前回の記事で少し触れたが、個人や中小企業が特許侵害訴訟を起こす場合、一体どのくらいの費用(値段)が必要になるのか、僕が現状で知っている範囲で予想してみたい。
ちなみに、米国では、ディスカバリー(訴訟前の開示制度)、陪審制、3倍賠償などの特殊要因から弁護士費用は日本円で数億円が通常らしい。ただし、米国では弁護士の数も多いので、着手金なしで成功報酬のみで請け負う弁護士もいる。敗訴のリスクを依頼人でなく自分の方が負ってくれるという弁護士だ。個人や中小企業はこのような成功報酬弁護士に依頼することにより低リスクで特許侵害訴訟なども提訴できる。日本にはこのような成功報酬弁護士はまだ出てきていない(制度上は可能だろうが、日本では認められる賠償額が少ない傾向があるので勝訴しても成功報酬が少なすぎて合わないのだろうか)。
以下は日本での話。
裁判所への印紙代も高いが、損害賠償請求については「一部請求」を使えば当初は低く抑えることもできる。差止め請求をする場合は、大企業が相手だと印紙代は高額になるらしい。
今のところ、印紙代については詳しくないので、以下では弁護士への支払い(実費を含む)を中心に述べる。
個人や中小企業が大企業を相手に特許侵害訴訟を起こそうと希望して弁護士に依頼する場合、現状の知財弁護士の相場はだいたい着手金400万円以上となっているらしい(弁護士が弁理士を補助に付けたいと言うときは、これに弁理士への費用もプラスされる)。
そして訴訟が始まると、月1回ペースの弁論準備手続などへの出席(日当)や出張その他費用を請求されるので、やはり月に数万円から10数万円は必要になると思う(予想)。
その調子で1年くらいして第1審の判決が出たとして、こちらが勝てば相手は控訴するし、こちらが負ければこちらが控訴する。このとき弁護士をそのまま代えなければ数十万円くらいだろう(予想)が、弁護士を代えれば新しい弁護士への数百万円の費用がかかるだろう。
そして、第2審(控訴審)が始まって、また、月1回ペースで数万円から十数万円の費用がかかる。
以上で控訴審の判決が出るか途中で和解すれば通常はそれで結着だが、以上だけでも、700万円~1千万円になっている(なお、控訴審の判決までこぎつけても、それから最高裁、再審請求などに展開すれば、結着しないでまだまだ続く)。
また、現状の制度は「ダブルトラック」(特許権の有効性の問題を、裁判所と特許庁とが、それぞれ一応独立に、しかし互いに関連し合いながら判断していくというやり方)を採用しているので、これも考える必要がある。
まず、特許侵害訴訟を提起すると、被告は、ほとんどのケースで、裁判所で応訴するだけでなく、特許庁に特許無効審判請求をする。そこで、この無効審判請求への応答費用も必要になる。同じ弁護士に任せても最低100万円以上はかかるだろう(弁護士から弁理士を付けてくれといわれるとその費用も必要になる)。
次に、上記の無効審判請求で、原告側(特許権者)側が勝った(無効不成立の審決が出た)ときは、相手の大企業はほぼ必ず審決取消訴訟を知財高裁に提起するので、その対応を弁護士に依頼しなくてはならず、このときも100万円以上が飛んで行く(弁護士から弁理士を付けてくれといわれるとその費用も必要になる。以下同じ)。
他方、上記の無効審判請求で、原告(特許権者)側が負けた(無効審決が出た)ときは、原告(特許権者)側は上記の審決取消訴訟をすることになるだろうから、このときも、それを弁護士に依頼しなくてはならず100万円以上が飛んで行く。
また、原告側(特許権者)側は、この無効審決に対する審決取消訴訟と同時に、無効審決で指摘された無効理由を取り除くための訂正審判請求を特許庁に対して行うことが多いが、これをやると、またそれを弁護士に依頼しなくてはならず100万円以上が飛んで行く。
また、この訂正審判請求の審決が出たとき、その審決の内容がどのようなものであれ、それに不服がある側は知財高裁へ審決取消訴訟を提起するだろうから、またまたそれを弁護士に依頼しなくてはならず100万円以上が飛んで行く。
このように裁判所(第1審と第2審)の手続の費用だけでも700万円~1千万円は超える。他方、特許庁の手続である無効審判請求と訂正審判請求、及びそれらの審決に対する審決取消訴訟(知財高裁)の手続の費用は、戦線がどこまで拡大するかによるが大体300万円~1千万円は掛かるだろう。これらをトータルすると、1千万円~2千万円くらいはかかると思う。
「トータルで1千万円~2千万円」と幅が広いのは、どこまで戦線が広がるかによりかなり違ってくる。大企業は資金があるから戦線をどんどん拡大していくだろう。こちらも途中で降りない限りは、つきあって費用をつぎ込むしかない。
なお、戦線が拡大しない場合、つまり、第1審の判決で控訴はなし、特許庁の無効審判請求も審決だけで審決取消訴訟はなし、という単純な場合は700万円くらい(成功報酬は含まない)で終わることもありえる。
以上は、成功報酬を除いた金額だ。成功報酬は、本訴訟についての成功報酬とは別に、無効審判請求、訂正審判請求、及びそれらの審決取消訴訟についての成功報酬もありえると思う(成功報酬は前者のみで後者は無しというのもあるかもしれない)。
これだけの費用を掛けても、勝てればよいが、現状では原告の敗訴率は8割となっており、負ける可能性の方が極めて高い(一般の民事訴訟における原告の敗訴率は4割なので、特許侵害訴訟における原告の敗訴率が8割というのは極めて高い)。しかも、単に負けるだけでなく、それまで持っていた特許も無効になるという「おまけ」付きだ(原告が敗訴したとき敗訴しただけでなくその特許が無効にされてしまう率は平均で約6割)。
また、運良く2割に入って勝ったとしても、判決で認められた賠償額が「はした金」の場合、ほとんど残らないかトータルでマイナスになる可能性も十分にある。例えば、賠償額が500万円というはした金の場合で、弁護士の成功報酬を「400万円(ただし賠償額を上限とする)か賠償額の10%かのいずれか高い方」と取り決めていた場合は、賠償額500万円の中から400万円を差し引いた残りの100万円だけが原告の取り分になる。なお、このような場合、被告からの賠償額は、原告ではなく弁護士名義の銀行口座に振り込まれるようになっている(というか弁護士がそのようにしている)ので、弁護士は自分の成功報酬をまず取ってから、残りを依頼人の原告に振り込むというのが通常の慣行らしい。
以上は、弁護士に支払う費用についてだけだ。それ以外に、裁判所への印紙代がある(特許庁への印紙代はトータルでもせいぜい数十万円なので無視してよい)。
それと、「逸失利益(収入の減少)」や自分の交通費などの実費も考える必要がある。裁判所で弁論準備手続や口頭弁論があるとき、弁護士に任せて自分は行かないという人もいるだろうが、通常は行くだろう。そうすると、そのための交通費も必要になる(地方の個人や企業は、管轄が東京地裁か大阪地裁しかないので、交通費はバカにならない)。また、その時間、自分の仕事ができない。また、弁護士との打ち合わせの時間や、弁護士から指示された資料の収集や整理などの時間も、自分の仕事ができない。このような自分の仕事ができないことによる収入の減少という「費用(逸失利益)」も存在する。裁判は戦いだから精神的ストレスもあるだろう。
このような交通費などの実費、奪われる時間=収入の減少(逸失利益)、精神的ストレス、印紙代まで考えると、1件の特許侵害訴訟を提起して敗訴したときのトータルの損失は、少なくとも2千万円以上、と考えておく必要がある(敗訴の場合だから、成功報酬は入れていない)。また、仮に運良く2割に入って勝訴したとしても、認められる賠償額が2千万円以下なら差し引きでマイナスとなるということだ。
特許侵害訴訟の原告のうち、8割は敗訴して前述のような実質2千万円以上の損失を被る。しかも敗訴した場合の6割以上のケースで敗訴だけでなく手持ちの特許も無効にされてしまう。
現状の日本で特許侵害訴訟を提起するということは、こんなにもリスクが大きく”割が合わない”ものなのだ。
上記の費用は弁護士に依頼した場合を前提にしている。弁護士に依頼しない本人訴訟でやる場合は、逸失利益(収入の減少)と印紙代を除くとコピー代、郵便代、交通費などの実費だけの数十万円程度だろう。
ただ、本人訴訟の場合、被告の大企業は大手法律事務所に依頼するから答弁書や被告準備書面には数人から10人くらいの一流弁護士の名前がズラーと列記されるので、かなりのプレッシャーを与えられる。まあ、そういう状況で勝つことがロマンだともいえますけど。
以上で終わりますが、上記の特に弁護士に支払う費用の金額は僕の予想なので、かなり適当です。何か訂正や情報などありましたら、お寄せ下さい。
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