カテゴリー「雑談(政治関係)」の119件の記事

2009年12月20日 (日)

国策捜査から逆国策捜査へ(小沢秘書の公判の記事を見て)

12/18に小沢秘書の最初の公判があったが、ネットでの反応は極めて低調に見える。

まぁ、僕自身、それほど興味をかきたてられるという状態ではないのだが、今年4~6月頃にいろいろ書いていた関係で、今回も、少し感想を書いておきたい。

1.  今年の3月に小沢秘書が逮捕されたときは、政権交代が起きるかどうかギリギリの情勢で野党第1党の党首の秘書が逮捕されたのだから、当時の自公政権の権力者の意向を忖度した国策捜査だった可能性が高いと思う。

しかし、それから、政権交代がなされ、今や小沢氏は事実上の最高権力者となり、政治状況は一変した。その結果、当時の自公政権の意向を忖度した捜査という意味での国策捜査は、今は民主の最高権力者の意向に全く反する「逆国策捜査」となっている。

これは、ある意味、検察が、図らずも(当初の目的から全く外れた形で)、「体制内の反体制勢力」という本来の任務を果たしているという状況だろう。小沢氏を抑えられるのは、今は検察しかないという状況だ。

検察は、小沢氏について他にも捜査しているようだが、このまま突っ走っていれば、権力者としての小沢氏に対する国民の目がこれからどうなるかによるが、もしかしたら、また国民の多くが検察を支持する可能性はあると思う。

2.  ただ、検察による小沢秘書の逮捕・起訴が日本にマイナスを与えた面は大きいと思う。

その最も大きいのは、秘書が起訴されているため、小沢氏が内閣に入れなかったことだ。小沢氏が鳩山首相の閣僚にならず、閣僚を兼務しない幹事長として野に放たれてしまい、鳩山氏が小沢氏を操縦できなくなってしまったということは大きなマイナスだったと思う。

また、これからも最高裁まで裁判が数年続けば、その間(追記: 少なくとも第2審判決が出る2年後くらいまでは)、小沢氏は首相になれないので、その点はマイナスと思う(もともと小沢氏にその気がないのなら別だが)。

3  この裁判の争点は、12/19の日経新聞を見ただけ(朝日は止めました)だが、新たなものはなかった。

主な争点は、①政治団体は西松のダミーか実体のある団体か(ダミーならば虚偽記載、実体のある団体なら虚偽記載ではない)、②もし仮にダミーだった(虚偽記載だった)として秘書はそれを認識していたか(故意があったか)、の2点だ。

①と②について、別の秘書による「西松、○○団体、○○○万円と書かれたメモ」を提示して、検察が「団体はダミーで西松からの献金だと大久保秘書が認識していた証拠だ」と主張したことに対して、弁護士は、「西松と書いたのは、『西松グループ』という意味で書いただけ」と反論していたが、これはうまい反論だと感心した。

『西松グループ』に入っている複数の企業・団体(実体のある団体)のどこかから寄付をもらったとき、それらは全部、「西松建設」からの寄付と書くべきでそう書かなかったら虚偽記載だということはできないはずで、本件もそういう事案だと思う。

検察は①と②の両方を立証できなければ有罪にできない。弁護側は①と②のどちらかの立証を成功させなければ無罪にできる。弁護側の方が相当有利と思う。やはり無罪になる可能性が高い(特に①の争点で)、と思った。

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2009年11月14日 (土)

市橋容疑者を通報した建設会社が取引停止に合っているらしい

あるブログから知ったのだけど、「通報があだになった。 08年8月19日から09年10月11日に姿を消すまで、約1年2か月間、市橋容疑者を雇っていた建設会社。警察へ通報後、市橋容疑者が勤めていたことが知られるようになり、取引先数社から契約を完全に打ち切られた。」ということになっているらしい(Yahoo!ニュースより。末尾に引用)。

このYahoo!ニュースでは、市橋容疑者を雇っていた建設会社が顧客先から取引停止にあってるが、通報というせっかくの正しい行為が「アダになった」、という論調で、この建設会社に同情的だ。

でも、顧客が取引停止をしている理由は「通報したから」ではなく、「指名手配犯を確認しないで雇っていたから」だよね(従業員管理の問題)。これは、かなり正当な理由では。顧客からみると、依頼した業者の従業員の中に指名手配犯が居るかもと思うとかなり怖いと思うけど(例えば、建築業者なら、顧客の自宅の中に入ってもらって工事したりする)。

この点で、昨年のNHK特番「たった一人の反乱」(昨夏放送されたNHK特番「たったひとりの反乱」が「印象にあった」という。主要取引先である雪印食品の牛肉偽装を、内部告発した兵庫・西宮市の冷蔵倉庫会社「西宮冷蔵」の水谷洋一社長が、告発後に取引先を相次いで失うなどして休業し、再建するまでを描いた内容)で取り上げられた西宮冷蔵の水島洋一社長の場合とは少し違うのでは。

西宮冷蔵の場合は、「顧客の違法行為を通報したから」他の顧客から取引停止された。顧客が取引停止した理由は「通報したから」というもので、これは、取引停止の理由として正当性はないだろう。西宮冷蔵には取引停止になるような非は無かったと思う(顧客が違法行為をしていても顧客を警察に通報しないのが倉庫会社の義務だと仮定すれば、それを守らなかったという点で非はあるんだろうけど、西宮冷蔵を取引停止にした顧客はそこまでは考えていなかったと思う)。

まぁ、それと、今回の建設会社の場合、もし自分から通報しなかったら、いずれ週刊誌などで話題になってたはずで、そうなったらもっとマイナスだったろう。

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以下、Yahoo!ニュースより引用。

逃走中市橋容疑者雇い、仕事逃げた…大阪の建設会社 通報があだ
11月14日8時1分配信 スポーツ報知

 英国籍の英会話講師、リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)の死体遺棄容疑で逮捕された市橋達也容疑者(30)が、逃亡中に住み込み勤務していたと公開写真を見て気付き、警察に通報した大阪府茨木市の建設会社が、取引先から相次いで契約を打ち切られていることが13日、分かった。建設会社関係者によると「社員の身元もきちんと調べない会社とは、取引できない」として契約を解除されることが続いたという。一方、千葉地裁は同日、この日も食事を口にしていない市橋容疑者の拘置を、22日まで認める決定をした。

 通報があだになった。 08年8月19日から09年10月11日に姿を消すまで、約1年2か月間、市橋容疑者を雇っていた建設会社。警察へ通報後、市橋容疑者が勤めていたことが知られるようになり、取引先数社から契約を完全に打ち切られた。ほかにも、一時的な取引中止や、新規契約交渉が難航する例もあったという。

 ただ、同社社長は「殺人犯(容疑は死体遺棄)を雇っていたということですから。結果論ですからね」と、ひょうひょうと受け止めている。社長は「通報すれば、取引停止の可能性があることは頭にあった。事前に話し合ったが、社会人の義務として通報した」ときっぱり。事業に支障が出るのでは、と社員たちと話し合った結果、決断した。

 契約打ち切りの一方、エールもあるという。社長は「『ようやった』と言ってくれるお得意さんもいる。『これからも仕事、頼むわ』とね」と明かし、より深い信頼関係を築けたケースも出ている。警察官からも「市橋(容疑者)がここで働いた金で整形したことが、整形外科医による通報を促し、逮捕につながった。犯罪人を雇っていたといわれるかもしれないが、気にすることはない」と励まされたという。また、捜査関係者は「取材活動の影響を受けたのかどうか、事態がよく分からないが、われわれが通報者を守り切れていないことは反省している」と述べ、遺憾の意を示した。

 社員らと話し合った際、社長には、昨夏放送されたNHK特番「たったひとりの反乱」が「印象にあった」という。主要取引先である雪印食品の牛肉偽装を、内部告発した兵庫・西宮市の冷蔵倉庫会社「西宮冷蔵」の水谷洋一社長が、告発後に取引先を相次いで失うなどして休業し、再建するまでを描いた内容だ。

 水谷社長を取り上げ、12日に放送された、フジテレビ系「奇跡体験!アンビリバボー」も見たという建設会社社長は、「通報してよかったと思ってます。全然、後悔していない。建設業界自体も厳しい環境にあるが、頑張ります」と力強く笑った。」(太字は当ブログ)

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2009年11月12日 (木)

21世紀の日本は脱詐欺・脱宗教の時代へ?

勝間和代さんによる管直人副総理へのリフレ論のプレゼンに対する批判に関連して、池田信夫氏が書いたルサンチマンの力というエントリのコメント欄の中に、池田氏自身による興味深い一文がある。以下に引用(「ルサンチマン」の意味については、このエントリの一部を、末尾に引用しておく)。

20世紀はよくも悪くもマルクスの時代だったけど、21世紀はニーチェの「来るべき200年」の後半になるような気がします。ニヒリズムは、ニーチェの時代には彼ひとりの思想だったけど、20世紀後半にはインテリの常識となり、21世紀には先進国の大衆の常識になるでしょう。」(太字は当ブログによる)

マルクス主義は一種の宗教だったので、20世紀はマルクス主義を含む宗教の時代だったといえるだろう。宗教は一種のマインドコントロール=詐欺なので、その意味では、20世紀は、多くの大衆が詐欺にひっ掛かっていた時代だとも言えるだろう。

ニーチェは読んだことないけど、多分、ニヒリズムというのは、神とかで自分の人生をごまかさないで自分に正直に向き合え、ということだろう。そうすれば、詐欺や悪徳政治家からつけ込まれて騙されたり、宗教に引きずり込まれてマインドコントロールされることも少なくなるのではないだろうか。もちろん、心の平安を求めるという意味での宗教はずっと続いて行くだろうけど。

以下は、池田氏の上記エントリの「ルサンチマン」の部分の引用(太字は当ブログによる)。

・・・斎藤氏も指摘するように、社会変革と自己啓発は逆のベクトルをもつ心の動きである。前者は社会の現状を変えようとする外向きの動きだが、後者は現状を所与として「がんばれば報われる」と考える内向きの動きである。

この二つの動きを駆動している心理は何だろうか。私は、ニーチェのルサンチマンという
概念が似合うと思う。これは社会的弱者が抱く恨みや劣等感のような屈折した感情で、それが社会への攻撃に向かうと共産主義のような運動になり、内側に向かうとキリスト教のような宗教になる。乱暴にいうと、キリスト教は貧しい人々のルサンチマンに偽りの救済を売り込む史上最大の自己啓発運動だ、というのが晩年のニーチェの主張だ。キリスト教の与える「人生の意味」は偽りだから、その神学をつきつめると「人生に意味はない」というニヒリズムにたどりつかざるをえない。

・・・というニーチェの予言は現実のものとなりつつあるが、こういう自覚をもつのは、実は一部の知識層だけだ。大部分の民衆は、2000年前のキリスト教徒と同じように「貧しい者も努力すれば救われる」と信じて、何かにすがろうとするので、「生き方」本は同じようなことを書いても売れ続け、自己啓発セミナーや新宗教は次々に出てくる

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2009年11月11日 (水)

経済学と法律学

最近の勝間和代さんに対する批判など、池田信夫氏のブログなどを見ててよく感じることは、他人の主張に対して「間違いだ」という言葉を安易に頻繁に使っていることだ。経済学者には、こういう言葉の使い方が多いのだろうか。

そのような「間違ってる」という言葉で書かれた批判を読むと、そのときは、「間違ってる」と指弾された主張やそれを主張している人に対して、「とんでもない奴だ!」という気がしてしまうのだが、その後で、他の人(経済評論家や経済学者など)からは「いや、間違ってない、正しい」とも主張されて、どっちなんだ、という感じになる。

「間違ってる」とか「正しい」とかの「激しい言葉」が経済の議論を混乱させていると思う。「激しい言葉」を使っていると、内容から離れて感情的にもなってしまうので損だろう。

法律の世界では、「間違いだ」という言葉は、論理的に矛盾している場合を除いて、まず使わない。「どちらも正しい、どちらも理論的には成り立ち得る」ことを前提として、「どちらがより妥当か、どちらがより妥当でないか」を問題にするし、「(より)妥当だ」とか「(より)妥当でない」という言い方で議論する(判決では、妥当でないという意味で「失当である」なんて言葉がよく使われている。まぁ、これはこれで普通の人は使わないおかしな言い方で、ちゃんと「妥当でない」と言えばいいのにと思うけど)。

経済の議論の仕方は、法律に比べて、かなり幼稚というか遅れてると思う。

追記:法律も経済も、まず過去及び現在の事実認定をして、それを前提に自分の見解や解釈を立論するというのは、議論の構造として同じだろう。この事実認定の部分(経済では統計など)は、法律の議論でも「間違ってる、正しい」という言葉を頻繁に使ってるがそれは当然だ。そうではなく、見解や解釈を述べる部分では、法律の議論で、「間違ってる、正しい」という言葉を使うことはまずない。経済の見解というのは、自分の理論とそれによる将来予測だろう。例えば、リフレ論(物価上昇率の目標を定める、一種のインフレターゲット論)の立場なら、そのリフレ論と、この理論に基づく政策をやれば日本経済はこうなるだろうという将来予測との2つが、見解の中身だ。これについて、神様でもないただの他人が「間違ってる、正しい」という言葉を使うのはおかしいと思う。「私は妥当でないと思う、妥当と考える」ということができるだけのはずだ。

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2009年11月 8日 (日)

池田信夫氏が勝間和代バブル消滅を主張

管副総理に行ったという勝間和代さんのプレゼン内容に、池田信夫氏がブログで批判をしている。

僕は経済はさっぱりだが、読んだ限りでは池田氏の論旨の方がしっかりしていると感じる(他のことでは池田氏の意見には反対のことが多いんだけど)。

勝間さんのプレゼン資料を見ると、ド素人の僕から見ても疑問がある。例えば、この資料の最後の8ページに「円高は内需拡大に全く貢献しない」とあるが、本当にそうなのか? 円高か円安かの国全体への影響はプラマイゼロのはずだ。輸出振興の点では円高は製品の輸出価格の増加をもたらしてマイナスになるだろうが、その逆に内需拡大の点では円高は原材料や製品の輸入価格の低下をもたらし庶民の購買力が増加するからプラスになるのでは?(違うかな?) 他にもいろいろあるが、とにかく、いくら何でもこの資料はちょっとひどすぎると思う。

勝間さんの本がベストセラーになったりカツマー現象があったりしても、それはスピリチュアルと同じレベルで世間で騒いでるだけなら問題ない。

でも、それが政府の政策に影響を及ぼすのはまずい。いったい、誰が勝間さんを管副総理への教育係に指名したのだろうか? これは問題だと思う。

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2009年11月 5日 (木)

憲法解釈の変更もマニフェストに入れるべきでは?

内閣官房長官が憲法解釈とその変更について、内閣法制局長官の意見にかかわらずに政治主導でやると言っていた。

しかし、法解釈には「文言を外れない無理でない解釈」と「文言を少し外れるような無理な解釈」があるが、どちらも可能な解釈で、要するに法解釈は融通無碍で、ある意味、その解釈者の都合や好みでどうにでもできるものだ。

歴代の内閣法制局長官は、プロの立場から、文言を外れた無理な解釈はしないという方針でやっていたと思う。それが、政治家が解釈するようになると、どんな解釈もありになってしまう。しかも、その解釈は、安保政策などの高度に政治的な問題については統治行為論という考え方により裁判所のチェックが及ばない(裁判所が自粛して判断しない)ので、もし内閣が「無理な憲法解釈」で「暴走」したら、次の選挙までは誰も止められなくなってしまう。

だから、まぁ、今の鳩山政権なら大丈夫と思うが、少し前の安倍内閣のような「暴走」する内閣が出来たときはすごく不安な面はある。

だから、憲法解釈の変更も重要な政策の変更と同じと考えて、選挙でのマニフェストに入れて、それで選挙に勝って始めてその憲法解釈の変更をする、という手順をとるべきだと思う。

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2009年10月31日 (土)

JALは破産処理しかないのでは?

2009/10/28付け毎日新聞よりJAL再建問題の記事を引用。

・・・だが、現段階ではOBは引き下げに反発しており、もし同意が取り付けられなければ、事態の深刻さは増す。企業年金は賃金の後払いの性格があるため、受給権は強力に保護されている。法的整理の場合も、強制的に減額が可能なのは破産だけで、民事再生法や会社更生法では減額されない可能性が高い。また、企業年金の解散は、確定給付型に移行した日航では事実上困難。こうした事情から、政府内の一部には年金受給額を強制減額する特別立法を模索する動きもあるが、財産権の侵害になりかねないため慎重論が強い。 一方で、日航再建のために公的資金投入を判断する財務省と、債権放棄やつなぎ融資を求められる銀行団は、年金削減への圧力を強めている。藤井裕久財務相は「世間の良識ある方に答えられることをしなければだめだ」と語り、ある取引銀行幹部も「税金を年金支給に充ててはいけない」とする。日航を所管する前原国交相は難しい判断を迫られることになる。」(太字は当ブログによる)

まず、上の記事で政府の一部が検討しているという「年金受給額を強制減額する特別立法」は、上の記事にあるように、財産権を侵害する憲法違反の法律を作ることになるので、無理だろう。

そして、日航OBの年金減額が公的資金投入の前提だというのなら、また、上の記事の「企業年金は賃金の後払いの性格があるため、受給権は強力に保護されている。法的整理の場合も、強制的に減額が可能なのは破産だけで、民事再生法や会社更生法では減額されない可能性が高い」というのが本当ならば、破産処理しか無いというのが論理的な帰結だろう。

JALを破産処理しても、特に問題はないと思う(そもそもJALは今の時点で実質2,500億円の債務超過だとされている)。破産処理したくない人たちは、今までの経緯からのしがらみや責任逃れなどの思惑があるのではないだろうか。

前原大臣は、「飛行機が飛ばなくなったら大変だ」と言って法的整理はできないと言っているようだ。しかし、僕は破産法制は詳しくないけども、破産処理しても、飛行機を飛ばすことはできるはずだ。

まず、破産すれば、裁判所の監督の下、そのときの破産財産でそれまでの債権の全てを清算することになるから、銀行などが持つ債権もその破産財産から配分された範囲内で清算されるし、企業OBの年金もその破産財産から年金のために配分された範囲内で清算される(実際には、破産財産から年金のために配分された分を財団法人か何かに移して長期的に運用することになるのではないだろうか)。

破産・清算になれば、JALの法人格そのものが無くなる(消滅する)から、企業OBとの年金の契約や従業員との雇用契約はパーになるし、株券もパー、貯めてたマイルもパーだ(マイルだけは、後の新生JALが営業政策から事実上引き継ぐことも?)。

一方、これと並行して、新生のJALという新しい法人を設立し(資本金は政府やその他民間企業が出資)、破産した法人(前のJAL)の破産管財人または清算人から飛行機などの機材やJALの商標などを時価で購入し、失職した従業員たちと新たな雇用契約を結んで雇用し、各地の飛行場と新たな使用契約を結ぶなどすれば、飛行機を飛ばすことができる。

その間の数日間くらい、事務手続などの問題で飛行機が飛ばなくなることもあるかもしれないが、もしそうなっても、それくらいは止むを得ないだろう。新生JALならば、前のJALのOBやその年金問題とはもはや一切関係なくなるので、公的資金投入の前提が整うということだ。

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2009年10月18日 (日)

検察から政治資金規正法違反の捜査権限を奪う方策?

昨日(2009/10/17)付けの朝日新聞に出ていたが、民主党の小沢幹事長が公職選挙法の改正に関連して、「欧米諸国の独立型選挙委員会をモデルとする日本版選挙委員会」を検討しているようだ(参考)。

英国と米国では、政府から独立した「選挙委員会」が準司法機関として選挙運動の監視や政治資金の情報公開を行っているようだ。

もし、この独立委員会に、公職選挙法違反の監視(捜査)権限だけでなく、政治資金規正法違反の監視(捜査)権限をも持たせるようにすれば、検察は、時の政権の意思を忖度して総選挙前に野党党首を国策捜査で失脚させるなどの行動が採れなくなる。

まぁ、小沢幹事長がここまで考えているのかどうか分からないが、もしこの独立委員会にこのような監視(捜査)権限まで持たせるようにすれば、「法務省所属の検察庁の組織改革」をしなくても、検察から政治資金規正法違反の捜査権限を引き剥がすことができる訳で、これはかなりうまい手ではないかと思った。

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2009年10月13日 (火)

朝日新聞などマスコミの内部でも政権交代?

僕は朝日新聞を取っているのだが、最近、僕だけかもしれないが、政治欄で、星浩の記事が少なくなったと感じる。

その代わり、政治欄では、薬師寺克行とか、その他、今まで余り知らなかった名前の人の記事が多い。

おそらく、星浩とかは、今年5月に麻生太郎と会食したりしていたように、自民党と太いパイプを持っていたが、自民の野党転落でその価値が無くなった。だから、出番が少なくなったのでは?  2~3日前(2009/10/10)の朝日新聞では、僕としては久しぶりという感じで星浩の記事を見たが、それは、死亡した自民党の中川昭一・元財務相の関係の記事だった!?

まぁ、そういうことで、おそらく、朝日新聞を初めとしてマスコミの内部でも政権交代が既に始まっているのだろう。だから、星浩などは、総選挙前に、あれだけ、民主党を攻撃して自民党を支援していたのだろう。

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2009年10月12日 (月)

自民党が見えていないもの

昨日(2009/10/11)の朝日新聞で、ザ・アールの奥谷禮子が、自民党について、「この半世紀、ほとんどの政権を担ってきた自民党は慢心の病にかかっている。症状は、時代の空気がまったく読めない。グローバル化が進み、中国やインドなどが台頭する激しい競争の時代に・・・」(太字は当ブログによる)と書いて、自民党は安倍内閣から止まった小泉竹中改革路線に戻って小さな政府を目指せ、と論を展開していた。

奥谷さんが「自民党が見えなくなった時代の空気」というのは、要するに、グローバル化での競争激化の状況のことで、それが見えていないから、自民は大敗し病の中にある、というのが奥谷さんの見立てだ。

しかし、グローバル化での競争激化は、経団連と二人三脚の自民党には、よく見えていたばすだ。

だから、自民党が見えていなかったのは、「時代の空気」ではなく、小泉改革で疲弊した「国民の生活と国民の気持ち」だろう。もちろん、奥谷さんなど、新自由主義者にも見えていない。

もっとも、リベラルの民主党への対抗軸としては、小さな政府、新自由主義はまだ有効だろう。しばらくは無理でも、10年後くらいには、また出番がやってくるのでは。それまでに、自民党は、今回の小泉改革の弊害の反省を踏まえて、新自由主義とその弊害を無くすための政策をトータルで練っておけばよいのでは。

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