理士費用等を考えれば、相当の費用がかかり、金持ちの道楽としか思えません。)
2.権利化後の実施権交渉(企業への売り込みは営業力を必要とし、個人が行うのは現実的でないような気がします。)
3.権利化をしなくとも、アイディア商品は売れることもあり、「権利化せず商品・製品化」という選択肢がない。
などです。
現在のような経済状況で、個人が自助努力で自己資産を増やしていくことは選択肢としてあってよいと個人的に考えておる次第です。
貴殿は知財関係のご出身ということですが、発明を権利化する場合に、発明の特許性の有無や、権利化交渉する際の発明の評価はご自身でされているのでしょうか?」

これに対する僕の回答です。
1.発明貧乏を避けるためには、特許出願は弁理士に頼むのではなく、自分でやるべきと思います。特許請求の範囲の書き方などは最初は分かりくいので、自治体や弁理士会が行なっている弁理士の無料相談を利用してどんどん質問してみたらよいと思います。
2.権利化後の実施権交渉も、弁護士や弁理士に頼むと費用がかかり経済的に破滅する可能性もあるので、基本は自分でやるべきと思います。この交渉についても、自治体や弁理士会が行なっている弁理士による無料相談が利用できます。ただ、弁理士は交渉については弁護士ほど詳しくないので、自分で本などを買って勉強するべきと思います。企業への売込みを代行する会社もあるようですが、現状では多くは詐欺的な匂いがするので、基本は自分でやるべきと思います。
3.特に個人や中小企業にとっては、「権利化せず商品・製品化」という選択肢は有効ではないと思います。
僕は、自分で発明したときは、まずIPDLなどで調査して、多くは出願を断念しています。
企業への売込みをするときの自分の特許の評価(経済的価値)については、世の中の製品や技術の動向を見ることが必要ですが、それもネットなどで見ながら、自分で評価して企業への売込みなどをしています。
ただ、僕は、今まで、自分から売込みをして契約までもっていった経験はありません。全く視野に入れていなかった大手企業からライセンスして欲しいといわれて契約したことはあります。
自分の特許を既に実施している企業があった場合でも、交渉だけではなかなか契約締結までいかないので、訴訟などをしないと無理なことが多いと思います。僕はまだ訴訟をしたことはありませんが、知り合いの発明家で、そのような場合に訴訟をして利益を得たという人もいます。
訴訟をする場合、弁護士の費用が問題ですが、最近は弁護士の数が増えて、成功報酬だけ(着手金なし)でやる弁護士もいるので、探してみるのがよいと思います。ただ、そのような弁護士は実力がないことも多いので、見極める必要はあります。
だいたい、こんなところです。

いずれにせよ、発明家として成功するためには、単に発明ができるというだけではダメで、特許出願ができる、契約交渉ができる、訴訟のための弁護士の選定や弁護士との交渉ができる(場合により弁護士に頼らずに本人訴訟ができる)などの力が必要になると思います。

米国では、個人発明家などから特許を買い取る企業も多い(一部は上場している)ので、そのような会社に売却することで、とりあえずの軍資金を得ることなどが可能ですが、日本ではまだほとんどないですね。

僕も、もし成功したら、そのような個人発明家から特許を買い取ったり特許を一緒に行使したり(訴訟)する会社をやりたいという気持ちはあります。まだ成功してませんけどね。

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2012年5月12日 (土)

サムスン電子を米国で訴えた個人発明家からのメール(日本の個人発明家が米国でサムスン電子を相手に特許侵害訴訟を提起)

http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1335628913/

「日本人の個人発明家が、放電管用インバータ回路に関する米国特許を侵害されたとして、韓国サムスン電子を4月10日付けで米テキサス州西部連邦地裁に提訴したことが明らかになった。訴えたのは、個人発明家でネオテス代表取締役の牛嶋昌和氏で、サムスン電子のLCDモニタのバックライト用冷陰極管の駆動に用いられているインバータ回路が、同氏のUSP5,495,405「INVERTER CIRCUIT FOR USE WITH DISCHAGE TUBE」を侵害しているとして、侵害の製品の差止めと 損害賠償を求めている。」

世の中は広いもので、個人でも米国特許を取って米国で特許訴訟する人もいるのですね。

僕には無理ですが、これから出願する個人発明家などは、米国特許を取って勝負ということも考えるべきでしょうね。米国には、特許管理会社、成功報酬弁護士、テキサス州東部地区連邦地方裁判所(世界一「有利な裁判所」を求めて特許訴訟でにぎわう人口2万5千の町(asahi.com2010年11月30日))、個人発明家を尊重する土壌など、個人発明家がビジネスや訴訟を大企業と対等に行なえるインフラが整っていますので。

僕の特許は全て日本だけなので、実は、上記の記事は数日前から知っていたのですが、そのときは、僕には米国特許訴訟の知識も無いし、特にこのブログで書くこともないかなぁと思っていました。

そしたら、昨日、この記事の米国特許訴訟を起こした個人発明家の方からメールを頂きまして、それで少し取り上げておこうと思いました。

この方は、このブログを以前から見て頂いていたようで、このブログの「発明と特許を武器に世の中に切り込み、野良犬のようなちっぽけな個人でも大企業・大組織と戦って勝てるんだという実例を作っていく」という目標に共感して頂いていたようで、大変嬉しく思います。

追記:タイトルを少し変えました。

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2012年1月24日 (火)

芥川賞作家・田中真弥さんの受賞会見をみて(「自分を解き放つこと」が発明の条件)

芥川賞作家・田中真弥さんのことが話題になっている。
高校卒業以来、実家で母親に食わせてもらいながら、働かず、携帯電話もパソコンも持たず、手書きで小説を書き続けて、ついに芥川賞までやり遂げた。それも、下関という田舎町で。

おそらく下関には、小説家仲間は居なかったろう(本人は「友達はいない」と言っていた)。孤独の中でやり遂げたのだろう。7~8年くらい前からは小さい賞を受賞して編集者も付いたらしいが、それまでは孤独の中で、どういう気持ちで続けていたんだろうか。

石原都知事を揶揄した受賞会見も炎上中だ。空気読むのとは真逆の会見だったが、それが話題になっているのは、周囲の空気を読む習慣に、多くの人が倦んでいるからだろう。

今、大阪市の橋下市長が論戦相手を完膚なきままに(空気を読んで手心を加えることなく)叩きのめすのをテレビで見て、それを多くの人が喝采しているのも、これと同じ心情からだと思う。

僕は、田中真弥さんの会見を見て、発明家のことを考えた。

発明家にも、空気を読まないというか空気を読めない人が多い。

「自分を解き放つこと」がパイオニア発明を生むための基本的な条件ではないだろうか(応用的な発明、例えば、最適な数値範囲のデータを実験を繰り返して求めていく発明などには、必要ではない)。

自分を解き放って自由に翼を広げないと、突発的なアイデアや発想は生まれない。

周囲の空気を読んで萎縮したままでは、魂を揺さぶる小説なんか書けないし、本質的なアイデアも生まれてくるはずがないのだ。

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2010年8月29日 (日)

特許庁の審判官個人を被告として損害賠償請求

http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2010/08/jugement-4cff.html

特許庁の審判官だった人を被告に、原告の特許を取り消す決定がその前の確定判決に抵触する違法なものだとして、損害賠償と謝罪書面交付を求めたものである。ところが、原告は同じ被告に対し、同じ決定の違法性を主張して、不法行為に基づく損害賠償と謝罪書面交付を求める別訴を提起していた。

おそらくこの人は個人の発明家だろうか(確認していないが)。

同じ個人として、納得できない審決をした審判官個人を訴えたくなる気持ちは十分に分かるが、やはり相手は組織なので、特許庁を相手に国家賠償請求をするのがよいのではないだろうか。

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2010年7月21日 (水)

大企業相手のライセンス型発明者

発明について書くのは久しぶりです。

日本では「大企業相手のライセンス型発明者」を目指す人は、少ないと思う。ニッチを目指す発明家は多いけどね。

それで、今日、このブログの過去記事を読んだという人からメールを頂いた。

「ライセンス型発明者を目指している点、ニッチではなく大企業相手に電機関係で戦おうとしている点、メンドクサイから発明が生まれる点、海外企業とは工業生産力ではもはや戦えず、日本の未来は頭脳・発明・想像力での勝負しか生き残りがないという見方、自由な生き方、そしてなによりニーズの観点から勝負する点等、私も全く同じ観点を・・・」

発明家というのは「群れない」「少数派・異端」という傾向はあると思う。

似た価値観・考え方をもつ人は世の中には少ないと感じている。

だから、たまにでもこういう同じような価値観・感じ方を持つ人からメールなどもらうと、すごく嬉しい。

僕の発明の近況ですが、現在のところ、ここ1~2年でかなりのペースで特許査定・特許審決が来てて、特許は計34件くらいになりました。これから1~2年であと十数件は行くかなと思っています。

まぁ、特許を取るだけでは、年金支払いが増えるだけなので悲しい面はありますが(笑)。

今までは仕込みの時期と考えていて、これから徐々に、収穫、つまり、大手企業へのライセンスに向けて行動していこうと思っています

なお、「大企業へのライセンス型発明家」とは、大企業と発明分野が競合している発明家という意味です。「大企業へのライセンス型発明家」にとっては、自分の発明を世の中で商品化する道として、主として大企業へのライセンスを通じて大企業に商品化してもらうことが効率的だといえますが、資金が貯まれば自分で事業化することも当然に在りえます。その意味で、通常のパテントトロールとは違うと思います。

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2009年11月29日 (日)

米国で個人発明家支援サイトが人気

日経産業新聞(2009/11/25)で見た情報だけど、米国で個人発明家支援サイトが人気らしい。

エディソン・ネーションというサイト。

発明家からアイデアを募って、それを大手メーカーや大手小売店への橋渡し(ライセンス契約の仲介)をするらしい。

このサイトの運営会社は発明家支援のテレビ番組「Everyday Edisons」の制作もやっているらしい。

まぁ、この手のサイトは日本にも15年くらい前にあった。確か「発明スパーク」というサイトで、週刊ポストなど幾つかの雑誌で取り上げられていた。いつの間にか無くなっていた^^;

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2009年11月24日 (火)

今後の更新はゆっくりペースになります(中間報告と御礼)

今から1年半前(2008年4月頃)にこのブログを始めたときは、手持ちの特許出願が100件を超えて、特許がかなりの数、次々と成立しそうな雰囲気だったので、1~2年後には主な特許を取得し終わって、大企業とのライセンス交渉や訴訟などの展開もありえる、それらの報告(相手企業の名称や交渉内容などの秘密事項を除く公開可能な範囲内での報告)などをこのブログでできるかなという甘い予想を持っていました。

あれから1年半が過ぎて、特許は25件近く取得したのですが、客観的には珠玉混交で、モノになる(ビジネスになる=カネになる)特許がその中に入ってるかどうかはよく分かりません。最も期待していた出願の数件は、拒絶査定になってしまい、現在、分割出願で仕切り直しの段階で、特許になるかどうか不明で、仮に特許になるとしても、後2年くらいはかかるでしょう。

そういうことで、特許取得にしても、企業との交渉や訴訟にしても、ここ2年くらいは、足踏み状態が続き、新しい展開はないだろうと思います。

一方、今年の春ごろからは、民主党の小沢秘書が逮捕された件などで、政治的な主張もしてきましたが、政治的な状況としては、今年9月に政権交代がなされ、現在、それなりに「静かな革命」としての成果が出ているのではないかと思います。それで、政治についても、特に何か書きたいという気持ちが生まれてきません。まぁ、小沢秘書の公判が始まればまた何か書き出すかもしれませんが。

そういうことで、このブログの更新は今後はゆっくりペースになって行くだろうと思います。

もちろん、「野良犬のようなちっぽけな個人でも大企業・大組織と戦って勝てるんだという実例を何個か作っていく」という当初の目標はこれからも掲げて行きますし、何か展開があれば、このブログその他で発表して行きたいと思います。

こんなブログでも、今までに8万を超えるアクセスを頂いたこと、大変嬉しく思います。今まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。

決して終わりではありませんが、一応の区切りと考えて、御礼の言葉とさせて頂きます。

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2009年2月11日 (水)

ボタンをさがせ!

最近よく見てるchikirinの日記、昨日の記事にあったボタンをさがせのボタンとは、自分が考えていることを現実に反映させるためのツボという意味のボタンなのだが、それが何処かにあるのか、なかなか分からない。そういうことは多い。僕も、生活の中で自分でどうしたらと迷うことは多い。

ただ、仕事というか発明家になるということについては、迷うことは少ない(他に仕事はあるのだが)。

僕にとってのボタンとは、①発明と特許出願をやり、②特許をとって、③大企業とライセンス交渉や特許侵害訴訟をやることだ。それが、今の僕と現実社会とを繋ぐ扉のようなものだろう。

僕が本格的に発明とその特許出願をやり始めたのは今から12年前の1996年ごろ、僕が39歳のときだ。1996年から1999年ごろまでは、年20-30件のペースで出願していた。2000年ごろになるとペースも落ちて、内容も低調になったと思う。

当時の出願は審査請求期間が7年のため(今は3年)、7年ぎりぎりで審査請求したので、ちょうど2-3年前から今にかけて、特許になったり拒絶になったりの審査結果が出ている。特許になっても、1997年ごろの出願のものは、後、7-8年で特許切れになる(特許期間は出願日から20年なので)。

今は、特許は10件以上、出願中のものは数十件(この中で、拒絶査定になって不服審判請求しているものは10件以上)、拒絶・見做し取下などダメになったものは既に100件以上あるのかな。

今までをみると、1996年から1999年ごろまでが①の発明と出願の時期のピークだった。それから、2006年ごろから今年の2009年ごろまでが②の特許を取るという段階のピークだろう。今後、1-2年後には②の段階を過ぎて、③大企業とライセンス交渉や特許侵害訴訟をやるという段階になる。この③が一番大変そう。。。

まあ、今から、侵害訴訟などの勉強をやって準備していこうと思います。

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2009年1月 2日 (金)

ネットと特許は似ている

ネットと特許は似ている。

ネットは、地方の個人でも世界に発信したり繋がることができるという意味で個人の力を増強し最大化するためのものだろう。

特許の世界も、もともと、地方の中小企業や個人でも、一つの基本特許を武器に、世界を相手に、大企業とも対等に渡り合えることを可能にするものだ(法の下の平等)。

ネットも特許も、どちらも、個人の力を増強して、大企業と対等に戦うことを可能にしてくれるものだと思う。

まだネットが無かった頃でも、米国では、1980年代が特に輝いていたがその前後も含めて、レメルソンやカーンズなどの多くの個人発明家が大企業と対等に渡り合って莫大なライセンス料や損害賠償金を獲得していた。それは、1980年代の当時の彼らには、ネットという武器は無かったけど、「サブマリン特許」という武器があったからでもあるだろう(サブマリン特許は、当時の米国特許法の欠陥、例えば出願公開制度が無かったとか特許期間が特許成立から17年間だったなどの「欠陥」をついて生み出されたもので、出願から特許成立までを10数年以上わざと引き延ばして非公開状態のままにしておき、その発明の内容が大企業により実用化された後に突如として特許を成立させ公開させるというもので、実用化していた大企業はそのときにびっくりする訳だがもはや手の打ちようがないというものだった。だが、その後、米国特許法の改正により今は米国でも公開制度もあるし特許期間も出願日から20年となって、サブマリン特許が成立する余地は無くなった)。

だから、「サブマリン特許」という技が使えなくなった今の発明家は、米国でも当時の発明家よりも成功は難しいと言えるが、今はサブマリン特許の代わりにネットという武器がある。また、今は、パテント・トロールという、大企業と戦うだけの資金やノウハウを持っていない個人発明家たちから特許を買い取ってくれる企業も多く存在している(1980年代にも、当時はパテント・マフィアと呼ばれてたが、リファックス社などのパテント・トロールは存在していた)が、これも、1980年代の当時と比べたらプラス要因といえるだろう。まあ、パテント・トロールが個人発明家にとって本当にプラスになっているのかは、その特許の買取価格によるのだろうが。

日本では、このような個人発明家の成功例はほとんどない。少し前、松下昭さんという元大学教授がソニーとJR東日本を相手にスイカやエディが自らの電子マネー関連の特許を侵害しているとして数十億円の損害賠償等の訴訟をやっていたが、最近、敗訴している(平成19年(ワ)第21051号平成20年9月17日東京地裁判決)。

まあ、二股ソケットを発明した松下幸之助さんや木製人力織機を発明した豊田佐吉さんなどは、パナソニックやトヨタ・グループを創業したという意味で大成功しているが、これは発明家が事業をやって成功したという「エジソン型」で、純粋にライセンス料や損害賠償で大企業に勝ったという「レメルソン型」の成功例はほとんどないと思う。

理論的には、ネット社会になって、日本でも、そして地方の個人や中小企業でも、基本特許を手に入れられれば、それを武器に、大企業と対等に渡り合って契約交渉や訴訟を通じて多額のライセンス料や損害賠償金を獲得するという「レメルソン型」の成功は可能なはずだ。その理論を現実に適用して実現してみたい、というのが今の僕の目標だ。

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