カテゴリー「組織と個人」の4件の記事

2015年3月 6日 (金)

独りで闘って何が悪い?

「ブラックジャックによろしく」などを描いた佐藤秀峰の漫画の中にあった言葉なんだけど、「独りで闘って何が悪い?」って良い言葉だなと思ったので、ここにでも書き留めておこうと思いました。

今は、チームとか仲間で頑張るのが流行りだし、その方が効率がいいのは間違いない。

だが、学校でもそうなのだが、仲間づくりをすると、その仲良しグループから抜けられなくなって、しがらみとかで、足を引っ張られる感じになって、なかなか現状のレベルを突破できなくなってしまうことがある。

集団行動はプラス面もあるがマイナス面もあると思う。

最近、特許訴訟ではないのが残念だが、個人的なことで訴訟をやることになった。

今日が第一回口頭弁論期日で、相手は、弁護士3人が横に並んでいた。

こちらは僕一人。

「独りで闘って何が悪い?」という言葉を思い出しながら、これから頑張ってみようと思います。

これが片付いたら、特許侵害のネタが2~3個はあるので、特許訴訟に踏み出そうと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月18日 (月)

「一人で頑張る奴」の時代が終わろうとしてる?

Chikirinの日記:時代は変わったんだぜ

オープンイノベーションといってもいいし、水平分業といってもいいし、コラボレーションと言ってもいいんだけど、もはや「ひとりでスゴイもん作る」っていう姿勢に拘りすぎること自体がヤバくなってる。

これって個人でも企業でも国家でも同じでしょ。ひとりの人、ひとつの企業、ひとつの国家に強みがあるのは(ないよりはよほどマシだけだど)、それだけじゃ、勝てなくなってる。あのアメリカでさえ、自分ひとりで中国と対峙しようとしないでしょ。仲間を増やして勝負しようとするじゃん。

覚えておいたほうがいいのは、「友達のいない勉強のできる奴」とか、「一人で何でもやろうとする奴」の時代が終わろうとしてるってことだすよ。

利害を共にする人たちと組んで、それぞれの強みを持ち寄って、全体として超スゴイものを目指そう、そうじゃないと市場で選んでもらえない、という競争になってる時に、ひとりで頑張る!なんて無理すぎなんです。

もう、僕のような「1人でシコシコ発明を特許化して頑張る」という奴は時代から取り残されていくということだろうか?

でも、1人で頑張ってる奴、強みを持ってる奴(企業)が集まったときに、シナジーが生まれて何かが生まれるんじゃないの?
1人では何もできない奴、強みを持ってない奴(企業)が、何人集まっても、大したことにならないんじゃない?

このことについても、これから、どうなるか、自分なりに結果を出していってみたい。

追記: BLOGOSに意見投稿したけど、要は、時代が変わって、ネットワーク力、コミュニケーション力、コーディネート力が、今までになく大きな「強み」になってきた、ということかな。それだけ、従来の技術などにおける強みが相対的に低下してきたと。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月 3日 (日)

NHK「たったひとりの反乱」を見て

7月30日のNHK「たったひとりの反乱」を録画して見た。
昔から「たったひとりの・・・」というフレーズに弱いので。。。

面白かった。2001年の「雪印乳業による牛肉偽装事件」(BSE問題で国産肉を補償金(税金)で買い取るとした政府の方針を悪用して、安い輸入肉を西宮冷蔵の倉庫の中で国産肉と表示された箱に移し替えて、政府に高額で購入させようとした)で水谷洋一さん(兵庫県の西宮冷蔵の社長)が実名告発したときの前後をドラマ仕立てで、水谷さん本人がドラマの途中で何回かインタビューに応じるという形で進められた。
この告発が切っ掛けで、雪印乳業は解散してしまうのだが、その直後から、西宮冷蔵も監督官庁から2週間の業務停止命令(西宮冷蔵の従業員が雪印乳業から要求されて書類の虚偽記載をしていたため)を受けたり、多くの顧客企業から取引を停止されたりして、いったんは廃業してしまった。しかし、その後、発奮して、長男と2人で、本を出して街頭で本を売りながらカンパを集めたりして(テレビで紹介されて全国から資金が集まった)、会社を再建させた。昔の従業員も帰ってきた。

番組を見て、改めて社長の水谷洋一さんは、たった一人で決断のできる、すごく勇気のある方だと思った。こういう、個人や零細企業が大企業・大組織と対決するという話は個人的に大好きなのだ。
僕自身、今、個人発明家として、大企業と対決するという「たった一人の戦い」の準備をしているところなので。

ところで、ここからは追記ですが。。。
番組では、取引を停止した多くの顧客企業を、守旧派のような立場で捉えていた。

多くの人も同じでしょう。例えば、「取引先は次々に契約を打ち切って、西宮冷蔵を苦境に陥れました。告発するような危険な業者は排除したいという業界団体の圧力と、そこに天下りを送り込んでいる官庁の意向が反映している疑いを、濃厚に感じさせる成り行きです。」(志村建世プログより)というような意見が常識的なところだろう。

確かに、そういう面はあったのだろう。顧客企業の中には、「零細企業の分際で雪印乳業などのエスタブリッシュメントに弓を引くなんて、身の程を知れ!」なんていう意識で取引停止をした会社も多かったのかもしれない。

ただ、顧客企業が取引を中止したということに関しては、僕は番組を見てて別の感想を持った。僕も自営業で商売人なのだが、純粋な商道徳や契約の問題として考えて、「たとえ法を(ある程度)犯しているような顧客でも、顧客の秘密は守るという方針の会社に頼みたい(だから、顧客を告発するような会社とは取引を停止したい)」という論理からなら、取引停止という行動も理解できるのだ。

例えば、もし自分が殺人犯で、裁判になって、弁護士に「実は殺っちゃったのだが、やってないという線でお願いします」と頼んで、その後、その弁護士が「正義感」から「実は殺したと本人から聞きました」とマスコミに発表したらどうだろうか? もちろん、こういうことは守秘義務があるから在ってはならない話なのだが(弁護士としては、嫌だと思ったら、受任を辞退すればよい、もちろん秘密は墓場まで持っていくべきだ)。

これは2chなどの掲示板の書き込みも同様で、個人の秘密が保持されて匿名性が確保されていると信頼するからこそ本音の発言ができるのであって、それがどんどん氏名などがばらされるとなると、誰も発言できなくなる(プロバイダー責任法により、プロバイダーは裁判所の令状が出た場合のみ警察に発言者の氏名などを提出する必要はある)。

スイス銀行だって、顧客から預かった金はそれが脱税など違法な行為で得たものかどうかに拘わらず徹底的に秘密管理して守ってくれる(国際条約などにより資産凍結などされたら別)。だからこそ世界中から金持ちがスイス銀行に金を預けるのだろう。

このように、弁護士の場合は依頼人の秘密、プロバイダーの場合は発言者の個人情報、銀行の場合は預かった金の出所などの秘密、倉庫会社の場合は預かった荷物の秘密を、顧客のために徹底的に守るのが「プロ」というものだ。

だとすれば、「自分の顧客の秘密(たとえ違法なものであっても)をばらすような会社とは安心して付き合えない」という論理はある程度もっともだという気がする。

もちろん、倉庫に預かった荷物が麻薬とか拳銃だったら直ちに告発すべきだろう(弁護士の例でもテロの計画を聞いたら直ちに公表すべきだろう)。しかし、この事件のように詐欺罪のような重要度も緊急度もやや低い犯罪の場合は顧客から預かった荷物の秘密をばらしてまで告発すべきかどうか、かなり微妙と思う。

ただ、この事件では、ややこしいことに、西宮冷蔵の従業員が雪印乳業から依頼されて書類の虚偽記載を(社長も知らないまま)既にやってしまっていて、そのままだと西宮冷蔵も詐欺罪の共犯になってしまう恐れがあったようなので、これもからんで難しい問題になったのかなあ、と思う。

いずれにせよ、こういう場面での守秘義務に関しては、従業員よりも取引先の方が重いと思う。従業員は、いわば身内だから、「法令違反の命令に対しては従う必要がないだけでなく、むしろ、内部の人間として積極的に告発して会社を正しい方向に矯正させる権利と義務がある」と思うからだ。これに対して、取引先にはそのような「矯正させる権利と義務」はない(そもそも、そういう役割がない)ので、「守秘義務」の方が相対的にずっと大きくなると思うのだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年5月28日 (水)

組織力と発明力

元検察官で今は法律事務所を運営されておられる落合洋司弁護士が、ブログで、検察の組織力に対して弁護士は対抗できていないという文脈で、組織力について、次のように述べていますhttp://d.hatena.ne.jp/yjochi/20080527#1211899042

上記のような「組織力の差」は、私のように、「組織」からドロップアウトしてしまうと、痛いほどよくわかります。裁判所、検察庁といった組織の中に身を置いていれば、日々、次々と新たな最先端情報が舞い込んできて、それを着実に身につけておくだけで十分仕事がこなせますが、そうではない環境においては、そもそも、情報を取ることが大変であり、常にアンテナを張り巡らせ、意識して努力するようにしないと、組織力に対抗することは相当困難です。

組織に属していると、知らぬまにいろんな情報が入ってくるし、何かあれば直ぐ隣の同僚に聞けるので、組織内の成員のレベルが自動的に上がっていきます。これに対して、一人だと、そういうことがないので、日常的な努力を意識してやらないと、とんでもない勘違いや無知や独善に陥ったり、そこまでいかなくてもレベルが落ちるということは多いと思います。

それは、発明でも同じでしょう。ただ、発明は、芸術と同様に、「組織の中」ではなく「個人の頭の中」で生まれるという特徴があります。

この点、池田信夫さんは、そのブログで、次々と革新的な製品を生み出すアップルの「スティープ・ジョブズの頭の中」について、次のように述べています。http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/ee22ecd32ef1eb7943165c11673dfc22

「科学的マーケティング」なんて神話にすぎない。ヒットをマーケティングの成果として説明するのは、ただの結果論だ。ポラニーが、科学の理論が帰納から生まれるのではなく科学者の直観から生まれるとのべたように、イノベーションを生むのも統計や分析ではなくcoolな才能だから、それを作り出すハウツー的な方法はない。しかしイノベーションは、単なる思いつきではない。それをgreat productとして実現するデザインへのジョブズの執念も尋常ではない。

「科学的マーケティング」でヒット商品が生み出されるなら、チームの力で発明をすればよいのでしょう。そして、確かに、「改善的・周辺的な発明」はチームで話し合っているときに生まれることも多いと思います(トヨタの改善活動など)。しかし、斬新で根本的な基本発明は、あくまで「個人の頭の中」で生まれるものだと思います。

そこにこそ、組織力のない個人が、巨大組織と戦うときの勝機があるのではないかと思います(以前に述べた個人発明家のビジネスモデルの第2の道、つまり、大企業が研究している分野と同じメジャーな分野で大企業の研究者と競争してより早く基本発明をして基本特許を取得しようとする場合の話です)。

なお、「大企業へのライセンスを目指す発明家」とは、大企業と発明分野が競合している発明家という意味です。「大企業へのライセンス型発明家」にとっては、自分の発明を世の中で商品化する道として、主として大企業へのライセンスを通じて大企業に商品化してもらうことが効率的だといえますが、資金が貯まれば自分で事業化することも当然に在りえます。その意味でも、「大企業へのライセンス型発明家」は、通常のパテント・トロールとは違うと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)