カテゴリー「雑談(その他)」の17件の記事

2009年12月 3日 (木)

美少女キャラで町おこし(秋田県羽後町)

2009/12/2のNHKクローズアップ現代で「美少女キャラで町おこし」をしている秋田県羽後町を紹介していた。

これは、同町出身で東京で勤めている山内貴範さん(24歳)が、昔は早く出たかった故郷のこを何とかしたいと思い始めて、故郷の風景(文化財となっているかやぶき屋根の民家がある風景)と美少女キャラを組み合わせたイラストアニメを作ったらどうかということを思いついて、美少女キャラクタの作家に頼んで回ったことから始まったらしい。

思いつくことは誰にもできるけど、実際にそれを頼んで回ったという行動力がすごい。

それで、徐々に有名になっていき、今では、東京からは電車で半日かかる田舎町に、「聖地巡礼」として都会から多くの若者が訪れている。町の経済効果は1億円とのこと。

美少女キャラと古い民家を組み合わせたイラストのパッケージの米(あきたこまち)なども紹介されていた。

東京都に住みながら、この2年間で10回もこの町を訪れた、趣味が美少女キャラの若者もいる。「自分の故郷のような気がする」と言っていた。

地元スーパーに勤める若者(佐々木隆治さん)なども地元の農産物を美少女キャラでPRするなどのビジネスを始めていた。

地域が持つ古くからの価値に美少女キャラという新しい付加価値を組み合わせたことで成功した。

奈良県で活動する映画監督の河瀬直美さんは、地元のネットワークと美少女キャラが好きな人たちのネットワークとが融合したことによる成功例と言っていた。

誰にも、僕にも故郷がある。故郷に何か貢献したいという気持ちはある。とても印象に残った番組だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年11月24日 (火)

今後の更新はゆっくりペースになります(中間報告と御礼)

今から1年半前(2008年4月頃)にこのブログを始めたときは、手持ちの特許出願が100件を超えて、特許がかなりの数、次々と成立しそうな雰囲気だったので、1~2年後には主な特許を取得し終わって、大企業とのライセンス交渉や訴訟などの展開もありえる、それらの報告(相手企業の名称や交渉内容などの秘密事項を除く公開可能な範囲内での報告)などをこのブログでできるかなという甘い予想を持っていました。

あれから1年半が過ぎて、特許は25件近く取得したのですが、客観的には珠玉混交で、モノになる(ビジネスになる=カネになる)特許がその中に入ってるかどうかはよく分かりません。最も期待していた出願の数件は、拒絶査定になってしまい、現在、分割出願で仕切り直しの段階で、特許になるかどうか不明で、仮に特許になるとしても、後2年くらいはかかるでしょう。

そういうことで、特許取得にしても、企業との交渉や訴訟にしても、ここ2年くらいは、足踏み状態が続き、新しい展開はないだろうと思います。

一方、今年の春ごろからは、民主党の小沢秘書が逮捕された件などで、政治的な主張もしてきましたが、政治的な状況としては、今年9月に政権交代がなされ、現在、それなりに「静かな革命」としての成果が出ているのではないかと思います。それで、政治についても、特に何か書きたいという気持ちが生まれてきません。まぁ、小沢秘書の公判が始まればまた何か書き出すかもしれませんが。

そういうことで、このブログの更新は今後はゆっくりペースになって行くだろうと思います。

もちろん、「野良犬のようなちっぽけな個人でも大企業・大組織と戦って勝てるんだという実例を何個か作っていく」という当初の目標はこれからも掲げて行きますし、何か展開があれば、このブログその他で発表して行きたいと思います。

こんなブログでも、今までに8万を超えるアクセスを頂いたこと、大変嬉しく思います。今まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。

決して終わりではありませんが、一応の区切りと考えて、御礼の言葉とさせて頂きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 7日 (土)

人生の本質

ドラマ「不毛地帯」のエンディングが、最近の私は気に入っていて、極寒の地の中に立つ主人公の姿は、私がいつも感じている気持ち、気分に非常に似ていると、毎週、エンディングを見ながら思っています。一言で言えば、寂寥感ということでしょうか。流れている歌も、そこはかとなく寂寥感が出ていて、しみじみとさせられます。

人生の中では、晴れがましい場面があったり、人に誉めそやされたりといったこともありますが、その本質は寂しさではないかと私はいつも感じています。そういった寂しさをいかに乗り越えてゆくかが、人生における最大の課題なのかもしれません。

上は落合洋司弁護士のブログからの引用だが、人生の本質が寂寥感、寂しさ、空しさではないかというのは、僕も50歳を過ぎてよく感じるようになった(落合弁護士は「空しさ」までは書いてませんでしたが^^;)。

無常観とか、人間は1人だというのも最近よく感じる。

俳句はよく分からないが、松尾芭蕉のわびさびなどもそういうことだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年10月22日 (木)

高相被告にウソの供述を「指示」した酒井被告の代理人弁護士の罪は?

高相被告、”ウソ供述”していた!」という記事(以下に一部引用)。

女優・酒井法子被告の夫で、覚せい剤取締法違反(所持・使用)の罪に問われた自称プロサーファー、高相祐一被告(41)の初公判が21日、東京地裁で開かれた。起訴内容は大筋で認めたが、使用場所を公園から自宅とこれまでの供述と一転。「酒井被告の覚せい剤使用を隠すためだった」と妻をかばうために、うその供述をしたことを明かした。(中略)

高相被告が捜査段階での供述でうそをつき、酒井被告の覚せい剤使用を“隠ぺい工作”していた。(中略)

高相被告は起訴事実をおおむね認めたが、裁判官から「公園の公衆便所で吸引した」ことを確認されると「トイレでは使用していません。自宅で吸引しました」と否認した。取り調べでの供述を一転させた理由に「当初は法子の逮捕前だったので隠そうと…」とポツリ。自宅での使用を認めることで、酒井被告と薬物が結びつくことを恐れたことを明かした。(中略)

さらに酒井被告の代理人で、当時、高相被告の弁護人でもあった榊枝真一弁護士からも「(自宅は)まずいから公園で使ったことにして」と指示されたという。供述を覆したのは、現在の弁護人に正直に話すように諭されたためで「(酒井被告を)かばう必要がなくなった?」と尋ねられるとうなずいた。

上記のように、「酒井被告の代理人で、当時、高相被告の弁護人でもあった榊枝真一弁護士からも「(自宅は)まずいから公園で使ったことにして」と指示されたという。」というのが事実なら、この弁護士は、何かの罪になるんだろうか?

もし高相被告が後の酒井被告の裁判で「ウソの供述」と同じ内容の「ウソの証言」を証人としてしてくれれば、つまり、自分の事件での「被告人」としてなく、他人である酒井被告の事件での「証人」として、ウソの証言をしてくれれば、この弁護士は「偽証罪の教唆」で逮捕できたろうにと思うが、高相被告はウソの「証言」はしてないし、既に自分の事件の裁判で本当のことをしゃべってしまったので、この可能性は無くなった。残念^^ (※一部訂正しました)

 ※追記ですが、この弁護士の行為については、「偽証罪の教唆の未遂」も考えられるが、「正犯が犯罪の実行に着手しなければ共犯は成立しない」という実行従属性の原則(共犯従属性説=判例通説)から、これも難しいようだ。

他方、証拠隠滅罪は、証人についてはその物理的な妨害に限るらしいので、「ウソの供述の指示」は証拠隠滅罪には該当しないようだ。

となると、無罪ということだろうか? それは納得できないが、よく分からない。(※弁護士会への懲戒請求などはできるだろう)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月16日 (日)

夏休み

xtcさんのブログにもコメントしたことだけど・・・。

僕が子供の頃の夏休みは、いつも身近に入道雲と木陰の涼しさがあった。

夏休みは毎朝、朝顔を見ながら、近くのお寺でラジオ体操、日中は近所のガキ大将たちと近くの川で泳いだり・・・。そういう毎日も、お盆が過ぎて夏休みが残り少なくなると、胸が痛いというか、胸が締め付けられるような感じがしてた。名残惜しい感じ、今から思うと、夏にサヨナラしなきゃいけない、セミが死ぬように人間もいつか死ぬんだっていうような感傷的な気分。吉田拓郎の「夏休み」の世界だった。

大人の夏休みはそんな感傷も何もない薄っぺらだな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月12日 (水)

同窓会

先週の土曜日(2009/8/8)に中学校の同窓会があったので出てきた。皆、昔から付き合いの悪い僕が出てたので驚いてたようだけど。今までに5回くらいあって、僕は今回で2回目の参加だった。

僕は高校は地元の進学校といわれる高校(地方なので県立)に行ってて、この高校の同窓会はかなり頻繁に開かれてるんだけど、みな同じような人種が多く集まってるという感じがして、余り面白いと思わなくて(高校時代も余り面白いと感じなかった)、僕はほとんど出ていない。

これに対して、中学校は田舎のどこにでもある地域の中学校で、卒業生もいろんな方面に行ってて多様で、中学時代の良い思い出も幾つかあるし(肥溜めの思い出など?)、話をしてて面白いし楽しい。

子供の頃は全くウマが合わなかったのに、すごく変わってて、ウマが合いそうだなと感じた奴もいた。まぁ自分の方も変わったんだろうけど、そいつをみて、人間はここまで変われるんだな(表面だけかもしれないけど)と思った。いろんな目にあって、変わらなきゃと思って変わっていったのではないだろうか。

でも、この同窓会、出席したのは30人ちょっとで、同窓生全体の4分の1以下で、出席率はかなり低い。

以前、どこかのブログで、同窓会は見栄の張り合いで調子の良い人が行くところ、とあった。先日の同窓会で見栄の張り合いがあったのかどうか全部は知らないけど(僕が見た限りでは無かった)、調子が悪いときに少し行き難いというのは確かだろう。僕も若いとき、25歳の頃、無職でニートだったときに高校の同窓会に出て、少し気まずい思いをした経験がある。

まぁ、これから、子供が独立して、定年になって仕事から離れたら、また昔のような利害関係のない付き合いが再開できるのだろうが、子供も完全に独立してなくて仕事もあるような年代ではまだ微妙な問題もあるんだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

酒井法子、もし不起訴なら検察審査会の決議が面白いことに?

ネタりかからの引用。

・・・ところが、酒井容疑者が起訴猶予処分になる可能性も出てきたという。自宅から見つかった覚せい剤が微量で起訴できないというのだ。
 酒井容疑者の逮捕容疑は東京・南青山の自宅マンションで化粧ポーチの中のアルミ箔(はく)に包まれた覚せい剤0・008グラムを所持した疑い。覚せい剤1回の平均使用量が約0.03グラムとされ、起訴される場合は、通常、それ以上の分量を所持している。しかし今回は微量で、薬物事件を多く手掛ける弁護士は「通常なら起訴猶予になるケース」と指摘。しかも6日間行方不明だった酒井容疑者からは尿検査で覚せい剤反応は出ていない
 「覚せい剤が微量の事件は検事が起訴したがらない。今回も難しいかもしれない」(警視庁の捜査幹部)
 それにしても、もし立件できなければ、酒井容疑者の逃げ方はうますぎはしないか
指名手配になると執行猶予がつかなくなるので、そのギリギリのあたりで出頭。さらに尿検査で覚せい剤反応が出なくなるのに必要な期間、姿を消していたとみられる」(週刊誌記者)」(太字は当ブログによる)

もしこれで不起訴(起訴猶予)になるのなら、これからは皆同じことをするだろう。

警察から任意同行を求められても、子供がいるから後で行きますとか適当なこと言って、1週間くらいバックレて、執行猶予が付かなくなる指名手配の直前に出頭して尿検査を受けて覚せい剤反応が出ないようにして不起訴になる、というケース(”逃げ得”無罪)がこれから続出するだろう。

そんなズルが許されるなんてことは国民感情が許さないのでは?

もし検察が不起訴にしてくれたら、その後の検察審査会で「起訴相当」の議決が2回出て、裁判所が選任した弁護士による強制起訴、という流れになって、面白いことになるだろうな。

まぁ、検察としては、そういう流れ(検察の起訴独占権が弱まっていく流れ)は何としても防ぎたいので、どうにかしてのりピーを起訴しようとするんだろうけどw

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2009年3月29日 (日)

アンジェラ・アキの「手紙~拝啓 十五の君へ~」

一昨日(2009/3/27)、たまたま、テレビを付けてて、歌手のアンジェラ・アキさんが出てるなとパソコンやりながらチラチラ見てたNHKの番組。後でネットで見ると次のように紹介されている。

「今年、新しい卒業ソングとしてもっとも話題を集めることになったアンジェラ・アキの「手紙~拝啓 十五の君へ~」。
もともと、全国学校音楽コンクールの中学生の部 課題曲として書き下ろされたこの楽曲は、「合唱ドキュメンタリー」として、2回に渡って昨年5月、9月に放送され、記録的な大反響を呼びました。
そして、その完結編となる
「拝啓  旅立つ君へ~アンジェラ・アキと2000通の手紙」が前代未聞の75分拡大版特別番組として、3/27(金)19:30~20:42のゴールデンタイム(NHK総合)にてオンエア」

NHKには2000通の手紙が来たそうで、番組では、その中から選ばれた全国のいろんな地域にいる十数人の女子中学生が、手紙を読んだり話したりしていた。

この番組で、僕が印象に残ったのは、出てきた女子中学生(卒業前なので15歳くらい)のほとんどの人たち、というか7割以上が、「友人と一緒にはしゃいだりしている自分は、演技しているニセの自分で、本当の自分ではない、だから、友人がいても孤独感や違和感があって、もう限界で耐えられない」と泣いたりしていたことだ。僕がチラチラ見てたところでは、7割以上の子が、こういう、全く同じような悩みを吐き出していた。「自分がニセモノに乗っ取られて自分が自分でなくなってしまう恐怖」といった感じだろうか。

僕は、今の若い子の多くがこういう悩みを持っていることは意外に感じた。今の子たちは、もっと「器用」なのではないかと思っていたので、その「不器用さ」が新鮮に思えた。

友人の前で演技をしているということは、少なくとも外見だけはそれなりに友人関係でうまくやっている「世渡り上手」の方だろう(周りから孤立しているわけではない。中には孤立したりイジメられているという子も何人か番組に出ていたが)。それなのに、これは本当の自分ではないと苦しんでいる。

大人になるということは、そういう演技をしている自分に違和感を感じなくなることなのかな、と思った。つまり、それだけ、鈍感になることだ。演技を続けていると、そのうち、演技していても、演技かどうかも分からなくなる。そうなると、どれが本当の自分なのかも、分からなくなる。余り深く考えるのも止めようと思うようになる。まあ、それが、大人になるということだろう、少し寂しいけど。

学生時代に読んだ「罪と罰」(ドフトエフスキー)も、大きなテーマの一つがこの「エセ」「自己欺瞞」ということだったと自分で勝手に解釈した記憶がある。「エセ」とは「似非」で、「似て非なるもの」、つまり、「ニセモノの自分」だ。それに成るということが自己欺瞞だ。

自己欺瞞と「本音と建前」とは全く別だ。「本音そのものがニセモノになってしまうこと」、つまり「本当の自分がニセモノに侵食されて変質してしまうこと」が自己欺瞞なのだ。

「罪と罰」では(自分の記憶だけで確認はしていない)、主人公で学生のラスコーリニコフが経済的に困窮していて、田舎の妹が、金持ちのおじさんと結婚しようとして、兄にとっても自分にとってもこれが幸せなんだ、これが自分の本当に望んでることなんだと思い込もうとしてて、母親もそう思い込もうとしていた。ラスコーリニコフはそういう「ごまかし」が我慢できない。「自分を自分が裏切ってごまかすこと」が、たまらなく不潔で汚い感じがして、我慢できないのだ。

この自己欺瞞は、同じく学生時代に読んだ「日常生活の冒険」(大江健三郎)でもテーマになっていた。そこでは、主人公に対して、哲学者の青年が「(お前のように)自分の存在に逆らって生きていることが自己欺瞞なのさ」と言ったりしてた。

鈍感にならないで、自分をごまかせないままでいると自分を責めてしまったりして、辛いことが多い。鈍感になって、うまく演技をしてた方が生き易いということはある。だから、それはそれでいいと思う。しかし、他方で、鈍感にならないで「自分をごまかさない」でいることが、例えば発明したり、芸術やそれに限らず何かを表現しようとするときに、武器になってくれることもあると思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月15日 (日)

阿久根市の竹原市長の「卒業生に送る言葉」

鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50歳)。2008年8月に市長に当選後、議員の定数を10削減して6にする条例改正案を提案(議会は否決)したり、人件費削減を訴えるため市のホームページに全退職者の退職金や全職員の給与明細を公開したり、今は議会からの不信任決議に対抗して議会を解散し、全国的に注目されている。

この市長のブログ「住民至上主義」を見たが、この人は今、「日常生活の冒険」(大江健三郎の小説のタイトル)の真っ最中なのだな、と思った。僕と同じ年代の人だけど。「志のために自己愛を捨てる」という努力をしている人ではないかと感じた。

このブログの本年3月12日付けエントリに、「中学校卒業式祝辞」が掲載されていた。読んだけど、この市長らしい、今のKY(空気読めない)の風潮に対して「努力に裏付けられた自信」と「結果に対する覚悟」を持って空気を作れる自立した人間になってほしいという考え方、「他人に見せない自由な努力」によって「自分で自分を尊敬できる人間」になってほしいという考え方には共感した。以下に引用しておきます。 

「祝辞 阿久根市立阿久根中学校の卒業式が挙行されるに当たり 一言お祝いの言葉を申し上げます。

これからは 今まで以上に自分で考えて 行動しなければなりません。自立することが求められます。
空気を読めないという意味でKYという流行語があります。もともと空気を読む というのは、芸人がお客さんのご機嫌をうかがうという意味です。芸人はお客さんの反応を感じながら演技します。それが仕事です。
自立している人間にとって、他人はご機嫌をうかがうべきお客さんではありません。
また、なんでも相手に合わせて自分の色を変えるような人間は本当に信用される事がありません。私は常に空気を読む癖がついてしまった人は 本当に不幸だと思います。

努力に裏付けられた自信と、結果に対する覚悟が自立の基本です。自立した人間はしょっちゅう他人の顔色をうかがうことはいたしません。
例えば野球選手のイチローが打席に立つだけで空気が変わります。空気は読むものではなく 人が心で作るものです。
今は出来なくても、日々、努力を続ければ心の内側に積み重ねられたものが溢れ出る時が必ず来ます。 空気を作れる人間になることができます。

その努力は他人に見えないところでやるものです。そこには本当の意味で こころの自由があります。他人に見せない、自由な努力によってこそ自分を尊敬できるようになります。
阿久根の義務教育を終える皆さんには、周りの顔色をうかがったりする必要のない人間に育っていただきたい。
不思議な事に、見せ掛けだけの人の周りには同じような種類の人が集まります。
人間関係で失敗したら、隠れた努力が足りなかったか、超えるべき あるいは耐えるべき試練と考えるしかありません。
「他人のせいで起こることは何もない。」
そのように考えてください。これが本当に自立した 自分の人生を引き受ける人間の態度です。

皆様の御健康と御多幸を心からお祈りいたしましてお祝いの言葉とします。
  平成二十一年三月十二日       
    阿久根市長 竹 原 信 一」 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 1日 (木)

1~2年後はバブル再来?

昨日(2008/12/31)の大晦日の日経新聞の経済教室に堺屋太一が寄稿していた。堺屋太一は僕の好きな評論家の一人だ。最近は露出が少なくなったけど。1980年代中ごろに出た「知価革命」、僕は20代後半だったけど、衝撃的だった。

その堺屋太一だが、今回の寄稿の内容を読んで、やっぱり歴史的視点からの考察がこの人の持ち味だなと思ったし、すごく納得できた。以下に、僕なりに纏めておきます。

1 2008年後半からの金融危機は、1971年に米ニクソン大統領が金ドル交換を停止して始まったドルのペーパーマネー体制(これをうまく使ったのがレーガン大統領で、ドルを金という物質の裏づけなしに自由に発行し垂れ流しながら、そのままだと「ドルの供給過剰」でドルが暴落するので、米国の景気を良くしてドルを世界中から買わせた。その後も、ジャンク債、新興国、ITバブル、サブプライムローンなどの仕掛けを使ってドルの借り手を増やして、ドルの需要を高めることで、ドルの需給を均衡させ、国際基軸通貨ドルの価値を保っていくという体制)、これが崩壊したということ。

2 これからの米国は、3年後には、自動車産業などの規格大量生産型の製造業は決定的に整理され、「全(まった)き知価社会」に変貌する。

3 これからの中国は、1年後には急回復する(今は、日本や韓国など多くの国でもあった工業化の初期の過程で必ず通る調整の谷間の期間とみるが、歴史的に見てこの期間は1年間くらいの短期間)。

4 これからの日本は、円高と高齢化を「利点」として、発展する可能性がある。一般には、円高と高齢化はマイナス要因とされるが、実は違う。

「円高」は、輸出産業には打撃だが、それ以外の多くの企業には輸入する原材料や部品の値下がり益の恩恵が大きく、これらの値下がり益は企業に多くの利潤を蓄積させる(ちょうど20年前、1986年頃から始まった「円高不況(製造業などの輸出産業に打撃)」が直ぐに「円高バブル(金融と不動産・建設などでバブル)」に変質したのと同じ)。

「高齢化」は、これから団塊の世代が60歳代となり年功序列型の高給取りでなくなるので、企業はこれらの団塊の世代の良質な労働力を安価に(嘱託などで)使うことができるので、企業は利益を得ることになる(団塊の世代は企業からの少ない給料と年金とのダブルで生計を立てることになる)。

そういえば、池田信夫blogでも、これからバブルがまた必ずやって来ると書いてあった。以下は池田信夫blog(2008/12/26)の一部引用を含むまとめ。今回、米国などで金融緩和などの異常な金融政策が始まったが、このような異常な金融政策はそのうちどこかでバブルなどの異常な結果をもたらす。必要以上に大量の通貨を供給し続けていると、必ずどこかにはけ口ができて、物価もしくは資産のインフレが起きてバブルとなる。バブル崩壊後の金融緩和が次のバブルを呼んだという事件は、最近の20年間で日米だけで4回もあった。(1)日本の1980年代のバブルは、1985年のプラザ合意以降の円高不況に対して異常な金融緩和で臨んだことが原因だった。(2)米国の2000年のITバブルは、1997年のアジア通貨危機とその翌年のLTCM破綻の後、FRBが大量の流動性の供給を1年以上継続したことが原因となった。(3)今回の米国の住宅バブルは、ITバブルが崩壊した後にFRBが2005年まで金融緩和を続けたことが原因になった。(4)2000年代に行われた日銀のゼロ金利・量的緩和と財務省の大規模なドル買い介入が円キャリー取引を呼んで米国にバブルを輸出した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)